エピローグ


 長い夜が明け、太陽が登った。


 死体の処理はせずあえてそのままにした。予想通りほとんど全てが「死神様」の仕業になった。

 被害者は子供の家の子達と、街で最大のマフィアのボスおよびメンバー、通行人ー主に警備で街を巡回していた警察官達。

 レインとサソリの2匹が派手に町中を暴れ回っていてたのだ。負傷し、空腹が強まった彼らは多くの一般人を喰らった。


 街ではもう誰も「死神様」なんて呼ばなくなった。ただの「殺人鬼」になってしまったのだから。


「傷は痛むっすか?」


 彼らは街の北側にある駅で来る汽車を待っていた。本部は汽車を何回か乗り換えた所にある。

 約半日ほどかけて向かう長旅だ。


 フェイは本部で寄生蟲と取り除いてもらうことにした。この先も誰かを殺していけるほど、フェイは強くなかったから、人間に戻ることを選んだ。


 ロイは駅前の広場のベンチに腰掛けるフェイに声をかけ、その隣に座った。

 汽車を待っている時に本部から電話がかかってきたと言ってマリは今席を外しており、隣の違うベンチではディースが眠たそうに行き交う人々を眺めている。


「いいえ、もう完治したみたいです」


 フェイは左腕をさすりながら言った。

 数時間前に取られたことなんて嘘みたいに何の違和感もなく自由に動く。本当に人間ではなくなってしまったのだ。


「それよりもロイさんの方が痛そうです。精一杯、子供達を守ってくれたんですよね。ありがとうございます」

「いや、俺は自分のできることをしたまでっすよ」


 年下なのに自分よりも何倍も頼りがいのある少年は寂しそうに笑う。

 結局、フェイ以外で生き残れたのは2人だった。

 その2人も今は病院におり、医師の話では傷はそこまでないのでしばらくすれば無事目を覚まし何の後遺症もなく生活できるとのことだった。


 フェイは2人が目覚めるのを待たずに病院を後にした。彼らと再会するつもりも毛頭なかった。


 昨夜の被害者の中には遺体の原型が留めず身元がわからないものも幾つもあった。それに紛れてフェイは自分が死んだことにするつもりだった。

 それを聞いたロイは複雑な表情をした。が、フェイはこれでいいんですと、何度も頷いた。

 もう何も知らない人間だった自分は死んだのだ、後には戻れない。


「あー目!目の色!左右で違うんっすね!」


 何か話のタネはないかとそわそわしていたロイはそう言った。


「とっても綺麗で珍しいっすね!紫と橙色ってなんかいい組み合わせっすね!」

「ありがとうございます」


 フェイは目を伏せながら答えた。


「でもこの目、コンプレックスなんです。物珍しそうに見られるし、小さい頃は近所の子供達に気味悪がられてよくいじめられました。でもシスターも昔、同じ様なこと言って励ましてくれました」


 シスターの話が出てしまったとロイは目を白黒させ、何か別の話題をと百面相で考えていた。

 しばらく悩んでいたがロイはふと思い出してそのままシスターの話を続けた。


「シスターさんは、優しい人だったんっすね」

「…はい、僕らにとって本当の母でした」

「こんなに庇われてるケースは初めて見ましたっす。

家族を庇うケースはよくあるんっすけど、なんていうか俺らの調査が難航するほど庇ってるのは初めてでした。それだけ、シスターさんを守りたかったんっすね。

 それに実は子供達を避難させようとしてた時にみんな『シスターが会いに来たの?でも様子が変だよ』ってすごい戸惑ってて大変だったんっす。みんな自分達の安全なんかよりもシスターのこと心配してて、ああ凄い信頼してるんだなって思ったっす」


 ロイは一呼吸置く。


「本当のシスターさんを忘れないであげてくださいっす。フェイさん達が信頼してたシスターがいたことはかわりないっす」


 今日の街は騒がしかった。みなが街のマフィアと殺人鬼の関係を噂している。

 やはりその二つは協力関係だったが仲違いして、殺人鬼が勝利したとか相討ちだとか、そんな噂話で持ちきりだ。だが誰もこの殺人鬼の正体を知らない。

 誰も事実を知らずに、やがてこの悲劇も過去になり、みな忘れるだろう。


 でもフェイは一生忘れることはない。

 一生後悔し続けるだろう。

 夢だと逃げ続けたこと。

 何も救えなかったこと。

 もっと現実と向き合ってたら、みんなをシスターを救えてたかもしれないのだから。


「それにきっとシスターはフェイさんに止めて欲しかったんっすよ」


 フェイがロイを見る。

 すると、ロイは慌てて「根拠はないっすけど!」と手を振る。


 フェイは思わず笑ってしまった。

 不器用なヒーローは何か変なことを言ってしまったとまた慌ててる。


「あんた達!本部から連絡で、新しい任務よ。本部には帰らず寄り道するわ」


 マリが気だるそうに帰ってきた。


「寄り道っすか、でもフェイさんがいるんですぐ戻った方がいいんじゃ…」

「まだ、自分が蟲だと自覚したばかりだからすぐに暴走するわけじゃないわ、それよりもルナが危ないらしいわ」

「ルナさんがピンチなんっすか、珍しいっすね」


 ロイは大きな目をさらに大きか開く。


「というわけで次はここより南にある辺境のど田舎アルトテスに行くわよ」

「聞いたことないとこっすね…」

「私もさっき初めて聞いたわ、ほら野朗共さっさと汽車に乗るわよ」


 マリは手をパンパンと叩き、皆を急かしホームへと向かわせる。


 フェイは振り返り広場を眺めた。

 ここは10年前にちょうどシスターに拾われた場所だ。

 降り頻る雪の中、帰ることない母を何日も待ち続けた時に赤い傘を差し出しながら彼女は声をかけてきた。

 意識が薄れかけていたので何を話したかはあまり覚えてないが、凍える雪の中のシスターは暖かくて、優しくて、天使様みたいだと幼いながらに思った。

 あの日のことは覚えている。

 紛れもなく、あれは現実だった。

 紛れもなく、あれがシスターだった。


 汽車が出発の音を知らせる。

 慌てて本部とは反対方向へ向かう汽車に乗り込むと、ゆっくりと汽車は動き出した。

 綺麗な煉瓦造りの街並みが汽車の窓に映る。


「さようなら」


 フェイは声に出さずに生まれ育った街に呟いた。

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ムシガリ 樫野 @kashino_miya

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