第三話 覚醒
雌伏と殺意
帝国西方、辺境の小さな村。ここでもキッラーの村と同じく、正教の無慈悲な浸透と暴虐、制圧が行われていた。燃え盛り、狂宴が繰り広げられる村の広場。一人の村人が、深緑色のローブをまとう男に抗議していた。
「なぜだ! なぜ俺たちの村を壊した! なんでこんなことに!」
「あなたたちが、決起の意志を示したからです。大人しく正教に服していれば、わたくしどもも、このような手荒い真似をせずに済んだのですが」
ローブの男は、言葉こそ丁寧だ。しかしそこに温かみはない。慇懃無礼と言うのが正しいだろう。そしてすでに察したことだろう。この深緑の男、どこから見てもウィザードである!
「とっぐに手荒い真似をしでだでねえが! 訳わがらん石ぃ持ぢごんで、俺たちバラバラにしで! いまさら綺麗ご……」
村人のあがきが熱を帯び、ついには食って掛からんとした次の瞬間、その頭部は、身体と泣き別れさせられた。ウィザード動体視力を持つ者にはわかるだろう。深緑のウィザード、彼の右腕がマナをまとい、刀のごとく首を斬り飛ばしたのだ。
「聞き飽きました。処分を」
すっかり興味をなくした様子のウィザードは手勢に指示を出し、そのまま燃え盛る村からも背を向けた。今少しすれば掃討部隊がやってくる。頃合いだった。しかし彼に向かって、一直線に飛び来るカラスがいた。彼らの用いる、伝令だった。
「……南東七日の辺境で、ウィザードが複数消息を絶った?」
カラスの付けていた文書を読み、ウィザードは深緑のオーラを膨らませた。うっかり近くで目撃してしまった三角帽村人が、目を隠してうずくまる。ウィザードの怒れる姿を目の当たりにしたため、したたかに心を穿たれたのだ。股間を見れば、漏らしていることだろう。
「ウィザブラック様直々にこのわたしめにご指示を……やる他なし」
深緑のウィザードは、手下のウィザードを呼び集めた。全員が全員、賢者の石を浴びた程度の紛い物。だが下等生物が相手なら、一人いれば良い。
「ローテーションを変更します。あなただけ村に残りなさい。掃討部隊に引き継ぐだけで構いません。他はわたしに同行しなさい。対ウィザード戦闘の用意を」
「はっ!」
「では早速ですが、参ります。いざ!」
深緑のウィザードが、大地を蹴ってその場から消える。他のウィザードも、一人を残してその場を去った。彼らの足であれば、三日とかからずに問題の地点――キッラーの村――に着くだろう。
一人村に残されたウィザードは、彼らの気配が消えたのち、残虐に顔を歪めた。
***
あの戦いから、四日が過ぎていた。あの日キッラーが押し込められた森では今、カツンカツンと、木々を飛び回る足音だけが響いていた。では姿は? おお、読者よ。動体視力をフルに活用するがいい。木々を飛び回っている者こそが、キッラーだ。赤金色のローブを失い、かつて影なるキッラーに支配されていた頃ほどのオーラもない。されど、彼の周囲にはうっすらとオーラがある。さほどではなくとも、力がある。ではキッラーはいかにして、力の一端を取り戻したのか?
『マナを捉え、モノにしなさい』
わずかなきっかけのみを与えられ、森の只中に置き去られたキッラー。しかし、諦める理由はどこにもなかった。目を閉じ、黙考する。
「あの黒ローブは、村を滅ぼした連中だけは」
面々一人一人の顔を覚えているわけではない。だがローブの色は記憶にあった。黒、深い緋色、鉄がかった紺色。最低でも三人は思い出せる。
ちりっ。赤金の影、その残滓が音を立てた気がした。深いところまで、入りすぎたか。慌てて目を見開く。すると、森の景色が見違えていた。ところどころ、いや、そこら中に光の粒が満ち溢れていた。
「これが、マナ……」
ウィザードの本能が、光の粒の正体に思い至らせる。すう、と息を吸う。それだけで、力がみなぎる気がした。禍々しくも刺々しくもない、清らかな力がみなぎっていた。
そう。キッラーは学が浅く知る由もないが、空気が清冽な森は、多くの清らかなマナを蓄えているのだ。はるか古には、この清冽なマナを用いてウィザードと同等の能力を誇り、一国を築き上げた種族もいるという。神の怒りに触れたかどで歴史から去り、もはや遺跡すら跡形もない。
ともあれキッラーの身体は、急速にマナの循環を手にしていった。外なるマナを見、捉え、循環させる。これこそがウィザードのあるべき進歩だった。強引な開眼など、もっての外である。
キッラーはまず身体を整えた。傷ついた身体にマナを巡らし、回復する。マナの使い方に習熟していないため、一晩かかった。続いて、身体を鍛えにかかった。断片的な戦闘の記憶から戦闘的なマナの使い方を覚え、取り組んだ。マナを捉えた移動法を覚えるため、木々を駆け回った。つまり今も、鍛えている真っ最中だ。
「はあっ!」
マナをまとわせた右腕を、空に振るう。森の木に振るわないのは恐れがあった。このマナの輝きが、もしも己に牙を剥いたら? さすればキッラーは森を出るほかない。未熟なままに森を出れば、黒ローブの手先に殺される可能性がある。それをさせないための結界だと、彼は言われずとも悟っていた。
「はあああっ!」
木々を飛ぶ足取りも、記憶を頼りに振るうマナも、あの白銀のウィザード――ワオ・ビン・エーノ――から見れば、決して芳しくはないだろう。いまや、あの豊潤な赤金のオーラとの接点は断たれてしまった。無闇に起こそうとすれば、再び己を見失う可能性がある。ならば、外側のマナを従える他になかった。
黒雲は、そんな思考の隙間に忍び寄っていた。
ビシッ。
きしむような音が、森に響いた。集中し、軽い全能感に寄っていたキッラーは、異変にまったく気付けなかった。彼が異変に気づいたのは、一定周回だったはずの跳躍ルートに、狂いが生じてからだった。「迷わされている」ことに気づくまで、ゆうに三周を消費した。ウィザードの戦闘において、それだけのタイムラグは致命傷に等しかった。
ボウ!
森の木々が、瞬間的に、複数燃え上がった。大木を薪とした炎は、またたく間に近くの木々を巻き込む。燃え広がる。
「なっ」
キッラーは戦慄した。このままでは森ごと焼き払われてしまう。考え込んでいる暇はない。キッラーは、オーラを集め、身にまとう姿をイメージした。呼吸を整え、顔も含めて全身にオーラをまとう。過日エーノがまとっていた、あの鎧を思い浮かべた。ああとまではいかずとも、ある程度守られれば。思い浮かべた瞬間、マナ弾丸が飛来した。
「ぬうっ!」
両腕で顔面を守り、防御を固める。しかしオーラを分厚くすることはできない。もとより多くないオーラを腕へ回せば、足から燃えていくことは明らかだ。
「ぐあああっ!」
結果、キッラーは弾丸に吹き飛ばされた。したたかに木へと叩きつけられ、大地に伏した。燃える草むらが、その身体を苛んでいく。
「くそ……畜生……!」
未だ折れぬ心で身体を起こさんと、キッラーの手足はもがいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます