覚醒の赤金

 森の外には、三人のウィザードがいた。一人は深緑のローブをまとい、残りの二人もそれぞれ濃い赤と濃ゆい黄色のローブをまとっていた。三人はそれぞれに手をかざし、力を行使している。すべては、強力であると予想された敵のためであった。

 深緑のウィザード――ディプグリアスは、奉ずるものに感謝していた。教団のサポートがなければ、あの消失点――エーノとキッラーが戦った平原――で追跡は終了していたことだろう。事実死んだと処理し、報告までした。だが返信カラスの持っていた書面が、彼の考えを改めた。

『マナの完全消失は逆に異様だ。付近に潜伏している可能性がある』

 彼ははたと気づいた。書面の通りである。村ではまだ、死した面々のマナを抽出することができたのだ。その後で起きた事象のマナが、なぜ一片たりとも残っていないのか? 答えは一つだった。

「何者かは知りませんが、戦闘事実の隠蔽と自然結界の構築は見事でした。ですが、わたしが自然操縦に長けたウィザードだったこと。こればかりは、どうにもなりませんでしたねえ」

 まだ見ぬ敵を褒め称えつつ、ディプグリアスはより追い詰めるように指示を出す。骨の折れる結界だったが、どうにか早い内に処理できた。あとは簡単だった。中にいると思しきウィザードを迷わせ、森ごと処理する。冒涜の所業だが、彼の心は痛まなかった。

「ハッ! ハッハッハッ! ハアッ!」

 濃ゆい黄色のローブの声が聞こえる。次々に、マナ弾丸を森へと撃ち込んでいた。濃い赤のローブは火勢を操り、自分たちに難が及ばぬようにしていた。ディプグリアスは、さらなる警戒を命じた。エーノの存在を察知していない彼らは、未知のウィザードを大きく見積もっていた。

「油断をしてはなりません。敵はわたしたち以上と考えなさい」

 相手は、キッラーにとって最悪だった。エーノの張った結界を解き、森ごと粉砕する。教団の上位者を除けば、彼らにしかできないことだった。ああ、キッラーの命運はここで尽きてしまうのか?


 ***


 キッラーの意識は、遠のきつつあった。森も草むらも焼かれ、オーラの鎧越しに熱が苛んでいた。身を低くし、ジリジリと進まんとする。しかし次々と倒れくる木々が、道を阻んでいた。

「ちく、しょう……!」

 倒木を掴み、遮二無二乗り越えんとするキッラー。オーラでたたっ斬るという選択肢は、守りの面から排除されていた。キッラーの薄いオーラでは、わずかな偏りが死を導きかねなかった。

「があっ!」

 太い倒木を乗り越え、転がるように落ちるキッラー。常人ならば、とっくに焼死体である。それでも彼を突き動かすのは――

「終われない……ここで終われない……!」

 這いながら進むキッラーの目には、未だ意志の光が灯っていた。すべては復讐のためだ。

「あの、黒ローブを……殺すっ……!」

 思いを、言葉に乗せる。主観時間が、ゆっくりになっていく。意識が遠のいていく……


「そうか、殺すか」

 その声は、再び目の前から聞こえた。現か、幻か。前方に見えたのは、己を模した影だった。背筋が泡立つ。またしても、復讐を奪われる恐怖があった。だが、キッラーは一歩進み出た。

「殺す」

 応じた。勝算はない。エーノへの裏切りとさえ思った。だが、エーノは己を殺さなかった。復讐から離れよと言い、食い下がってもなお、助言のみを授けた。なぜか。答えは。

 すう。

 キッラーは呼吸した。目を見開く。よく見れば影には、白銀の戒めが刻み込まれていた。さらに見開く。影はおぼろげだった。かつての、己を食らうような強さはなかった。

 キッラーは忌まわしき日を思い出した。今なお鮮明に、すべてが思い出せた。

 バラバラにされた村。

 決起を訴えるも、離れていく友人。

 燃え盛る家々。

 三角帽をかぶった正教側の連中。

 巻き込まれた家畜。

 ウィザードの暴挙。

 村人の狂乱。

 そして、そして黒ローブ!


「忘れない」

「そうだ、忘れ……なっ」

 すう、はあ。

 キッラーは、力強く呼吸していた。マナを吸い上げ、賦活する呼吸だった。影は消えていく。キッラーのオーラに、赤金色が混じっていく。しかし眼の、意志の光は消えなかった。力強く、呼吸を重ねる!

「ゆる、さ……おれをつか、う、な、ど……」

「おまえも使って、おれは、行く。憎悪も、おれだ」

 影は霧散した。キッラーの身体を、強いマナが駆け巡った。彼は耐えかね、力強く、空へと噴き出した!


 ***


 バォウン!

 その爆発音は、あまりにも唐突だった。赤金色のオーラが爆ぜ、森の中から空へと突き上げたのだ。その余波は、三人のウィザードをも襲った。ディプグリアス以外の二人は、吹き飛ばされた。決して備えを怠っていたわけではない。ただ、紛い物ではどうにもならなかった。それだけだ。

「ふむ。このまま焼け死ぬほどではありませんか」

 ディプグリアスは、油断なく構えを取った。森に放たれた火は消え、マナ弾丸を放つすべもない。吹き飛ばされた二人は、見事に気を失っていた。うなされるような言葉は、爆発的なマナに当てられたせいか。

「起きなさい」

 ディプグリアスは、二人にマナを撃ち込んだ。即席の気付けである。二人は、跳ねるように飛び起きた。未だ目はうつろだが、それでもゼロよりはマシだった。

「削ってきなさい。弱敵なら、殺すように」

「はい」

「はい」

 うつろな返事で、濃ゆい黄色と、濃い赤の風が吹いた。ディプグリアスは、それでも警戒を緩めるつもりは毛頭なかった。

「粛清総長の覚えを高めるためにも、この使命は果たさねば」

 呼吸を深め、オーラを濃くする。今やローブを覆うように、もう一つの深緑のローブが形成されていた。

「あがあっ!」

「ふげえっ!」

 断末魔が二つ、耳に入る。もはやどちらの断末魔かは明らかだった。近くの草木を萌え立たせながら、ディプグリアスは前進を選択した。未だ炎くすぶる森の向こうに、彼は赤金色のウィザードを描いていた。

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