掌編練習箱
六道香榮
なんでもない特別な日に
駅構内で通りかかった花屋の花が、やけに鮮やかで目を引いた。花の事は良くわからないけれど、白桃のように色づいた花はどうやら薔薇の一種らしく、開ききればもっと華やかになるのだろうと感じた。一輪だけというのも寂しくて、三本ほど取って恐る恐るレジへと運ぶ。
「ご自宅用ですか?」
「あ、はい」
「花の長さはどうしますか?切りますか?」
困ってしまった。
「おうちにある花瓶のサイズの、二倍くらいがちょうどいいんですよ」
こちらの様子を察した店員さんが付け足す。
「実は花瓶のサイズを覚えていなくて」
本当は花瓶なんてないけれど、今後花を買う予定もないからそう言った。
「あまり大きくはないですけど、少し長めでお願いします」
家に帰ると、既にもう一人の靴があった。
「おかえり」
柔らかな声がソファの影から聞こえた。
「花? ここ花瓶なんてあったっけ」
「無いから、適当な瓶に入れる」
ちょうど水場で伏せてあったビタミン飲料の瓶に花を活ける。長すぎて不格好だったから、普通のハサミでカットしてしまった。
「なんか、現代芸術って感じ」
後ろから覗き込まれ、そう笑われた。
自分よりも少し低い背丈が、じっと花を見つめる。そうして、ふっと笑みを溢して君は口を開いた。
「実は、ちょうどこんな色合いの桃のタルトを買ってきたんだ。気が合うね」
そのままひょこひょこと冷蔵庫へ向かい、ケーキの箱をこちらへと手渡してくる。
「お茶にしよう。ちょっとしたお花見だね」
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