好きな時に出て行けばいいと言ったのに、二人はわざわざ別れの日をリンネに告げた。

 旅立ちの日はよく晴れた。

「晴れて良かったね」

 洞窟の外で二人と向かい合う。今まで案外になかった情景だったが、これが最後だ。

「お前、我らが魔物だということを忘れたか? 晴れは何も良くない」

「あぁそっか。ま、雨の日よりは良いよ」

 コウモリと向き直る。

「じゃ、元気でやんなよ。この人の為にもね」

「言われなくとも! 我は命ある限り魔王様をお助けするぞ!」

 コウモリはバサバサと羽ばたいて、空まで舞い上がっていく。彼のためだけに生き返った人が言うのは説得力が違うなと微笑んで。

 次に彼と向き合う。

 長々と見送ることはしないと決めていた。

「達者で。せっかく拾った命、大切にしなよ」

 すぐに元の生活に戻れるように、出来る限りあっさりと。

 それなのに、彼は去らない。

「何だ。他に何かある?」

「……少し口を閉じていろ」

 手が伸びてきて、リンネの目は覆われた。立ち尽くすリンネの耳に、何かが触れる。髪が星のまたたきほどにかすかに、さらさら鳴った。

 少し髪が重い。何かが引っかかっているような感覚がある。

「何か――」

「ここを出る時、お前は殺すつもりだった」

 視界を塞がれたまま、冗談でもなさそうにそう言われて言葉を失う。髪に付けられたものを確かめようと上げかけた手も止まる。

「あぁ……」

 魔王として生きるのなら弱みを知ってる人間は邪魔だからか。それとも、この身を憐れんだか。理由が何にせよ、あまり抵抗する気は起きなかった。

 この人なら良いかな、と半ば本気で思っていた。しかし、彼は笑み含んだ声で言う。

「だが、やめた」

「え……何で」

 問いかけをかわして彼は言う。

「また会おう」

 風が吹く。


 目の覆いが外れた時、既に彼はそこにはいなかった。

 途中から目を覆っていたそれは手ではなくなっていたのだろう。もしかしたら声も、置いていかれたのかも知れない。全盛期には程遠くとも彼ならお手の物だろう。

 そんなことを考えながらしばらく立ち尽くしていたけれど、俯いた拍子に髪に重みを感じて、彼が髪に何か付けていったことを思い出した。耳の上に手を伸ばして触れてみる。布の手触りだった。耳にかけられた軸は金属。試作品に使われていたのを再利用でもしたのか。

 外してみようとして、少し躊躇われてそのままにした。

 まだ彼らの姿がないかとわずかに期待して振り返ったが、洞窟の外には清々しい青空が広がっていた。

 その青さが目にしみる。

「またって、いつのことだか」

 わざと立てた笑い声は、静寂に吸い込まれていった。

 きっと死者を待つよりは、マシな時間だ。


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魔王のために花を摘む人 早瀬史田 @gya_suke

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