第3話 姉さん、許して!

 夫婦のダブルベッドで、しようと勇策が誘う。

「ダメ、ダメですよ!」

 いま指でいかされて、一瞬、冷静になった秀人は、恐怖に震えた。

 勇策は、姉の夫なのだ。ひそかに慕っていたとはいえ、あまりに罪深い。

 が、勇策は、

「だいじょうぶ。バレやしないよ」

 強い力で、秀人を寝室にひっぱっていく。


 ダブルベッド。

 秀人は、姉夫婦のマンションに住んではいるが、ほとんど寝室の内部を見たことがない。窓辺に、どーんと置かれたベッドの大きさ、存在感。

 姉夫婦の、いわば聖地で、姉の夫と、いけないことを?

 ダメだ、こんなの許されない。


 うだうだ悩んでいた秀人は、ベッドに押し倒された。

 ひんやりしたシーツが気持ちいい。なんだかいい匂いもするし、す^スプリングもよく効いている。ここで姉と勇策が愛の営みを、と思うと、罪悪感に襲われる一方で、妙に興奮してしまう。


「シュウ」

 さっきまで秀人くん、と呼んでいた勇策が、そう呼ぶのを聞いて、うれしさに、とろけそうになった。

 勇策の唇が、秀人のそれに重なる。

 義兄とキスするなんて。これがファーストキスなのに。

 いけない、いけないと思うほどに、体が熱くなる。もちろん、体の中心も熱く、硬くなっている。


「若いんだな。いま出したばっかなのに」

「義兄さんこそ。すごい」

 こわごわ触れたそれは、火傷しそうに火照っている。ずっしりとした重量感。秀人の手に勇策は手を重ね、ゆっくりと動かす。秀人の手の中で、それはさらに膨張し、ぴくぴくとうごめいた。


 夜明けまで、二人はベッドの上を転げまわり、何度も放出した。

 さすがに眠気に襲われ、少し、まどろんだ。

 夢の中で、秀人は勇策に抱かれ、なんて都合のいい夢だ、と目覚めると、となりに勇策の寝顔があった。


 夢じゃなかったんだ。

 あこがれ続けた義兄に腕枕されて、秀人は目覚めたのだ。


 やがて、勇策も目覚め、

「おはよう」

 抱きしめて、キスしてくれた。

 汗まみれの秀人の、額の髪をかき上げた勇策は、

「一緒にお風呂に入ろうか」

 にんまりする。

 義兄さんと、お風呂。

 泡だらけになって、あんんなことも、こんなことも。

 想像するだけで、胸が痛くなるほどキュンキュンする。


 スマホが、けたたましく鳴った。

「はい。えっ、はい、わかりました、すぐ行きます!」

 勇策は、慌てた様子で受け答えし、

「生まれそうだって」

 秀人に、告げた。

「え!」


 予定は、一週間後だったのに、急に産気づいたらしい。

 大急ぎでズボンをはき、ポロシャツを頭からかぶって、

「じゃ、秀人くん。あとをよろしく」

 勇策は出ていってしまった。秀人の呼び方も、元の他人行儀なものに戻っている。


 ベッドに取り残された秀人。しばらく啞然としていたが、やがて、背筋がぞーっとふるえた。


 バレたんだ、姉さんに。

 いや、おなかの赤ちゃんに、かな。

 どっちにしても、ヤバい!


 剣道着に木刀を構える姉の姿が、目に浮かぶ。怒りの目で、木刀を振り上げる。


 姉さん、ごめんなさーい! もうしません、許して。

 僕、まだ死にたくないよー!



 ベッドから撥ね起きると、窓を大きく開け、こもった空気を入れ替える。

 シーツを外し、丸める。後でクリーニングに出しに行こう。

 引っ越しも、急がなくては。

 もう姉に合わす顔がない。姉が帰宅する前に、出ていかなくちゃ!


 部屋にすっとんでいって、荷造りを始めた。

 大物はべッドくらいのものだ。それさえなければ、すぐにでも出ていける。

 このベッドの上でナニをしていて、義兄に見られて、目くるめく一夜へと。うっとりするほど気持ちよかったけど、その後の恐怖は、ハンパない。正直、もう見たくない、このベッド。


 捨てるか、ベッド。

 山田の部屋に行ったとき、やつは布団で寝ていた。

 フローリングに布団? と思ったが、昼間はたたんでおけるし、部屋が広く使えて便利だと言っていた。

 その手でいくか、このベッドは、粗大ごみにだしてもらって。


 秀人は、めまくるしく考えをめぐらせる。

 衣類は備え付けのクローゼットに入る程度しかないから、箱詰めすればいいだけ。あとは、小さめのデスクと椅子。大した荷物はない。


 そのうちに、と、全く進まなかった引っ越し準備が、一気に進んでいく。

 剣道着を付け、怖い顔の姉が見えるようで、必死こいて、荷造りに励む秀人だった。


 姉は、その日のうちに女の子を出産した。

 送られてきた画像は、幸せそうなスリーショット。勇策は、すっかりマイホームパパの顔になっていた。


 入居予定日をてもらい、秀人は、小さなアパートに引っ越した。

 ひとり暮らしが、これから始まる。


 恋人でも、つくろうかなあ。

 勇策のことは、大好きだったけど。姉の夫に恋しても、どうにもならない。あの一夜の思い出を胸にしまい、きっぱり忘れよう。


 そう思いながらも、一人の部屋で、布団の上で。

 秀人の手は、つい、そこに伸びてしまうのだった。


 ああ、義兄さん。

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義兄さん、やめて! 姉さんにバレたら殺されちゃうよ チェシャ猫亭 @bianco3

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