第5章 独りで生きていくこと

 ゆかちが島を再訪するため、このハウスをでてもう半年になる。その間、ゆかちからは全く連絡がない。ローカル仲間からもらう、細々とした情報では、けいとが暮らした家を好意で貸してもらい、ローカル仲間にサーフィンを教えてもらっていたらしい。でも、もともと運動が苦手なゆかちは、パドリングする力が弱く、波をとらえきれなかったようだった。ただ、バランス感覚は悪くなく、極たまにうまく波を捕まえることができると、ちゃんと波に乗るコトができ、そのワクワク感の虜になって、ずっと波乗りの練習をしてるらしい。そうやってけいとがなににとりつかれてたのかが、おぼろげながらストンと府に落ちたように理解できてきてみたいだった。

 ローカル仲間からは、カナもおいでよと誘われたけど、それは違うかなとおもって遠慮した、だって、ゆかちが遠くに言った理由の1つに、私の気持ちに気がついてたってことが絶対あると思うからだ。ゆかちは、そういう所、感がするどい子だ。

 ゆかちがそうやって、けいとやわたしのことに決着をつけようとしてるなら、わたしもゆかちや、けいとのコトに決着をつけないといけない。それは、男性でも女性でもない、今のままを受け入れ、このハウスの家守として、淡々とお一人様として生きること。そして、けいとやゆかち、そして私がこの時代に、旅にでて、どうやって大人になったかを記録することだと思った。

 多分、学校を卒業したら旅にでて自分探しをするこの時代、私たちの旅はさほど珍しいものでは無いと思う。起こったコトも、極ありふれたコトだろう。それでも記録するか、しないかは大きいと思う。

 誰かが言った。お百姓さんが毎年の農作業を記録していれば、学者になれるが、毎年そのままだとずっとお百姓さんのままだだと。

 事実は物語より奇なりと言うけど、そもそも言葉にしなければ物語にはなれない。そういうコトだ。


 もうひとつしっかり検証しなければならないことがある。私が男性にも女性にもならなかったことと、恋愛感がゆかち以外なかったので、結果、お一人様としての人生を模索するしか無くなったってコトだ。

 もちろん、たまに入れ替わるハウスの住民と、突然、恋に落ちることも考えられなくもない。可能性だけは捨ててないけど、多分そんなのない。だってわたしまだゆかちがスキだから。

 そんなことから、パソコンのワープロソフトを起動し、使いやすそうな原稿用紙フォーマットを見つけて、そこに思いつくことを書き殴ってから、プロットを考えることにした。




 たぶん、2年ぶりにローカルから情報がきた。こういうときは大抵、あんまりいい話じゃない。

 ローカルがいうには、ゆかちが海にでかけてから戻ってこないとのコトだった。ゆかちはローカル仲間の真摯なトレーニングによって、自分でそこそこ波乗りできるようになり、ここ半年はひとりで波乗りにでかけるようになったらしい、波がなかったり、逆に大きすぎるときは、ローカルのサーフショップも手伝って、少額ながらもアルバイト代をもらって、一部をけいとの家の家賃として払っていたってコトも知った。

 すぐに島に行く旨を伝えたところ、来てもなにもすることはないから、無用だといわれた。できることは、どこかの浜に打ち上げられて、無事にも取ってくるコトを祈るだけだって言われた。ようするにけいとの時と同じなのだ。

 静かにみえる海も、ときとして牙をむく。最初から牙がみえれば、距離を置くこともできるけど、海でてから突然、口をあけられては、逃げることもできない。まだ海との関係が浅いゆかちは、その牙にやられてしまったかもしれない。それは、そこそこ経験豊富なけいとですら、行方不明になってしまったのだから。

 

 続報のないまま私は気持ちの向け先が無くなったことを確認した。いまはお一人様が1番しっくりいく。だれがスキで、だれを抱きたい、抱かれたいとかまったくない。ぼちぼち三十代にさしかかろうとしていて、まわりがどんどんカップルになっていく今、お一人様人生と決めつけるのは幾分はやまった結論だといわれるけど、気持ちが向かないものは、仕方ないのだった。

 よくよく考えてみてたら、恋愛も肉体も、気付いたとこにはゆかちにむかってたから、経験らしい経験はなかった。もちろん、おさななじみあるあるで、ゆかちのほっぺにキスしたことはあるけど、それが限界だった。ようするに、相思相愛とか、肉体関係とか、いまいちよくわからないのだ。

 でも、よくよく考えてみたら、高原のオーナーと何回か女性として肉体関係をもったことがあったことを思い出した。でもその機能がまだそなわってなかったら、中途半端なものだった。でも全く知らないわけじゃなかった。でもあれはおままごとのようなものだったかもしれない。


ふと、ゆかちのコトも、成るようにしか成らないということに気がついた。彼らの行動に振り回されるより、わたしはわたしを生きるべきだと思った。その為にはどこまでゼンマイを巻き戻せばいいのだろう。それがかならずしも、良い位置とはおもえなかったのだけど、少し女性に振り切ってみようかと思った、高原のオーナーのところに行ってみて、それはリアルだったのか、それともそうではなかったのか、再度確認してみるのもいいかもって思った。すでにあれから八年以上たつのだし。


 そう思ったら行動は早かった。なんとなく、旅して結論を得る生き方になれていたから、基本的な荷物はすでにバックパックにはいったままだ。そこに着替えを投げ込めばすむ。前回は遠回りでヒッチハイクしていったけど、今回は直行の夜行バスで一晩旅すれば高原の中心のバス停につく。そこから少しだけ頑張ってあるけば、オーナーのホステルにつく。

 バスは一晩走り続け、かなりの早朝にバス停についた。高原の冷たい空気がバスのなかいっぱいに入ってきて、下界とは違う空気がそこにあることを伝えてきた。バスをおりて、荷物をトランクから取り出し、背負って目的地にむかって歩き始めた。

 その時、いきなりスマートフォンがぶるんとなって、通知メッセージにハウスの住民からの短い文字が表示された。 


 「ゆかち 戻ってきたよ」


 わたしは特に感傷に浸ることなく、すぐさま引き返すバスの席に身をゆだねたのだった。


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大人になるための旅 星乃みなみ @minamimtf

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