黒を穿ちてなお黒く
「……以上。カラスの見た、ディプグリアスの顛末でございます。……教皇様」
「承知しました」
「はっ」
正教府。正教を信ずる者であれば、誰もが一度は訪れたいと願う聖地。事実として荘厳壮麗を極めた大聖堂があり、正教徒幾万人の代表である教皇が鎮座ましましている。彼らにとってはすべてとも言える土地であった。
しかし。ああ、しかしながら。その正教は、とうにウィザード――それも黒派――の手に落ちている。それも、大聖堂の回りに住まう門徒以外は知る由もなくだ。すべてはあまりにも滑らかに行われた。かつては神の名のもとに少数が保護され、人知れず布教の尖兵となっていたウィザード。しかしいつしか尖兵は大聖堂に巣食う派閥に食い込み、多数を占め、気付けば教皇の地位までもが彼らの手に落ちていた。心ある枢機卿が、幾人かは落ち延びた。だが彼らの魔手は、この数年のうちにそのほとんどを滅ぼしていた。そして。
「固い話はここまでです、粛清総長。……いえ、ウィザブラック様」
「かしこまらずとも良い」
「いえ、しかし」
「人もおらぬ。良い」
教皇はウィザブラックに傅き、最上級の敬意を見せた。なんたること。教皇とウィザブラックの地位は、逆転していた。教皇はウィザブラックの手駒に過ぎず、傀儡と堕していた! さらに、見よ。ウィザブラックは黒のローブを身に着けている。即ち……
「総領様自ら辺境へ赴く旨を告げられた時には、背筋が凍りましたぞ」
「あの村には少々、思うところがあった」
ウィザブラックは、感情を見せずに語る。事実として教皇は、その深淵を読み取れなかった。無理もない。ウィザブラックのローブは、表情までもを覆い隠している。
「蜂起を目論むと聞き、血が騒いだ。近年は技を振るう機会も減っていたのでな」
「なるほど」
教皇は、血のように赤い飲料をすすった。ある地域で咲く花を使った、特殊な茶だ。彼ら黒派が、下等生物の血に例えて飲むものだった。
「下賤の血など、いくら流れようが構いませぬからな」
「いかにも」
おお……読者よ、ウィザード聴力を持つ者ならば、確かに聞いたであろう。なんとも教皇にあるまじき発言だ。だが会話がなされているのは大聖堂・教皇の間。私室である。何人たりとも、聞き耳を立てることなど許されざることだ。教皇は一つ息を吐くと、実に滑らかに話題を切り替えた。
「で、総領様。その赤金のウィザードとやらは」
「捨て置け」
「はい?」
意外な命令に、教皇が訝しむ。だがウィザブラックは、流れるように言葉を添えた。
「捨て置けと言ったのだ。現状優先すべきは他にある。ウィザード狩り。兵隊ウィザードの育成。白派の捜索。そして」
「ラスポニア枢機卿」
「そうだ」
「はっ!」
教皇が再び最敬礼をし、ウィザブラックはそれを制した。ウィザブラックはあくまで粛清総長。あまりに繰り返されては、肝心な時に素が出てしまう。
「そろそろ夕刻拝礼の準備でしょう。とくと行かれませ」
「ええ。では裏側を」
「任されました」
二人は本来の立場――表裏の首領――へと戻り、教皇は自室を去った。一人残された裏の首領は、己のもとに置かれた人の血――茶を飲み干した。そして、独りごちた。
「さて、赤金の者よ。来るなら来るがいい。その時こそ、汝にまつわるすべてを告げてやろう」
彼はカップを置き、立ち上がった。死した者どもを思い起こす。紛い物はともかく、シインカンとディプグリアスは小さくない犠牲だ。彼には、次なるウィザードが必要だった。
「狩りと育成。両面から底上げをするとしよう……」
ツカツカと靴音が響き、裏の首領は闇へと戻る。最後に残されたカップには、真っ黒な液体が残されていた。
全魔鏖殺のウィザード~魔法を使う超常生命体に村を滅ぼされたので、俺はお前たちを全て殺す~ 南雲麗 @nagumo_rei
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