5.




 一つ。


 女の異能力は『モノの死』や『終わり』を見定める力であり、対象物に普通ならありえない『線』が走る。

 その『線』は異能によって顕現するものらしく、他者は視認不可能。

 しかし、いくつかのテスト、実地での異能の解放を重ねた結果、異能は使えるレベルのものであると判断。


 追記。


 先に『異能は使い物になる』と判断したが、致命的な副作用として、異能の力を使うほどに頭痛に襲われ他者のサポートが必要な事が挙げられる。

 銃火器を扱えず、体術が得意というわけでもなく、人一倍すばしっこいわけでもない女を誰かが護り、必要ならば援護する事は、チームにとってマイナスと言っていい要素である。




 やつがれが二週間預かった女の異能力、そのマイナスの要素などについて余すところなく報告すると、中原中也幹部、我らが首領ボスの間に重い空気が流れた。

 話題にされている当の本人……未だに名も知らぬ女は、手にしている紫陽花の花束をぼんやりした顔で眺めている。


「どうしようかね。中々、悩みどころだ」


 首領はポツリとこぼすと意味ありげな視線を幹部へと送る。

 僕の役目は終わったので、一歩二歩と下がって状況を見守るだけになる。

 話の流れ次第では僕の遊撃隊に女が正式に所属するかもしれず、幹部と首領の考えによっては、手のかかる女は離れていくかもしれない。

 どちらがいいのかと言われれば、樋口で慣れてしまっている僕は、手のかかる女は好まない。だが、首領が命じるのなら、面倒事でも受け入れる覚悟はできている。


「俺の下に置きます」


 こちらもポツリとした声は幹部のものだった。

 幹部は、なんと言うべきか、複雑な表情で女の事を見ていた。


「手がかかるのは元からで、俺は慣れています。どんな状況でも護る自信もあります」

「それはそれで、困るんじゃないかな」

「……どういう意味でしょうか」


 眉を顰めた幹部に、首領はどこか寒々しい笑みを浮かべる。


「君のそれは私情じゃないか、と言っているんだよ。

 仕事で彼女を連れ歩くようになったら、色々とマズいんじゃないのかい」

「……何を今更。私情だと言うなら、生かすと決めたその時からでしょう。

 決めたのは俺で、生かしたのは貴方です。そこに貴方の思惑が何もないとは思えませんが」


 一度、二度、と温度が下がっていくような気がする冷えた口調に、会話。

 首領はころっと表情を変えると今度はにこやかに微笑んだ。「じゃあ、一生面倒をみるんだね?」その言葉に幹部は面食らった顔をしたが、あまり迷った素振りもなく「はい」と答えたことで、冷えていた空気が緩和された。知らず止めていた息をふっと吐いて、「僕はこれで」話もまとまったようなので、一礼して会議室を出る。

 最後、扉が閉まる前、女が小さく後ろ手を振っているのが見えた。

 が、返すべきかと悩んでいる間に重い扉は閉じてしまったので、結局応えぬまま、本部の廊下を行く。


(今日からは面倒な女がいないのか)


 この二週間、斜め後ろを遅れて歩く事しかできない女を振り返り、時には背を押し、時には黒獣こくじゅうで運び……本当に手がかかる女だった。

 エレベーターに乗り込みボタンを押して、この二週間でついた癖……つい自分の背後を振り返って女が乗り込んだかどうかを確認している自分に舌打ちする。「愚か者」自分の事をそうぼやき、息を吐く。


(これが普通だ)


 気にかける者の存在など面倒なだけだ。僕には必要のないものだ。

 だが、何となく、何かが足りないような。閉じた狭い箱の中に隙間風が吹き付けているような、妙な感覚。二週間あった存在が消えただけだというのに。

 きっとすぐに忘れるさ、と目を閉じる。

 何せ、僕は奴の名も知らぬまま別れたのだから。

 呼ぶ名もない相手に翻弄などされてたまるものか。



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紫陽花を手離さない風変わりな死神について アリス・アザレア @aliceazalea

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