昼下がりの命題

草詩

「とある昼下がり」

 幼い頃から、丸くて、小さなものが好きだったんだと思う。

 コロコロしていて、可愛らしいものに惹かれて。


 ビーズやおはじきを眺めてうっとりしたり。

 じゃらじゃらと袋に入れて、その重みに満足してみたり。


 そんなだったから、男の子に渡された丸いものも喜んで受け取って。

 「ありがとう!」なんて言ってしまったのだ。


 宝物いっぱいの袋で、そいつが這い回っているのを見た時から大嫌いになった。

 その名はダンゴムシ。


 大好きだったキラキラのビーズや色とりどりのおはじきを穢した奴ら。

 そんな奴らと今私は対峙している。

 実物ではない。


「どうしてこんなものが」


 思わず口をついた。呪う言葉が。

 目の前にあるのはガチャガチャの機械。

 お金を入れてハンドルを回すと景品が出て来るトイカプセル。


 こういうのは好きだ。

 意外と良いデザインのものや小物、キャラクター。

 バラエティ豊かなラインナップが見て回るだけでも楽しい。


 でも、ダンゴムシ。お前は駄目だ。

 何故お前がそこに居る。

 帰れ。


 しかし、帰れと願えど帰るわけにはいかなかった。


 息子が願ったプレゼント。

 それがガチャガチャの景品である、アルマジロトカゲという奴なのだ。

 なかなか見栄えするトゲを持った手のひら大のトカゲはカッコかわいい。

 造形も良く、稼働して丸くなることが出来る。


 モデルとなったトカゲを飼う事は出来ないが、この子なら何時でも何処でも一緒に居られる。

 だからOKを出した。

 だというのに、何故。何故、我が物顔で奴が同居しているのか。


 わかる。

 景品というのは目玉の商品は出にくい。

 一番お金をかけて、単体では採算がとれないクオリティを確保し。

 その代わり、外れの商品が多めに入る。料金以上の品をクジに入れるには、それ以外が大量になければならない。


 しかし、よりによって何故お前が。


 丸くなるしか共通点のない虫けら風情が。

 トカゲは実物大っぽいのに、何故お前まで手のひら大になった?

 おぞましき事よ。


 一回五百円。

 トカゲになら払っても良い。息子の喜ぶ顔が目に浮かぶ。そのくらい容易い。


 一回五百円。

 何故肥大化したプラスチックの虫にそんな大金を? 気が触れたか。


 なに、一回でトカゲを出せば良いだけの話だ。

 そう自分に言い聞かせ、硬貨を入れて重いハンドルを回す。


 ガチャガチャ、ポトリ。


「嘘だ」


 当然一回で出るわけがない。それは奇跡だ。

 それが通るとしても、こんなところでそんな幸運を使うなんて損した気分になるというものだ。

 だからこれは予定調和。わかりきっていた事。


 わからないのは、何故出て来た虫野郎は梱包されていないのだ。

 これはトイカプセル。カプセルに梱包されて出て来るのが世の常識では?


 中身をはっきりと知覚させず、触れることもなく取りだせるものでは?


 どうして、今。

 奴は灰色の巨体をそのままに丸まって転がっているのか。

 取り出し口に垣間見える奴は、そのままだ。


 いや、よく見ればビニールに包まれているようには見えるが。軽装過ぎる。

 待て。私は、これからアレを素手で鷲掴みにして取りださなければならないのか?

 酷過ぎる。


 私がもう少し金持ちなら、きっと召使がトング的な何かで笑顔のまま排除してくれて。麗しく「奥様、次をどうぞ」と語らってくれるはずなのに。


 はぁはぁ。息が荒い。

 それでも、私は。戦わなければならない。

 昨晩、夫に「私ガチャ運良いから任せてよ」なんて言った能天気な馬鹿を殴りに行ければどんなに良いか。


 ここには私しか居ない。

 ニコニコと引き攣った笑みを浮かべる旦那は、今その笑顔を使って仕事をしているのだ。


 手を入れる。

 見えない。見えないという事が恐怖を煽る。

 硬い甲殻的なものを感じる。つるりと逃げた。悲鳴が出そうになる。


 耐えろ。この試練を超えた先に、息子が待っているのだ。

 もうお金だけ渡して自分でやらせようかしら。


 それだ!!!!


 脳髄に電気信号が駆け巡り、私は覚醒した。

 体験学習という言葉がある。

 教育においては、与えらえるものを一方的に享受すれば良いというわけではない。


 素晴らしい発想だ。

 早速我が家にも取り入れる必要があるだろう。


 私は手を引っ込め、即座に行動へと移した。

 一旦家に戻って息子を連れて来る。ただそれだけの、とても簡単な事だ。


 だが。

 去ろうとした私を引き留める者が居た。


「おばちゃん、忘れてるよ!」


 振り返った先。

 そう無邪気に叫ぶ男の子の差し出す何かを前に。


 私は。


「ありがとう」と。

 かつて言った言葉を、返すしかなかったのだった。


          ~END~

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昼下がりの命題 草詩 @sousinagi

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