第2話

 私はゾンビである。名前は……ある。

『佐藤優』というのがこっちで使う名前らしい。これは漢字と言うらしいが、人間界に行く前にみっちりと教えられたので大丈夫だろう。元々は人間界……日本ではない場所にいたので話せるのだが、どうやら知りたい日本の言語とは異なるので、これも覚えさせられた。仕事もあるのに無賃金で勉強。ふざけんなと言いたい所だが、その分報酬はかなり出るらしいもでそれで許してしまった。

 日本に降り立った俺は、とりあえず自宅の扉を開け。そしてこれからの予定を考える事にした。


「どうやって情報を集めるかだな……」


 住んでいる場所は、壁の薄い部屋だ。アパートというらしいが、まぁそこはいいだろう。

 家に入る前に周りを見たが、人通りは少なく静かだ。人間は異形の何十倍もの数いると聞いていたのだが、この周りが少ないだけだろうか。

 そういえば渡された鞄、学生鞄の中にリストがあるのだとか。これを持ってくれば、更に報酬を出すリストだ。

 それを見て考えよう。因みに持って来たものは、定期的にくる透明人間が異形市に持って帰るんだとか。あいつも苦労してんだな。


「えーっと……『本、それも可愛いやつ』。『服、大きめ』何だこれ」


 酷い物を見た。貴族は相手にお願いする時には詳しく書かないと分からないと学ばなかったのか。

 可愛いやつって何だ。中身か?それとも表紙か?

 服は大きかったら何でもいいのか?というか着るつもりかあいつら。頭3つ入る服なんて人間界にはないだろ。


「……どうしよう」


 涙が出そうだが、引き受けた以上泣き言は言ってらんない。あいつらに満足して貰って異形市にいち早く帰るしかない。

 考えていてもしょうがない。とりあえず散策だ。情報屋は足で稼ぐのだから。


 誰もいない夜の道を歩く。綺麗に舗装されているのか凸凹している場所などなかった。この技術は異形市にも取り入れるべきではないのか。適当に力自慢が均したから足が突っかかってしょうがない。といっても人間に近い俺だから引っかかるのか、他の奴らは普通に歩いている。浮いてるやつもいたな。

 そんな事を考えながら、夜道を歩いていると目の前から何かがやってくる。一つの光をこちらに当てながら近付いてくる。まずい、もしかして俺が異形である事がバレたーー


「君!こんな時間に何してるの!」


 二つの車輪が付いた乗り物から降り、青い特徴的な帽子を被った男がこっちに歩いてくる。


「何って……散歩ですけど」

「散歩だって?君、親御さんは?」

「いません」

「………………すまない」

「いや、別に」


 いないといったら謝られた。大丈夫だ、気にするな男の人。もう随分前だから顔すらも覚えていないからな。

 どうやら異形だからという訳ではなく、単純に幼子だと見られたらしい。確かに見た目は若いからな。というか日本では夜遅くに出歩くと彼らがやって来るのか。なるほど、確かに幼子はまだ弱い。出歩けば危ないから、こうして保護をするというわけか。これは良いルールだ。

 異形にも勿論幼子はいる。生まれて間もない者などは、変化が遅い為凶暴な奴に目をつけられると、大体死んでしまう。異形市にはこういったルールはないからな。正義気取りの貴族に打診してみよう。金が貰えれば御の字だ。


「ともかく、夜道は危ないから一人で歩かないように」

「はい、すいませんでした」

「よし、それじゃあ家まで送ろう。案内してくれ」


 その二輪の乗り物は手押しでもいいのか。かなり軽いのだろう。

 案内すると言った男に従うしかなさそうだ。このまま走って逃げても、あの乗り物の方が速いはずだ。先程の接近で把握している。

 ここは穏便に。捕まって実は異形でしたなんてバレれば間違いなく死ぬ。死ななくても二度と異形市にはいけないだろう。

 夜が明けるまで待つしかなさそうだ。ここは大人しく帰ろう。

 そう思った矢先、男の押していた乗り物が真っ二つに斬り落とされた。ガッシャン!と夜の道に音が響く。


「おいおいおい!久しぶりに見たぜ兄弟!」

「な、なんなんだこいつ!」


 最悪のタイミングだ。

 異形である。それも犯罪を犯したレベルで危ないやつだ。男にも見えているのか、驚きを隠せない表情でいた。

 人型の異形であるが、顔の部分に目も口もない。闇に溶け込むような黒い全身に、手と思われる部分が刃になっている。久しぶりに見たというのは異形の事だろう。俺はこいつには会ったことはない。

 というか兄弟って呼ぶな。バレるだろ。

 人間は見ても異形だとは判断出来ないが、異形同士は一目で分かるのだ。それがどんなに別の姿を装っていてもだ。

 手の刃を擦り合わせながら、じりじりと寄って来る。男は危ないと判断したのか、俺に下がるように言うと、腰から黒い物を抜いた。恐らくであるが武器の類だろう。


「危ないからもっと下がって!」

「なんだぁこいつ。そんなので俺様に歯向かうってのか……」

「下がれ!撃つぞ!」


 まずい。間違いなくこの男は死ぬ。

 と言っても俺に出来るのは身を挺して彼を守る事だが、はっきり言って意味がない上に俺が異形である事がバレる。

 俺の体は傷が出来ると瞬く間に修復してしまうのだ。そんなのは人間ではない。

 ここで俺に出来るのは、目の前の彼が真っ二つにされるのを見守る事だけだ。


「ナメてんな、人間」


 振りかぶるのも目で捉えられなかった。




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異形市のゾンビ 玄武 水滉 @kurotakemikou112

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