異形市のゾンビ

玄武 水滉

第1話

 私はゾンビである。名前はない。

 異形を名乗る者が集うこの『異形市』で情報屋をしている。

 異形は人間の街には出る事が出来ない。どんなに静かにしていても、見つかれば排除の対象だ。酷い世の中だが、これも積み上げて来た歴史が全て悪い。自分が死ぬとは思わないが、死ぬのはゴメンなのでひっそりと暮らしている。

 だが、その暮らしも限界を迎えそうだ。何せ稼ぎが悪いのだ。情報屋といっても大層な者ではなく、小耳に挟んだ噂やこんな物が売っているぞと言った情報を売るだけ。そんなの自分で歩けば幾らでも手に入る。態々お金を払って手に入れようとする者など相当な金持ちだ。

 だからこそ、目の前の提示された甘い蜜を吸う他ないのだ。


「支度できたか?」

「ってか本当にやるのかよ。見た目では確かに俺が一番適任だとは思うけどよ」

「まぁはっきり言って弱いもんなお前」

「言われなくても自覚してる」


 人間界の高校?とやらに通う事になった俺は、半ば諦めた表情で制服に身を包んでいた。こんなきっちりとした服を着たのは久々かもしれない。異形市では裸のやつの方が多いからな。


「そんじゃあ気を付けろよ。報酬は弾むからさ」

「というか普通に交渉出来なかったのか?トレンドぐらいだったら人間も大丈夫って言うだろ」


 情報屋には偶に依頼の仕事が入る。「こんな情報が欲しい!」みたいなのだ。それなりの額は貰うが、結構評判はいいらしい。

 それで、異形市の貴族どもから来た依頼は、『人間界のトレンドが知りたい』と言ったものだった。そんなの外に出れば俺は排除対象だし、なんせ居場所もないから無理だと最初は断ったのだが。

 どうやら、透明人間の異形が多額の報酬と引き換えに、俺の戸籍を手に入れたらしい。というか透明人間って異形なのか?まぁいいか。

 戸籍に加えて人間界の金。そして服に家まで用意された。どうやらもう腹を括るしかないらしい。

 心配そうに眺める腕が八本あるジジイ。飲み友達だったが、暫くは一緒に飲めなそうだ。


「いいか、絶対に自分が異形だとバラすなよ?」

「当たり前だ。金の為に働いてるのに、金貰う前に死ぬなんて困る。というか俺は死ねるのか?」

「まぁ死なないから大丈夫か!」


 笑うな笑うなジジイ。俺は死なないだけで強くはないんだぞ。

 学生鞄を肩から掛け、異形市の外れへとやってきた。

 貴族が開けさせた門がある。人間界に繋がる門だが、いつもは閉じている。だが、罪を犯したものをほっぽり出したりする時にだけ開く。いや、俺は何もしてないからね。

 外に出ればいつ死んでもおかしくない。人間界にいる異形掃除専門家がいるらしく、瞬く間に殺されてしまうんだとか。おっかない世界だが、それは向こうにもきちんとルールがある証拠でもある。

 重苦しい音を立てて門が開いた。見送りに来た友人達に手を振り、俺は門を潜った。







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