第三章・E ある少女の記憶 5
その夜。私とアニーは別々の部屋で寝た。一緒に寝て、ハグして彼女を慰めるだとか、そんな気分にはなれなかった。お風呂に入って、パジャマに着替えて、歯磨きをして、ベットに倒れるようにして横になった。
「何で……何でそんな急なの」
私は一人呟く。誰も答えてはくれない。
……分かってはいた。アニーはいずれ、私たちの元を離れるのだと。
だったら、もっと早くいなくなって欲しかった。私がまだ、アニーの事を好きでない内に。そうすれば、こんな気持ちにならなくて済んだ。
アニーとレストランでした会話を思い出す。……確かに、今の私は悲しい事ばかり見てる。アニーと出会えたことは、幸せな事だった。だから、残された時間を全力で楽しむべきなんだろう。
でも。それが出来ない時もあるのだと知った。今分かった。その考え方はきっと、強い人間にしか出来ないんだと思う。私には、中途半端な所までしか出来ない。
私は、ベッドの上で一点をただ見続けていた。肘と膝を畳んで、赤ちゃんのような姿で、ただ窓の外で舞う雪の粒を眺め続けていた。見ただけで、背筋に寒さを感じるような光景だ。
その時だった。コンコン――と、背後でノック音が聞こえた。
「メーナ。入っていい?」
アニーの声だ。まあ、分かっていたが。
「……うん」
消え入るような声で、私は言った。
聞こえてないかな、と思った。それならそれで、良いかもしれない――けど、背後で扉を開ける音がした。私は背を向けたまま、彼女の姿を見ようとしない。
木製の床が、軋む音がした。暫くしてそれは止んだ。背後に気配を感じる。
「……座っていい?」
アニーの声が聞こえた。私は頷く。ベッドが沈む感覚があった。私の肩に、何かが触れた。
「ごめんね。突然」
アニーが優しい声で、話しかけてきた。何処か、安心していた。
「……うん」
私は毛布を強く掴んだ。
「今まで、言えなくて」
「うん」
「その、言おう言おうと思ってたんだけど、言おうとすると……辛くて」
「うん」
「だから……言えなくて」
「うん」
台詞を重ねるたびに、アニーの声が震えていく。鼻水を啜る頻度が増えていく。
「メーナ。ご、ごめんねぇ……。わ、私、弱くて……」
――と、アニーが言った。
ハッとしたように、私は寝返りをうった。私と同じように、アニーは私に背を向けていた。私より大きいのに、丸まって小さく感じる背中だった。
その背中を見ていると、笑みがこぼれた。いや――別にアニーを笑っているわけではなけど。何と言うか、自分に笑ってしまった。
馬鹿だな、私。
本当に馬鹿だ。
強さも弱さも、人は持ち合わせている。そうに決まってる。
幸せと不幸は、隣りあわせなのだから。
幸せがあれば、不幸があって。
強さがあれば、弱さがある。
アニーだって、そうだった筈だ。
私に強さをくれたのはアニーだ。
だから、今度は私の番だろう。
アニーのように、強さなんてあげられないけど。
それでも、元気にさせる方法なら知ってる。
アニーに教えてもらった。
「ねえ、アニー」
私はアニーを呼ぶ。アニーが振り返る。
私は彼女の唇に、自分の唇を重ねる。アニーは特に、抵抗しなかった。
しょっぱかった。塩味だ。涙と……まあ、鼻水は忘れておこう。
しばらくしたらアニーが舌を入れてきた。散々泣いていたくせに、こういう時だけ元気になる。
仕方ないなあという感じで、私もそれに答える。
暫くそうしていた。
私もアニーも、顔が液体まみれだった。毛布がびしょびしょだと気付いた所で、慌ててアニーを引き剥がした。嫌だと言わんばかりに、アニーは私の舌を少しだけ引っ張った。
「元気出た?」
あの時と同じセリフを、私は言った。アニーは泣きながら笑った。
「上手になったね」
「誰のせいだと思ってるのよ」
そう言って、アニーと私は笑い合った。
よくよく考えたら、これで今生の別れという訳ではない。アニーの引き取り先に遊びに行けばいいだけの話だ。まあ、私は魔族と人間のハーフだから、難しいとは思う。なら街で適当な所で約束して会いに行けばいい。それもダメなら、パパにどうにかしてもらう。
そう、これで終わりじゃない。むしろ始まりだ。
私にとっても、アニーにとっても。
……私の場合。病気を治したら、という条件が付くが。
まあ、パパが何とかしてくれるだろう。こういうのは、治った前提のほうがきっといい。
お互いようやく、スタートラインに立てたんだ。
月の終わりは、すぐにやって来た。ピンと張りつめた、そんな冬の朝。
今日、アニーが養親の元へ引き渡される。
「どう? メーナ? 似合ってる?」
髪を切り揃えて、ちょっとした化粧をして、綺麗な服に身を包んだアニーが、私の前でくるりと回った。彼女が着ているワンピースのフリルが、それに合わせて浮き上がる。
「似合ってるよ」
ポンチョコートにワンピース。今の彼女が着ている服だ。
正直に言うと、あんまり似合ってない。
アニーはどっちかというと、カッコいいタイプだ。中性的と言った方が正しいかもしれない。可愛い感じの服よりも、彼女の身長を強調するような服の方がきっといい。極端かもしれないが、スーツのような男っぽい恰好の方が似合うと思う。
「……あんまり似合ってないって顔してる」
と、アニーにそんな事を言われた。一年の間で、成長したものだ。
ホントに。胸とか尻とか身長とか。
……悲しくなるからこの話はここまで。
「さて、そろそろ時間です。アニー。準備は良いですね?」
「うん。いつでも大丈夫」
パパがやってきて、アニーに言った。パパはいつもと変わらない恰好をしている。
服の埃を払ってから、アニーはパパに付いて行く。
「では行ってきます。メーナ、留守番は頼みましたよ」
「任せて。またね、アニー」
私はそう言って、アニーと軽くハグをする。
お別れの言葉とか、泣いたりとか、そういうのは昨日で全部済ませた。
……ベッドの上で。
「またね、メーナ」
アニーも返した。そしてすぐに、私から離れる。
別れの挨拶は、十秒にも満たなかった。
でもこれでいい。
これで終わりではないのだから。
だから、「またね」だ。
また会おうね、で「またね」だ。
路地の向こうへ飲み込まれて行く二人を、私は見送った。
* * *
あれから三日後、私は久々にパパの実験室に来ていた。私の病気の治療のためだ。私は今、研究所のベッドで横になっている。視界の先に、パパが色々な道具を取り出して準備しているのが見える。
アニーとの別れを済ませてから三日後、突然パパが
「明日。病気の治療を行います。前に準備していると言っていましたが、ようやく準備がすべて整いました。一年もかかってしまい、申し訳ありません」
と、私に言った。色々突然で、あまりにも目まぐるしい。でもパパはいつも、私の病気の治療をするとき、前日に突然報告をする。多分、準備が整ったらすぐに治療をするからだと思う。だからまあ、慣れたものだ。
今回の治療は、パパの自信作だそうだ。
いつも私は、パパの治療を受ける時、あまり期待しないようにしている。
治らなかった時の事を考えてだ。
でも今回は、珍しくパパが少し興奮した様子で話していた。
だから、私もなんだか嬉しくなって、ちょっと期待していた。
「少し……緊張していますか?」
ベッドの上で横になる私に、パパが話しかけてきた。確かに、顔が強張っていたかもしれない。
期待しているから、緊張もする。心臓の音が速くなっている。
「うん。ちょっとね」
「今回で、恐らく君の病気はほぼ治ると思います。ですので、あまり緊張せず、楽にしていてください」
そう言って、パパは私の頭を撫でた。
「ほぼ?」
「色々、条件が付くと思います。ただ、日常生活を送る分には問題ないレベルまで回復すると思います。条件については、少しずつ確かめていくしかありませんね」
「そう……なんだ」
パパにしては珍しく、断定的だった。まるで私が治る事を知っているようだった。
何か――期待に混じって、なにかが私の中を這いあがる。
「何はともあれ、おめでとうございます。君はもう、自由の身です」
「うん。ありがとう、パパ」
「礼には及びません。当然のことです」
……だとしても。
私はパパに感謝するべきだ。
不安はある。でもそれは、考えなくて良い事だろう。
何故なら、私はパパを信じているからだ。今まで、パパが私にしてくれた事を知っているから。
私のために頑張って。
私のために徹夜して。
私のためにアニーと出会わせてくれて。
私のために怒って。
私のために助けに来て。
私のために病気を治そうとしてくれている。
信じる理由なんて、いくらでもある。
「……パパ、始めて」
私は、自分の気持ちに蓋をするように、パパに言う。
「わかりました。では、始めます」
そう言って、パパは注射器を私の腕に刺す。何かの液体が入る。
――私の意識は、闇に沈む。
目が覚めた。灰色の、無機質な天井が見えた。
いつもなら、ここで頭痛がする。
いつもならここで、ため息が零れる。
いつもならここで、隣にいるパパが私に訪ねてくる。
「調子はどうですか?まだ、頭は痛みますか?」
いつもならここで。
絶望と共に目覚めた私は、パパに残酷な宣言をする。
いつもなら――
「痛く……ない」
無かった。頭痛は無かった。頭が軽かった。
私を苦しみ続けていた物は、嘘のように消えていた。
「痛くない!」
私は叫んで、パパの元へ飛び込んんだ。パパは驚いた声を上げながらも、私を受け止めてくれた。
「ありがとう……! パパ! ありがとう!」
「いいんですよ。君が無事で、本当に良かった」
私は泣いていた。声が震えていた。
パパの声も震えていた。きっとパパも、泣いてくれている。
その事が、私はとても嬉しかった。
こうして、私は自由の身になった。
次にアニーに会ったら、伝えなきゃな。
* * *
私の治療が無事に終わって、二週間が経った。
私の体は、いたって健康で無事だった。魔力使用も全く問題なかった。少し強めに魔力を使っても、頭痛もしなければ指も折れず、皮膚が赤くなることも無かった。
それでもパパは、私に全力の魔力使用を禁止した。まあ、私も正直、街を半壊させるほどの力を使うつもりは無い。使わざるを得ない状況になるなら、その前に何とかする。
私の経過は、いたって順調だった。本当に、一年前が嘘のようだ。
……でも、世の中は良い事と悪い事が隣りあわせで、
不幸と幸せが隣り合わせだ。いつだって。
だから、順調な事もあれば、順調でない事がある。
「……ねえパパ。メーナにはいつ会えるの?」
私はパパの書斎の扉を開けて言った。
そう、私は未だにメーナに会えてない。
パパは本を読んでいた。私が入ると、それを机の上に置いた。
「……私も、分かりません。先方と何度か連絡を取っているのですが、どうも私が不気味がられているようで。交渉が難航しているんです」
「あー……」
まあ確かに、うちのパパは一目には不気味だ。身長は2mを超えるし、いつも悪趣味な仮面を着けている。私はカッコいいと思うけど、まあ多分パパ補正が入っているからだ。
「なら仕方ないね。じゃあ気長に待ってる」
「すみませんでした」
パパは頭を深々と下げる。
まあ、そういう事情なら仕方ない。悲しい事だけど、今の私なら大丈夫だ。
その気になれば、空でも飛んで会いに行けばいい。目立ち過ぎるから最終手段だけど。
そして、数ヶ月が経った。
アニーには会っていない。手紙を送っても、返事がない。
『便りが無いのは良い便り』とは言うけど、でも心配にくらいなる
今私は、定期検査のためにパパと一緒に外を歩いている。もうそろそろ春に差し掛かるような時期だけど、今日は珍しく寒くて、雪が沢山降っていた。
余りにも寒すぎて、私はパパを暖房器代わりに、くっつきながら歩いていた。何故だかは分からないけど、パパの体はかなり温かかった。
時々、私達の事を怪訝な目で見つめる人たちがいたが、まあ正直慣れっこだ。
「何で今日、こんな寒いの……」
白い息を吐きながら、私は言った。
「予報では、雪が降らないと言っていた筈なんですがね。まさかここまで降るとは」
パパは白い息を吐く事無く、そう言った。仮面のせいだろうか?
「これなら、魔法のドアで行くんだった……」
「……ですねえ。昨日の時点でもう閉じてしまいましたし、歩くほかないでしょう」
淀んだため息を私は吐いた。この曇り空のようだった。私達は足早に研究室に向かった。
定期検査は特に問題なく終わった。だけど、検査が終わる頃には雪はより一層激しくなっていた。部屋の中は空調設備があるからまだマシだけど、外は見るだけで憂鬱な気分になる。
「ねえパパ。今日ここに泊まろうよ」
私はそう言うと、パパは快く了承してくれた。ただ一つだけ、研究所内を勝手にうろつかないようにと、注意をされた。もとよりそんなつもりは無い。全くもって、うちのパパは心配性である。
お風呂が無いので、少し嫌な気分にはなるけど、まあ大雪の中を歩いて帰るよりはいいだろう。私は寝間着に着替えて、いつも治療を受けるベッドに横になる。
思ったよりも、違和感はなかった。まあついさっきまで寝ていたベッドだ。昼寝の時間つもりで寝よう。そう思いながら、私は目を閉じる。
目が覚めた。私は壁に掛けてある時計に目をやった。時刻は午前四時。起きるにはまだ早い。まあそもそも、起きたのはトイレに行きたくなったからだ。体から、まだまだ眠気と怠さを感じる。
「う~。トイレ」
私は広い部屋の中、ぽつりと一人で呟く。パパの研究所は無駄に広い。その癖、普段の利用者はパパだけなので、トイレが一か所にしかない。私は治療室の扉を開けて、廊下に出た。廊下は微かではあるが、魔灯によってある程度光がある。魔灯が無ければ、恐らく私はベッドを派手に濡らすしかなかっただろう。その事にありがたいと思いつつ、私は足早にトイレへ向かった。
用を足して、元のベッドへ向かう帰り道。廊下の途中、私はある一つのドアに気が付いた。そのドアは、鉄製でかなり大きなドアだった。その高さを追い越すには、私が三人くらい必要なほど大きなドアだ。
この部屋は、パパが私の病気の治療法について研究するための部屋だ。普段私の出入りは、禁止されていて、いつも扉が閉まっている。でも今日は、扉が僅かに空いていた。そこから光が漏れていて、私はそれが目についた。
子が、親の仕事に興味を持つのは当然だと思う。しかも、パパは普段から、私を研究室に入れようとしない。私が普通の子どもだったら、こっそり覗こうとでも思うだろう。以前の私なら、その可能性は大いにあったと思う。でも今の私は別だ。
それは別に、私が大人になったからとか、そういう訳ではない。ただ単純に、もう病気が殆ど治った今となっては、約束を破ってまで知りたいとは思わないからだ。
だから、私は気が付かなかったフリでもして、その扉の前を通り過ぎようと思っていた。
「……アニー」
足が止まった。パパの声だ。
最初は聞き間違いかと思った。そのまま通り過ぎようと思った。でも、
「ありがとうございます。アニー」
そのパパの声は、はっきりと聞こえた。私の中の疑念が、確信に変わった瞬間だった。
アニーがそこに居る。
でもどうしてだろう。私は少し考えた。
そうか、きっとサプライズなんだ。パパとアニーめ、ニクい事をする。
それなら、わざとサプライズにかかったフリをした方が良い気はする。
でもまあ、ここで一目アニーの姿を見た所で、バチは当たらないだろう。なんせ数ヶ月会ってない。積もる話だって、たくさんある。バレてしまったら、まあその時はその時だ。
私はバレないように、そっと扉の隙間に体をねじ込んで、中の様子を伺う。
まずはパパの姿があった。パパは何か、大きな管の前に立っていた。私が余裕で中に入れるような、大きな管だ。それは黄色い液体で満たされていて、中に何かが入っていた。そこまで大きくない、小さな何かだ。
私は目を凝らした。
――思えば、ここでやめておけば良かった。
そうしたら、私は何も知らない、盲目な少女のままでいられた。
それは、"脳"だった。ぷかぷかと、それが管の中で浮いていた。
もっと正確に言うなら、大脳と小脳と、脳幹。そこから少しだけ伸びる脊椎。
知ってる。本の挿し絵で見た事があるからだ。
パパが、その管を愛おしそうに撫でた。
「アニー。君のおかげで、メーナの命は救われました。本当に、ありがとうございました」
何度確かめても、アニーは部屋の何処にもいなかった。
* * *
部屋に戻る。
体が震える。ドアが上手く閉められない。
ドアを閉めた。大きな音が鳴った。体が跳ねた。
吐いた。胃の中の物を全部、床に撒いた。
体中を触る。頭を叩く。痛い。
頭を叩く。痛い。
叩く。痛い。
目から液体が出る。床を叩く。叩く。叩く。
頭を搔き毟る。
なんで。なんで。なんで!
「あああああああああああああああああああああ!」
叫ぶ。
コツリ、コツリと、足音が聞こえた。その音で、私は我に返った――というより、現実に直面した。パパが来る。さっきの私の叫びで、様子を見に来たんだろう。
逃げないと。
でもどうやって? パパの研究所は地下に広がっている。だから、この部屋には廊下に繋がる扉が一つしかない。まともな手段では、外に逃げ出す事が出来ない。
恐怖が、私を塗りつぶす。
神様、助けて――と、生まれて初めて、そんな事を心の中で祈った。
もうだれにも頼れない。誰にも、助けを求める事が出来ない。全てを失った私は、偶像にでも縋るしかなかった。
逃げなきゃ、という意思は、いつしか逃げたい、という願望に変わっていた。
――そうだ、何か魔法を。
そう思って、私は腕を伸ばし、手に魔力を込める。でも、そこまでだ。そこから何をしたらいいのか、何を使えばいいのか、それが分からない。
私はそれを、解き放つ。強さも方向も、種類も意志も無い。ただ魔力を込めて、放出した。本来なら、何も起こらない筈だった。しかし私の放った魔力は――空間を割った。手のひらの先の空間に、ヒビが入った。そのヒビは徐々に大きくなり、やがて、私の身長や幅よりも長くなった。
そして――そのヒビは、形となって剥がれ落ち始めた。その抜け落ちた空間の破片に取って代わって、黒いもやがまるでそこに張り付けられたかのように生成された。
私を飲み込める程に大きくなったもやは、私を誘うように蠢いていた。
私は疑問を感じるよりも早く、そのもやに体を預けた。
私の目に飛び込んできたのは、石畳の床だった。倒れこむようにしてもやをくぐった私は、そのまま床に体を打ち付けた。肺の中の空気が、一気に抜けた。私は酷く咳き込む。
私は辛うじて、そこが外である事を悟った。暗かったが、ギリギリ建物の輪郭がいくつか見える。もやはすでに消えていたが、一連の現象が、あのもやをくぐった所為である事は明白だった。
空間魔法など、私は使えない。という事は、アレは私の祝福なのだろう。パパのが使う空間魔法のように、離れた場所と場所を繋ぐことができる。でも、こんな形で知りたくなどなかった。
「けほっ! けほっ!」
暫く、私は咳き込んだ。そして呼吸を整えるや否や、私は走り出した。
とにかく逃げたかった。ただひたすらに。
逃げた先に何もない事など分かっていたのに。
それでも――私の足は無慈悲にも、動き続けた。
こうして、私は命を得た。
その代わりに、何もかもを失った。
"普通"のツケは、余りにも大きかった。
実によくある異世界転生 色々太郎 @iroiroaitemasu
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