夜、二人。
「これは、私が幼い頃の話なのですが。
寒い冬の日の事でした。何があったのか、病院に入院することがありまして。昼間は家族が付き添ってくれていたんですが、夜は一人きりだったんですね。そう、なぜだか病室に一人きりだったんです。
それでもって、夜中に起き出した私は喉が渇きまして、自販機に飲み物を買いに行ったんですね。幼い頃とはいえ、親の仕草を見て知っていたんでしょうね。なぜだかその日「喉が渇いたから自販機に行って飲み物を買おう」と、自ずとそう思い至りましてね。ベットから抜け出して、部屋を出たんです。
「おい、お前さんどこに行くんだい」
部屋を出てすぐそんな風に声をかけられてですね。声のほうに振り返って見ると警備員のおじさんがいらっしゃったわけです。
「飲み物がほしくて」
そう私が答えたらね、おじさんは納得したみたいに頷いて「じゃあ、自販機まで一緒についていったる」と私の手を取ってくれたんですね。
警備員のおじさんと並んで歩いた廊下、窓の外が塗りつぶされたみたいに黒かったのを今でも覚えていますよ。子供心にはその暗さは怖くってね、おじさんの手をぎゅっと握っていました。その手もまた冷たくって冷たくって。でもね、なんでだかその冷たさが心地よくってですね、ただぎゅっと握って、おじさんの後をついて行ったんですよ。
そうして、ようやく自販機に着いたって時にね。自販機の随分と手前でおじさんが立ち止まったんですよ。
「お前さん、やっぱり部屋に戻った方がいいよ」って。
「どうして」って聞くとね、おじさんは握ってた手を放して、こちらに向き直りましてね。話始めたんです。まあ、ここではその話の内容は省きますがね。どうしてそんな話をするんだかわからなくって、ただまじまじとおじさんを見つめていたんですね。そんな中ふと、私の耳元に両親の声が届いたんですよ。泣き叫ぶように私の名前を呼んでいてね。
なんで両親の声が、って思った時にパチリと目が開きまして。
気付いたら私は白い天井を見上げていたんですね。機械の音がせわしなく鳴っていて、両親も私を呼んでいました。窓からは光が差し込んでいて、どうやら私は夜の間に生死の間を彷徨ったのだとお医者さんは言うじゃありませんか。
まあ、不思議な夢もあるもんだなと、そんな私の思い出話でございますよ。
ええ? おじさんは一体何を話したのか?
そこまでちゃんと話すとまあ随分と長くなってしまうんですがねぇ……。
おじさんは、こんな風に話を切り出したんです。
「これは、私が幼い頃の話なのですが。寒い冬の日の事でした。何があったのか、病院に入院することがありまして。昼間は家族が付き添ってくれていたんですが、夜は一人きりだったんですね。そう、なぜだか病室に一人きりだったんです。それでもって、夜中に起き出した私は喉が渇きまして……
掌編練習箱 六道香榮 @kae_rikudou
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