第5話 領主

「ここが私の家よ!」


そう言ってエレナが指を指したのは街を一望した時に目立っていたあの城だった。

街の外からは見えなかったが城は小さいながらも掘りで囲まれており、敵の侵入を寄せつけない造りになっていた。


「これが、家?家ってか城だけど?」

「私にとっては家なのよ!そんな事よりもはやくお父様の所に行きましょう!決めないといけないことが沢山あるんだから!」


俺は言われるがままエレナの後をついて行く。

城の前には門番が立っておりエレナは2人にただいまと声をかけ素通りしてしまった。

俺も軽く会釈をして通ろうとすると門番の人がギロリと睨んできた。

俺は内心ビビりながら足早にその場を後にした。


城の入口には執事らしき老紳士風な男性が待ち構えていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様。ご無事で何よりでございます」


男性はそう言い見事なお辞儀で俺たちを出迎えた。


「ただいまスティーブ。心配かけて悪かったわね」

「そちらの方は森で保護されたという方ですね?」


東の大門で会った兵士さんが知らせたのだろうか?俺の事も把握済みらしい。


「初めましてリュートと言います」

「申し遅れました。私はスティーブと申します。フィオガ家の執事長でございます」


お互い軽く会釈をして挨拶する。


「リュートは私が森でホブゴブリンに襲われたところを助けてくれたのよ!」

「なんと!?リュート様、お嬢様の危機を救って頂きありがとうございます。お嬢様にお仕えする家臣を代表してお礼申し上げます。お嬢様、お怪我はありませんでしたか?」


スティーブさんは先ほどの挨拶よりも深深とお辞儀をして俺に感謝を述べたあと、すぐにエレナに詰め寄り怪我がないか確認していた。


「怪我はないからそんなに心配しなくても大丈夫だってば。それよりもお父様と話がしたいから案内してくれる?」

「かしこまりました。旦那様は応接間でお待ちです」


俺たちはスティーブさんに案内され応接間へと通された。

城の中はイメージ通りの中世ヨーロッパの城と言った風貌だった。


あまりにもキョロキョロしすぎたのかスティーブさんが彫刻や絵画などの説明をしてくれるが、あいにくと物珍しさはあってもそこまで深い知識には興味がないので適当に相槌を打ちながら廊下を眺める。

適当に相槌を打っていたつもりだったんだがスティーブさんは話を聞いてもらうのが嬉しいのか、イキイキと説明を続けている。


「スティーブさんは美術品がお好きなんですね」

「分かりますか!この城の美術品はすべて私が選定して取り寄せた品なんですよ。あいにくと旦那様も奥様もこの手の分野にはてんで興味がなく、かと言って辺境伯が住まう城に美術品の1つもなというのも示しがつかないので私が管理を全て任されているんです!」


「スティーブったら話が長いわよ!リュートも困ってるでしょ!」

「これは失礼しました。美術品の事となるとついつい我を忘れてしまいまして」

「いえいえ、お気になさらず。難しい事は分からなかったですけど好きって気持ちは伝わってきましたよ」

「おぉ!では後ほどお茶でも飲みながら美術品についてじっくりとご説明いたしましょう!」


え、どうしよう。社交辞令で言ったつもりだったんだけど地雷踏んだか?

元の世界で芸術品を見てもへぇ~凄いな~ぐらいの感想しか浮かばないのに、ドワーフの名工だのエルフの里の貴重な木が使われだの言われても分かんないんだよなぁ。


「スティーブ!いい加減にしないと予算を減らすようにお父様に言うわよ?」

「ははは、嫌ですねお嬢様。挨拶の様なものではありませんか。ですから何卒予算の方は...何卒」

「分かったからさっさと歩きなさい!」


それからスティーブさんは一言も発さずに俺たちを大きな扉の前まで案内してくれた。


「旦那様、お嬢様とお連れの方がいらっしゃいました」

「入れ!!」


今中から明らかにカタギじゃない人の声がしなかったか?

そんな事を考えて固まっていると扉が開けられ、スティーブさんに中へ入るよう促された。

部屋の中に入ると俺たちを出迎えたのは豪華な服に身を包んだ筋肉だった。


「エレナ!一体どこに行っていたんだ!?街中探し回っても見つからないからお父さん心配したんだぞ!こんな書置きだけ残して!」


そう言い筋肉、もといエレナの親父は一枚の紙を机に叩きつけた。今机がミシッて言わなかったか?


「そこに書いてある通りちょっと街の外を散歩していたのよ!」

「街の外だと!?危険だからあれほど街の外には行くなと言っただろう!?」

「私がどこに行こうと私の勝手でしょ!それともお父様は私にずっとこの街で生きていろっていうの?」


「なんだと!?エレナ今なんと言った!?」

「お父様は私にずっとこの街の中だけで暮らせって言ってるのかって聞いたのよ!」

「違うそんな事じゃない!なぜいつもみたいにパパと呼んでくれないんだい!?」


エレナの顔がみるみる内に真っ赤になっていく。

そして俺の方をチラチラ見てきた。

おっと、それはまずい。


「君」


たった一言、エレナの親父の一言で俺の周りの空気は一瞬にして凍り付いた。


「君は、なんだね?」

「お、俺は森で偶然エレナがホブゴブリンに襲われている所に出くわしまして」


エレナがホブゴブリンに襲われていたと言った瞬間部屋の温度が下がった。

比喩ではなく温度がみるみる内に下がっている。

吐く息が白い。


「それで?」


エレナの親父はその銀色の短髪を逆立たせ力強い碧眼でこちらを見つめ、続きを促してきた。

先ほどとは明らかに雰囲気が違う。

短い言葉だが下手な事を言えば殺されるんじゃないかと思う程のプレッシャーを感じた。

いろんな意味で震えて声が出せず固まっていると


「もうパパ!話は最後まで聞いて!リュートは私がホブゴブリンに襲われている所を助けてくれた命の恩人なのよ!」


エレナが助け船を出してくれた。すると部屋の温度ももとに戻りプレッシャーもなくなった。


ホブゴブリンとの戦闘の途中に目が合った時以上の濃厚な死の気配から解放された俺は、今まで生きてきた中で一番大きな安堵の溜息をもらした。

殺されるかと思った。


見つめられた時筋肉だとか人相だとかそんなのが霞むぐらいの圧倒的な、何か大きな力を感じた。

あれは何だったんだ?

思考にふけっていると背中にトラックでも衝突したんじゃないかと錯覚するほどの衝撃が走った。


「そうかそうか!リュート君とやら、エレナの命を救ってくれてありがとう!礼を言うぞ!!そういえば紹介がまだだったな!俺はエドワード・フィオガだ。国王様からこのハーメン領の守りを任されている!」


衝撃はエレナの親父が俺の背中を叩いたものだった。


「はははは、どうも」


どんだけ力こめて叩いてるんだよこの筋肉だるまが!

内心で毒づき日本人の必殺技、愛想笑いをする。


「ところでエレナ、お前ほどの剣士がなぜホブゴブリンなんかに不覚をとったんだ?」


エレナはこれまでのいきさつを説明した。

話しているとエドワードさんの顔がみるみる険しくなっていった。


「リュート君、ホブゴブリンから回収した魔結晶を見せてくれ」

「あ、はい。これです」


俺はポケットにいれていた魔結晶をエドワードさんに渡した。


「妙だな。ホブゴブリンの魔結晶にしては純度が高い。フェイントを仕掛けてきたというのも引っかかる。ホブゴブリンはゴブリンよりも体格は大きくなるが頭はさほど変わらない。スティーブ!念のため森への侵入は禁止、冒険者を調査に向かわせろ!」


「かしこまりました、すぐに手配致します」

スティーブさんはお辞儀をすると部屋から出ていった。


「さてまずはエレナ、無事に帰ってきてくれて本当に良かった。頼むからもう二度と勝手にどこかに行かないでくれ」


エドワードさんが穏やかなどこか悲しそうな声で言うとエレナもバツが悪くなったのか分かったわと頷いた。


「なぜこんな事をしたのかも分かっている。そんなに王都の学校に通いたいか?」

「それは変わらないわ!私は王都の学校に通いたい!」

「そうか」


エドワードさんは何やら考えた後分かったと頷き


「良いだろう、しかし許可するにあたっていくつか条件がある」

だされた条件は3つ

長期休暇には必ず帰ってくること

毎月欠かさず手紙を書くこと

そして


「そしてリュート君と一緒に通う事だ」

「そんな事でいいの?」


ふぇ?

どうしてそこで俺が出てくるんだ?


「勿論リュート君の学費や王都での生活の面倒は当家が全て工面しよう。その代わりと言ってはなんだがリュート君にはエレナの護衛を頼みたい」

「護衛って言っても俺戦闘なんかあの森で戦ったのが初めてなんですけど」

「それは問題ない。これから入学までの半年間私がみっちりと鍛えてやろう」


死刑宣告を受けた罪人の気分だ。

こんな筋肉達磨の訓練なんか、地獄みたいな内容に決まってる!

なぜだ!俺なにも悪い事してないのに!


「何よそれ!護衛だなんてそんなのおかしいわ!」

「この条件がのめないなら王都の学校へは行かせない!」

エレナが反論するが聞く耳を持たないと言わんばかりに突っぱねられる。


なぜそこまで俺にこだわるのか分からないけど俺が我慢すればエレナは学校に通えるのか。

ずっと学校に行きたかったみたいだし、護衛と言ってもこの人の娘愛からしてきっと男避けみたいな役割を期待しての事だろう。

となると訓練と言ってもそこまで辛いものではないはず!

よし!ここは引き受けよう!


「そう言う事なら俺は構いません。護衛を引き受けますよ!」

「うむ!その意気やよし!!」

エドワードさんは大仰に頷いた。


「どうしてもその条件じゃないと許可してくれないのね?」

「どうしてもだ」

「パパのけちー!」


そう言ってエレナは部屋を飛び出しどこかに行ってしまった。


部屋の中には俺とエドワードさんだけ。

気まずい。怖い。何か喋った方がいいのかな?

駄目だ、何も話題がうかんでこない。


「あらためて娘を助けてくれて本当にありがとう。」


俺が頭の中でてんぱっているとエドワードさんが立ち上り、その見た目に似合わずとても優雅な所作で礼を言う。


「いえ、本当に通りがかっただけで俺もあのまま森を彷徨っていたらどうなっていたか分かりませんから」


実際あの場でエレナと出会っていなければ俺は他の魔物やゴブリンに殺されていたかもしれないわけだし、結果を見れば俺がエレナを助けたと言えなくもない状況だが俺だって助けられたのは事実なんだ。


「それとさっきは強引に話をすすめてしまってすまなかったね」

「いえ、俺の事なら気にしないでください。森での戦闘は本当に運が良かっただけで、俺も戦う力を身に着けたいなって思ってましたからむしろありがたいです」

「それなんだが、リュート君は気が付いたら森にいたと言っていたね?」


エドワードさんにはエレナにしたのと同じ説明をしてある。

エレナが言うにはこれからいろいろ世話になるのに兵士についたような嘘を言っても仕方ないとのことだ。


「ええ、俺自身わけもわからない状態で」

「実は君を強引にエレナの護衛にしたのはその事も関係しているんだ。君はこことは違う世界から来たんじゃないのかね?」

「ななな何を言ってるんですか?」


心臓が口から出るかと思った。

どうしてエドワードさんは俺が別の世界から来たって分かったんだ?


「隠さなくてもいい。しかし本当に別の世界から...」


何やら考え込んでいる。

俺のきょどり方から完全に異世界から来たと思い込んでるみたいだ。

実際そうなんだけど。


「よくある事なんですか?」

バレてしまったものはしょうがないので思い切って気になっていたことを聞いてみることにした。


「いや、召喚ならともかく異世界から人が迷い込んでくるなんて滅多にある話じゃない。この世界ではそういった人達を迷い人と呼ぶんだ。迷い人は総じて世界から何か大きな指名を与えられていると言われている」

「エドワードさんはどうして俺が迷い人だと分かったんですか?」

「以前に似たような人間を見たことがあってな」


「その人は今どこで何をしてるんですか?」

「詳しい話はまた今度話そう。明日からの訓練は厳しいぞ!死んでくれるなよ!」

エドワードさんはそう言い残し高笑いと共にどこかに行ってしまった。

一瞬寂しそうな顔をしたのは気のせいだろうか。


ん?と言うか訓練って死ぬかもしれない様な事すんの!?

俺は軽い気持ちで地獄に飛び込んんでしまったのではないかと、了承してしまったことを後悔するのだった。

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トイレに駆け込んだら異世界だった!? 水無月 快晴 @_xri_

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