萌える深緑、燃える赤金

「ハッ!」

「セイッ!」

 どちらからともなく上がった声から、赤金と深緑の戦は始まった。先手を取ったのは赤金。燃えるようなオーラをまといつつ足が動き、ワンツー。しかしこれを深緑は手の動きだけで逸らし、腹を狙う一撃。命中。赤金はたたらを踏……めなかった。草が伸び、まとわりつき、キッラーの両足を拘束していた。おお……これもディプグリアスの能力か!

「ハイヤーッ!」

 身動き取れぬキッラーに、ディプグリアスは右へ左への殴打を浴びせる。マナを込め、殴り付ける。手駒とはいえ、配下の恨みは晴らさねばならぬ。ただ殺すだけでは、足りなかった。

「ハイヤーッ! ハイヤーッ! ハイヤッ、ハイッ、ハイーッ!」

 草の芽芽吹くような攻撃に、キッラーは防御に徹さざるを得ない。オーラを足に回し、まとわりつく草を焼く余裕もない。さばく。弾く。受け止める。しかしウィザードの戦闘は、人知ならざる速度の戦。「なりたて」のキッラーでは、追いつき切れるものではなかった。

「ハイイイヤーーーーッッッ!!!」

 ガードが下がったところにディプグリアスの右ストレート。刺さる。草が解け、物理法則に従ってキッラーが後方へ数回転した。人間の殴り合いなら、勝負あったかとさえ見える一撃。だがこれはウィザードの戦だ。

「べっ!」

 キッラーは落ちない。膝を付き、立ち上がる。顔面は血に塗れていたが、オーラがまとわりつき、補修していった。

 ディプグリアスは待った。この程度で終わらせるつもりはなかった。相手は手練だが、倒せぬほどではない。部下の分まで、徹底的に滅ぼす腹積もりだった。

「ハアーッ!」

 ディプグリアスは草を浮かせた。深緑のオーラに導かれて、萌え立つ草が細切れに浮き上がる。彼の周りで渦を巻く。

「行け!」

 号令一下、渦を巻く草はその一片一片が刃を帯び、キッラーへと襲い掛かった。一つ一つは小さくとも、鋭く細かい一撃がキッラーを痛めつけていく。

「ぐっ、ぐぐっ……」

 最初はオーラを腕に集め、応戦していたキッラー。だが衰えを見せぬ草の群れに、いつしか防御に徹さざるを得なくなった。心臓回りを襲う草から、己を守るのが精一杯だ。

「くっ……そ……!」

 ついにキッラーは飛び退いた。草の一片一片が攻撃力を持つ以上、この戦い方では先が見えなかった。間合いを取ろうとするものの、今度は草が急激に伸び、編まれていった。

「逃しませんよ」

 刃の雨こそ止んだものの、二人を覆うようにして、草のドームが作られていく。キッラーは歯噛みした。このままではすり潰される。

「カーッ!」

 キッラーは動いた。大地を蹴り、爆発的加速でディプグリアスに組み付かんとした。しかし焦りからの攻撃は必然として大振りになる。直線的になる。回避され、草の壁へ突っ込み……絡め取られていく!

「ぬぅーっ!?」

「わたしは草を操ります。緑を操ります。あなたを守っていた結界を破り、こうして陽の下へと引きずり出したのもわたしです。さあ、打ち明けなさい。あなたは一体、何者ですか? 協力者はいますか? 洗いざらい話せば……」

「ベッ!」

 べチャリ。

 ディプグリアスの詰問への答えは、血混じりのツバだった。これには彼も激昂した。叫びを上げた。呼応して草木が勢いよく膨れ上がった。キッラーをドームの壁へと、ほとんど飲み込んでしまった。目も塞がれ、かろうじて口だけが喋れる状態で、キッラーはディプグリアスを見た。

「こ、の……」

 なおも唸る。だがその口にも、無情な手が振り下ろされた。草が口を覆い、塞いでいく。

「もういいです。殺しなさい」

 キッラーの顔が草の壁へと飲み込まれていく。キッラーはもご、もがと抵抗を繰り返すが、やがて草を隔てて暴れるのみとなった。


 ***


 遠のく意識に、声が割り込むのが聞こえた。それは地獄の底から届く、福音と見せかけた誘いの声だった。

「おれに任せろ。このような児戯、たちまちに焼き滅ぼしてやる」

 白銀の戒めに身体を蝕まれた、影なるキッラー。未だ滅びることなく、キッラーに誘いを投げかけてきたのだ。

「いやだ」

 しかしキッラーは決然と告げた。

「復讐は、おれのものだ」

「では、死ぬか」

「死ぬ気はない」

 影なるキッラーは呆れた仕草を取った。

「なんたるわがまま。ならば同意なくともおれが」

「行かせん」

 キッラーは、影なるキッラーの前に立ちふさがった。両手を広げ、通さまいとする。一瞬の間があったあと、キッラーは、影にかかった戒めを一枚剥ぎ取った。

「なっ!」

 戒めを解かれた影が、膨れ上がる。しかしキッラーは動じず、呼吸を重ねた。影が再び、弱っていく。

「なぜだ」

 影なるキッラーが、唸った。キッラーは呼吸を絶やさずに、告げた。

「今回正面から向き合って、ハッキリわかった。おまえはおれだし、おれ以上じゃない。おまえの力は強いけど、おれから身体を取らなきゃ、なにもできない。戒めで弱って、俺を苦しめることすらできやしない。おんなじだ」

「ぬうっ……!」

 影が再び唸った。しかし呼吸に力を奪われ、霧散していく。影は最後に捨て台詞を残していった。

「忘れるな……おれはおまえだ。悪意ある限り、おれは」

「いるんだろうな」

 もはやキッラーは影を見ていなかった。見るべきものは目前の壁。草の壁。影から奪ったマナを賦活し、全身から放出する。たちまち炎が草を駆逐し、再び敵手を目の前にした!

「なっ!」

「ツァーーーッッッ!」

 キッラーは吠え、燃えるようなキックを深緑のローブに浴びせた。否、キックは真に燃えていた。今や超自然のローブは炎にも似て揺らぎ、時折不随意に舞い、ドームを無為に燃やしていた。

「ホアッ!」

 キッラーは火を噴く。呼吸だ。影なるキッラーから奪ったマナが巡りに巡り、活性化していた。しかし身体は譲らぬ。それだけの意志が彼にあり、影の真実を見切った自負があった。

「バカな!」

 ディプグリアスが立ち上がる。慄いていた。なぜだ。なぜ立ち上がる。危険過ぎる。ここで滅ぼさねば、いつか災いとなる!

「オオオオオッッッ!!!」

 彼は草を舞い上げた。いや、今度は森の木も、倒木さえも浮き上げた。己と敵手を、全方位から囲む。今ここで、死ぬる覚悟だ。

「滅ぼす。あなたは滅ぼす。ここで滅ぼさねば、偉大なる方々に災いが及ぶ」

「やってみろ」

 キッラーは強気だった。ある種の万能感が、彼を支配していた。だが同時に冷静でもあった。浮かぶ木々を、草を、一つ一つ見極める視力さえも備えていた。

「オオオオオッッッ!」

 動く。草が木が。すべてがキッラーを葬らんと動き出す!

「殺ッッッ!」

 キッラーが吠える。蹴り足に、振るう腕に、オーラを通り越して炎が灯る!

「くっ!」

 背中から大木を刺さんとするディプグリアス! しかしキッラーはそれをも見極める!

「破!」

 背を横に反らし、ウィザード動体視力を全開、根元に足を噛ませる! 行く先は……ディプグリアス!

「チェルアアアッッッ!!!」

「ぬーっ!?」

 ドオフッ!!

 避け切れず、操り切れず。ディプグリアスは大木をマトモに食らう形となった。

「かはっ」

 血を吐くが、それも即座にマナへと還る。彼は、己がマナを使い切ったことを悟った。眼前には、とどめを刺す構えの、赤金のウィザードがいた。

「黒ローブについて、言い残すことはあるか」

 慈悲無き問いかけに、しかし彼は目を見開いた。そうだ、奴にせめて絶望を。遥か彼方、正教府に立つ尊き者を思い、声を張り上げた。

「フーッ……。かのお方は、あなたでは到底たどり着けぬ場所におられる。まつろわぬ者では届かぬ場所……遥か北……正教府……! さらばだ」

 ディプグリアスは、舌を噛もうとした。だがそれは許されなかった。赤金の閃光が、彼の意識を、首を刈り取った。

「鏖殺」

 彼が最後に耳にしたのは。地の底から響くような声と、カラスの鳴き声であった。

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