第3話 天才美女


「ほらっ、始まってるよ」

「あの人だかり、随分と人気なんだな」

(あの中を入っていくのか……億劫だ)


 普段、モニタールームがこんなに人で埋まるということは、【騎士昇格試験】を除いてあり得ない。


 指揮統括部隊、その知力を持ってして、あらゆる状況下の中で戦略を練り、勝利へと導く部隊の要の存在。故に知力だけでなく、人を惹き付ける力、カリスマ性も数値に大いに反映されている。


(かなりの人気者……カリスマの塊だな)

「見てよ、あれ【戦旗せんき】じゃない?」

「戦旗?」

「盤上を戦場に見立てて、自陣の部隊の旗を駒にして戦うボードゲームさ!」

「ゲーム……か」


 モニターに映る度に歓声が湧く、その美女の名はシオン・アング。指揮統括部隊にて、前例のない指揮値を持つ、類を見ない天才。(戦闘値61、指揮値99、技術値64)


「6の2、盾を3隊列」

「うっ……7の2、剣を後方に!」

「5の2、剣を3隊列」

「あ、そんな……スペースがない……っ! 8の1、9の3、弓! これは決まったぞ、天才に勝った!」


 レカムもライラもこの戦旗のルールを知らず、何が何だか分からないが、どうやら天才美女のシオンが押されているようだ。

 盤上を見てもただ、駒が散り散りになっているようにしか見えない。


「私に勝った? 相手が諦めていないのに、勝利宣言なんて……だから隙間が生まれる」

「何っ!?」

「それに誘導されたとも知らずに、まんまと私の策に嵌るなんてね。8の1に馬2列」

「そ、そこに馬だとっ!? た、確かに禁じ手じゃないけど……こんな戦い方なんて」


 相変わらず何がどうなっているか分からないレカムだが、いつの間にかレカムの肩に乗って、真剣な眼差しでモニターを見つめるライラ。

 その瞳に映るのは、もちろんシオン。


「き、綺麗だ」

(そうだ、こんな奴だった)

「なぁ、もういいだろう。ケーキ屋閉まるし」

「もう少しだけ! 戦旗も終わるし、彼女を生で見てみたいんだ!」

(ケーキ……ケーキは諦めるか)


 ため息をついて少し落ち込んでいると、どうやら対局が終わったらしく、歓声とともに戦旗ルームから、輝く黒髪を靡かせる美女が現れた。


 シオン・アング……指揮統括部隊の天才。


「みんな、応援ありがとう」

「シオンさん、これ勝利の花束です!」

「いい香りね。ありがとう、嬉しい」

「みょ、冥利に尽きます!」

(そんなにか?)


 その美しさから、周りにいるのは男だらけと思われたが、女性の騎士見習いも沢山いて、異性だけでなく、同性からも人気のある正真正銘、カリスマの塊のようだ。


「うおおぉ! シオンちゃーん!」

「おいやめろ、騒ぐな」

「僕の心は君にゾッコンだよぉ!」

「ライラ、やめろ」

(あぁ、面倒くさい)


 肩の上でジタバタするライラを押さえつけようとするが、人混みの中で身動きが取れず、どうでも良くなって流れに身を任せるレカム。

 その時、シオンの瞳にゲッソリしているレカムが目に入った。


(あの人……戦闘部隊のレカム・スターチス?それに、技術開発部のライラック・アイリス?)


 歩く向きを変えて、レカムとライラの方へ歩いていくシオン。


 一方でシオンのファンに弾かれて、ゲッソリするレカムと、「戦闘部隊の天才がこれって!?」とレカムをポカポカと叩くライラの前に輝く美女、シオンが立っていた。


「ふたつの部隊の天才コンビ、戦闘部隊レカム・スターチス、技術開発部ライラック・アイリスね」

「び、美女が目の前に……もう死んでもいいかも」

(駄目だろ)

「そういうお前は指揮統括部隊の天才、シオン・アングだな」

「えぇ、その通り。ただ、少しだけ違っているとするなら……」


 自分の手で髪を靡かせ、その美しさと、スタイルを見せつけるシオン。


「指揮統括部隊の【天才美女】ね」

「う、うわー! 美人だー!」

(自分で言うかなそれ)

「あ、あぁ……そうか」

(自分で言うかそれ)

「おぉ……(周りのファン)」

(自分で言うんだそれ)


 差し出された手を、すぐ様握りしめるライラ。


「シオンさん、美人だね」

「ありがとう、君も可愛いよ。でもどうして男用の制服を?」

「ライラでいいよ。それに当然、僕は男だからね」

「ごめんなさい! あまりにも可愛くて……つい、女の子かと」

「あはは、よく言われるから気にしてないよ」


 思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、グッと堪えて後ろにいるレカムに手を差し出すが、握手に応じる気は無いようだ。


「何か言いたげな表情しているけど?」

「何故俺たちの名を?」

「何故って……君たちかなり有名なのに? 知らないの?」

「他人の評価に興味はない」

「他人に評価されてこそ、人でしょ? 興味ないなんてつまらないんじゃない?」


 冷たくなりそうな空気に、ライラが割って入る。


「ところで美人さん、凄く強いんだね! ルール分からないけどカッコよかったよ」

「シオンでいいよ。ライラ、ありがとう! でもそんなに褒められると、照れるかも」

「ごめんね、シオン。レカムって堅物でさ、でもこれが普通なんだ」

(悪く言われてるのかこれは)


 表情の変わらない仏頂面で、淡々と話す様は人から嫌悪されがちだが、そもそもレカムはあまり人に心を開かない。

 黙っているときが多いが、心の中ではお喋りな方。


「どうやらそうみたい。常に怒っているように見える」

「別に怒ってない」

「じゃあ、笑って見せてよ?」

「どうしてそうなる?」

「じゃあ、やっぱり怒ってるんだ」

「……」

(なんなんだ、すごい疲れる)

(ケーキに惑わせれてここに来たのが間違いだった……そうだ、そうに違いない)

(ケーキに踊らされる俺……虚しいな)


 黙り込むレカムを楽しそうに見つめるシオン。

 自分が見つめられていることに気づき、ため息を吐いてから「何だ?」と訊ねる。


「少しだけ、君に興味が湧いてきちゃった。面白いね、君って」

「……ライラ、帰るぞ」


 突然腹部をレカムに抱えられて、ジタバタするしかないライラ。


「え? ちょ、ちょっと! またね、シオン!」

「またねライラ、レカム」

「うっ……レカム?」


 表情には出さないが、ライラにはレカムが困惑しているのが伝わってくる。こんなに混乱しているレカムを見るのは初めてかもしれない。


(何だ、今の感覚は……)

「レカム?」

(駄目だ、思い出せない)

「レカム、聞いてる?」

(思い出せない? 俺は経験した事があるのか? この感覚を?)

「レカムさーん?」


 ライラを無視するように、考えながら歩くレカム。


(いや、アイツとは初対面だ。一度もあった事はない……そうだ、記憶にないからだ)

「あのー、レカムさーん」

(記憶にない……記憶? 俺の記憶? 思い出せない……思い出が出てこない)

(思い出が……無い?)

「レカムってば!!」


 ライラの大声で我に返るレカム。

 ライラを抱えたままだった事を完全に忘れ、自室に戻ろうとしていた。


「ぼーっとするのはいいけどさ、別に抱えて運ぶ必要ないんじゃないかな!」

「悪かったな。丁度持ちやすくて」

「持ちやすいのなら、しょうがないねうんうん……って良くない!」

(お決まりだなこの流れ)

「まぁでも、今回はシオンと仲良くなれたし、良しとしよっかな。変な人だったけど」

(コイツ所々正直だよな)


 ため息をつきながら校内のデッキに出て、少し冷たい風に当たる。沈みかけの夕日が真っ赤に染まり、地平線に少しずつ消えていく。


(シオン・アング……変な奴だ)

(不意に感じたあの感覚……どこか懐かしさを感じるような……不思議な感覚)

「不思議な感覚だよ、この感覚は」

(まさか、ライラも俺と同じ感覚を?)

「ふっ、風が泣いているぜ」

「……邪魔だな、ライラ」


 ふたりで風に吹かれながら、暮れゆく夕日を眺めて思いにふける。


「って、レカム。心の声、漏れてるよ」

「……あ」

「あーそーですか、僕は邪魔でしたか!」

「何というか、その……本音がな」

「なんだぁ、本音かぁ。焦らせないでよ全く……って」

(またこれか)

「本音って何だよ! それもだだ漏れだよ!」

(面倒だな)


 騒ぐライラを後目に、闇に染まる空を見つめるレカム。


(また夜が来る。眠れない夜が)

「ねぇ面倒だって思ってるでしょ、その顔」

「思ってない」

「ぼ、棒読み……思ってるじゃん!」

「面倒だな」

「また漏れてるーっ!」


 血と悲鳴が飛び交う、眠れない悪夢ナイトメアが始まる。


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独立戦闘騎士団 ナイトメア ぷりん頭 @pudding_atama

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