燃やせ赤金、殺意を穿て

 再び相まみえた現実は、いともたやすくその色を変えていた。マナは消え、倒木や燃え燻る木が冥界の如き様相を呈していた。

「ふぅーっ……!」

 キッラーは呼吸を深くし、一歩を歩み出した。じゅう、と草木が音を立てた。その足取りは力強く、全身にマナが駆け巡っていることを実感させた。

「おれを、つかうな……」

 脳裏から声が響く。だが呼吸を重ね、黙殺した。『マナを捉えて、モノにする』。その言葉の意味が、今こそ真実理解できた。もう一度呼吸を深めたのち、彼は目をつぶった。今なら、わかる。前方から二人、ウィザードが迫っていた。

「応ッ!」

 深く沈み込んだ上を、マナ弾丸が通過する。木にぶち当たり、燃え上がった。

「破ッ!」

 横に避けた左側を、炎の線が通過していく。通過した箇所が、再度炎上した。

 今のキッラーは、マナの動きを察知できた。連携攻撃。遠距離攻撃。なるほど。先刻の攻撃は、なぶり殺しにする手筈だったか。

「すうう……」

 キッラーは深呼吸をした。いくら体内をマナが駆け巡っているとはいえ、内側に頼りすぎれば、影が目覚める恐れがあった。生かさず、さりとて殺さず。そのためにはやはり、外側のマナを回す必要があった。

「しゃっ!」

 キッラーは足首に力を込め、大地を踏み切った。その身体にまとわりつく赤金色のオーラは、いつしかローブの形状となっていた。見よ。超自然のローブは、目を見開きしウィザードの証である!

 駆け出したキッラーは、秒以下の単位で色を帯びた風となった。炎も、マナ弾丸も、追いつくことはなかった。行きずりに濃い赤のローブを見た彼は、本能的に腕を振るった。首には届かなかったが、いともたやすく腕を薙いだ。

 タン、タン。

 倒木へリズミカルな足音を立て、キッラーは向き直った。腕を奪われたウィザードと、濃ゆい黄色のウィザードがいた。

「全魔鏖殺。キッラーだ」

 ほとんど反射的に、キッラーは名乗っていた。二人が応じた気もするが、今ひとつ聞き取れなかった。ウィザードの本能が、彼に伝える。名のやり取りは、命を握り合う。生死をかけた戦を告げる、号砲であると。

「死ね!」

 先手を打ったのは濃ゆい黄色のウィザードだった。両腕から繰り出すマナ弾丸は、しめて四つ。いずれも致命の箇所を狙って放たれた。だがキッラーは、その時点で後方バク転に移っていた。マナや筋肉の動きから、技の起こりを読み取っているのだ。過日の、村での戦を垣間見た記憶が、ここで生きていた。結局四弾丸は、あらぬ方向へと飛び去った。

「どけ!」

 左腕の肩から先を強引マナ止血した、濃い赤色のウィザードが突っ込んで来る。炎で作ったやや小振りな剣を、手にしていた。動きは早いが、直線的だった。

「よ、ほ、は」

 キッラーはあえて避けに徹する。一歩の間合いをぶらさず、素早く動いて回避する。

「バカ、どけ!」

 濃ゆい黄色が怒鳴る。キッラーの狙いはここにあった。マナ弾丸の射線を、容易に作らせないためだ。

「クソがッ!」

「死ねえーッ!」

 頭部切断狙いの炎剣の奥で、しびれを切らした弾丸の射手が動いた。今だ。キッラーのウィザード決断力は、このタイミングで状況変化を促した。

 まずバク転で剣をかわすと、ハンドスプリングから、高く跳ねた。そのままひねり、回り、濃ゆい黄色のローブへと迫る。遠心力がついた暗黒回転車は、回転の度に加速していく!

「なっ、ぐっ……あがあっ!」

 あまりの速さに回避も叶わず、濃ゆい黄色のウィザードはあっさりと頭部を粉砕された。身体がゆっくりと崩れていくが、キッラーにそれを見届ける余裕は皆無。強引に着地し、踏ん張る。一旦止まったところに襲うは、無茶苦茶に振るわれる炎の剣!

「死ねぇー! 死ね、死ね! 死ねえ!」

 キッラーはもはやかわそうとはしなかった。僅かな筋肉の動きから見切り、滑り込むように間合いへと入った。ウィザードの動体視力では、このくらいは朝飯前である。

「ばかな!」

「セイッ!」

 足を踏みつけ、骨を砕く。地面にめり込む嫌な音。だが無視した。この敵は、紛うことなく敵。黒ローブに連なる者! 慈悲は要らぬ!

「全魔ッ!」

 キッラーは咆哮し、右腕を引いた。オーラを指先に集める。敵もまた炎剣を振り上げていた。早く、鋭く。イメージを描く。

「鏖、殺ッッッ!」

 低く、早く。キッラーは首から心臓へと狙いを改めた。炎剣の熱さを感じつつも、指を振り切った。一秒にも満たぬ空白のあと、彼の指には、心臓が刺さっていた。

「ふげえっ!」

 心臓を抜かれた敵の、情けない断末魔。キッラーを狙った炎剣はしかし、彼の速さによって無為となった。

 さらりと心臓が崩れ、やがて深い赤のローブも身体も崩れていく。だがその時には、キッラーはもう前を向いていた。

「あと、一つ……」

 読み取れる。この向こうに、もう一人いる。殺さねば。呼吸を整えながら、彼は前進を再開した。

 果たして、その感知は正解だった。未だ火の気がくすぶるこの森において、その存在の周囲にだけは草が萌えていた。

「ディプグリアス。あなたは滅ぼします。マナに返すことさえ、してやりたくない」

「キッラー。全魔鏖殺。洗いざらい吐かせて、そののち殺す」

 超自然のローブがオーラへ戻り、せめぎあいを始める。湿り気を帯びた風が、二人の間を駆け抜けた。空は黒雲を帯び、雷鳴が遠くで鳴り始めた。

「ハッ!」

「セイッ!」

 どちらからともなく声が上がり、ゼロ距離の攻防が始まった。

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