海のしずくピチョン

TiLA

海のしずくピチョン

 ピチョンは海のしずく。でも最後に生まれてきた末っ子なので、まだ波をおこしたり、渦潮をうまく作ることができません。いつも他の兄弟たちからばかにされていました。


「やーい。ピチョンはそんなこともできないんだ」


「なさけないやつー」


 そんなピチョンのいやしはお魚たちと遊ぶことでした。幼なじみのアユはその中でも大の仲良し。ピチョンはアユのことが大好きでした。でもアユは同じお魚と結婚して、ピチョンのもとを去っていきました。


「さようなら……ピチョン。元気でね」


 最後にアユと別れるとき、アユの目からは涙が流れていました。


「アユ、その目から出ている水のしずくはなに?」


「これは涙といって、悲しいときに泣くと目からあふれるものよ。ピチョンはわたしのためには泣いてくれないのね……」


 ピチョンは自分がしずくなので、涙を流すことができませんでした。アユは最後にさみしそうに笑って去っていきました。ピチョンはとっても悲しい気もちになりましたが、泣くことができなかったので、これが悲しい気もちだということがわかりませんでした。ただとても暗くていやな気もちになりました。


 すると悪い神さまがピチョンの前にあらわれてこう言いました。


「ピチョン。みんなのようにちからがほしいだろう? ”にんげん”の作った『くもせいぞうそうち』の中にはいってみるがいい。きっとお前は誰にもばかにされないちからを手に入れることができるだろう」


 そう言われたピチョンはママから禁止されていた”にんげん”という生きものがつくった『くもせいぞうそうち』の中に忍び込むと、そのまま空高く舞い上がり、小さな雲になりました。


「わぁ! 雲になったら世界がよく見えるぞ!」


 雲になったピチョンは楽しくてしかたありません。うろこになったり、ひつじになったり、からだがいろいろなかたちに変えられるのです。そして空に浮かんでぷかぷかしているだけで、からだはどんどん成長して、みるみる大きくなっていきました。


 大きな雲になったピチョンは『風のちから』を覚えました。そして海にふうっと風をおくると大きな波をおこすことができました。

 海の中ではピチョンの兄弟たちが大慌てしています。


「やあ、これは兄さんたちの波よりもずっとずっとすごいぞ」


 ピチョンはすっかり得意な気もちになりました。そしてさらに大きな雲に成長すると今度は『雷のちから』を覚えました。そしてゴロゴロと雷を鳴らすと地上ではみんなが大慌てで逃げまどっているのが見えました。


「やあやあ、これは本当にゆかいだ」


 ピチョンは空の世界でとても大きな雲になると、だんだんとまわりの雲たちに対して威張りだすようになりました。


「お前たち邪魔だ! あっちにいけ!」


 ピチョンがゴロゴロと雷を鳴らして風をぴゅうぴゅうと吹かすと、ほかの雲たちは大慌てで逃げ出しました。そして慌てすぎて、”こうきあつ”と”ていきあつ”の間にはさまると、みんな雨になっていっせいに落ちていきました。


 ザザァー! ザザザァー! ザザァーー!


 それはゲリラ豪雨ごううと呼ばれるとても激しい雨になりました。川は氾濫し、多くのものが水に流されていきました。


「はっはっはー、これは愉快だ。ふぅ、これですっきりしたぞ」


 ピチョンは空がひとり占めできたことですっかり上機嫌になりました。でも、誰も話相手がいなくなり、さみしい気もちになりました。海にいたころの兄弟のことやママのことが思い出されます。でもピチョンはそれが悲しい気もちだということがわかりませんでした。


「おかしいな? どうしてみんなはすぐにいなくなるのに、ぼくだけずっと空に浮かんでいるんだろう……? おや? あれは!」


 ピチョンが地上ちじょうを見てみると、そこには昔別れたアユがたおれていました。


「アユ!」


「その声は……ピチョンね? わたしたちは卵を産むために川をのぼらなければならなかったの。でも、川の流れがはやすぎてのぼることができなかった……」


「アユ! しっかりして! ぼくはもう昔みたいにみんなにいじめられたりしないよ! いっぱいちからを覚えたんだよ!」


「ピチョン……、やさしかったピチョン……。どうかわたしのために泣かないでね……さようなら……」


 そう言うとアユはそっと息を引き取りました。


「アユ! アユ! アユー!!」


 ピチョンは何度もアユの名前を呼びましたが、アユが目を覚ますことはもうありませんでした。するとピチョンの目の前に良い神さまがあらわれて、ピチョンにこう言ったのです。


「ピチョンや、お前はいま誰かをいつくしむこころを知ったのだ。その誰かをいつくしむ気もちを自分に向けてみるがいい。そうすれば、きっとお前は『泣くこと』を覚えるだろう」


 そう言うと良い神さまは消えていきました。

 なんということでしょう。ピチョンは雲になったので泣くことができるようになっていたのです。ピチョンは泣くことの意味がよくわかりませんでしたが、胸が苦しくて苦しくて、これ以上どうしようもなく切ない気もちになりました。


 そしてついにもう我慢がまんできなくなりました。


「わあぁぁぁん!」



 雨が


 サー サー と降っている


 さぁ さぁ と降っている


 雲が


 泣いてる音が聞こえてくる


 ピチョン ピチョン


 ポタッ、ポタッ ポタッ、ポタッ


 川が


 流れて海に帰っていく


 さぁ さぁ 帰ろう


 おうちに 帰ろう


 さぁ さぁ ピチョン


 おうちに 帰ろう


 雨の音が


 いつまでもつづいている








「......やぁ、ようやく雨があがったね」


「あら、虹が出ているわ。でもいつもより悲しそうな色をしているわね」


「今日の雨は、なんだか涙のしずくみたいだった気がするよ」



 おしまい

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