〈5〉
「ちょわあああああああっ!?」
果たしてそれは、どちらのあげた悲鳴だったろう。
落下。正直、着地まで考えている余裕はなくて、だから地面がぬかるみで助かった。泥だらけの体を起こし、少し遠くに落下したパリエの、そのすぐそばまで駆け寄って——。
「姫様! だめ! 来ないで、やめッ——」
パリエェェェ! とたぶん、力一杯叫んだ気がする。力一杯名を呼んで、力一杯「よくやったお前ぇ!」と抱きしめ、そして彼はそれきり動かなくなった。正確には私の胸元、そういえば丸出しにしていたそこに顔を挟まれたまま、しばらく脱出しようともがいて——あるいはもがくフリをして、でもそれすらああもうどうでもいいやという風情でカクンと脱力した。すごい。なんか本当に「はぁぁぁ……」って言ってるっていうか、人間ってこんな情けない声で放心することがあるんだ。あとすげー熱い。頭部が。なにこれ。
「すまん」
申し訳ない、せっかくのかっこいい大活躍を台無しにして——と、その謝罪の気持ち自体は本当だ。そしてわかった。なるほど、それであんなに嫌がっていたのか、と。
彼からしてみればとんでもない話。毎回こんな青い性衝動を強制的に揺すられるような目に遭わされて、でもそのことを当の犯人はすっかり忘れて、そして危機が訪れるたびに勇ましく「パリエ! あれをやるわよ!」みたいなことを言い出すのだ。自信満々に、なんなら自慢の脚力で逃げれば済むはずのところを、人の気もまったく知らないで。
うわああああごめんね本当に、と、そんな気持ちは本当にあるのだ。嘘じゃない。私にだって恥じらいくらいあって、またパリエを追い詰める趣味なんてなくて、だから普段だったら一も二もなく、ただひたすらに平謝りしていた。だからさっき「すまん」と言ったのは、今がその〝普段〟でないことに対してだ。仕方ない。というか、お前が悪い。十三歳の子供でまだ良かったと思う。今のこの状態で、こいつが一端の男だったら、それこそどうなっていたかわからないから。
「パリエ。あなたはやはり、私のただひとりの従者です」
かっこ良すぎる。最高。大好き。そんな思いを込めて彼の頭、ちょうどつむじの真ん中あたりに、そっと優しく口付けを落とす。その場のノリや勢いではなく、いやまだ戦のあとの興奮状態にあるのは明らかなのだけれど、でも真剣に。
本当に惜しい。ままならぬこの身が、今は何より口惜しい。あるいはきっと、こうしてドラゴンを殺すたび、私は同じ思いを抱いていたのだろうか。
今のこの思いが、このまま遠い記憶の彼方、おぼろに霞んで消えてしまうなんて。
おとぎ話の定番から考えるに、騎士は姫を守るものだ。
どうせそんなの夢物語だと、その諦観はしかし早計だった。騎士はいた。いまここに、具体的には私の胸の谷間に、いささか小さすぎる気がしなくもないけどでも十分な騎士が。願わくば、いつかその小さな騎士自身が、己の成したことの偉大さに気づいてくれますように。
これから、私が記憶の彼方、置き去りにするであろう姫は待つ。いつかこの忘却の迷宮を抜け、広大な外の世界へと、
もう一度、今度こそ——いいえ初めて、私が本当の姫になれる、その時を。
——いやでも、正直、本当に惜しい。
「アッ、いいこと思いついた。どうせ私、忘れると思うし、揉むか?」
「ん……」
あまりにも素直に揉んでしまうエロガキ。この記憶を——ああ神様、もう私じゃなくていい。
どこかの誰か、その記憶の片隅に、おとぎ話のように残してくれますように。
〈大臣の策謀により王国を追放されたUMA姫ですが、なぜか最強の少年魔剣士に懐かれ悠々グルメ旅をしています。でも最近なんだか彼の私を見る目がおかしい気がして、その疲れからか黒塗りの高等竜に衝突してもう遅い 了〉
大臣の策謀により王国を追放されたUMA姫ですが、なぜか最強の少年魔剣士に懐かれ悠々グルメ旅をしています。でも最近なんだか彼の私を見る目がおかしい気がして、その疲れからか黒塗りの高等竜に衝突してもう遅い 和田島イサキ @wdzm
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