第4章 暮らしを作る

 わたしは、故郷に帰った。普通、故郷に帰ったり、旅先で暮らすようになった子は、パートナーがいない場合、独り暮らしをする。でも私は、ちょうど同じ頃に、故郷にもどってきたゆかちとルームシェアーすることにした。

 ちょうど、とっても小さなコレクティブハウスだった建物が、一棟貸ししていた。ゆかちは、自分の占いやヒーリング施術を行う個室が、自室とは別に必要だったし、いずれもどってくるだろうけいとと、あと5人ぐらいで暮らせるといいなって思ったからだ。


 ゆかちが北の国でくらしていたコレクティブハウスと違い、わたしたちのハウスは全室埋まっても10世帯まで、2部屋はちょっと広めなので、小さなお子さんがいる家族なら暮らすことができる。多分どっかの小さな社員寮だったようで、おおきな業務用のキッチンと食堂(ラウンジ)があるのがここの自慢かもしれない。


 ゆかちはホームページを頑張って自作して占い&ヒーリングの仕事を始めた。私もハウスの管理人だけでは食べていけない。

 でもハウスではコモンミールっていうみんなでご飯をたべよう会が不定期に開催されるので、時間もできるだけ自由に使いたい。そこで当面は、自由にできる自転車デリバリーのバイトをすることにした。管理人&デリバリーの仕事をしながら、空いた時間に、前からやり遂げたかった物語を書くことに時間を割きたいとおもったのだ。


 ゆかちの仕事は順調で、彼女の占い方。ようするに、相手に寄り添った星読みの仕方が好評で、最初は知人やSNSで知った人がくるだけだったのだけど、いまではホームページからのお客様も増えて、半年先まで予約がいっぱいになっていた。そんなお客さんの中には、待ってるあいだにとおされるリビングの広さにびっくりして、ここの暮らし方に共感をして、半年後には、ここで暮らすコトになった人もいる。


 コレクティブの暮らしかたは、多様性を許容する暮らし方だから楽。大人になって、女性にふりきったゆかちと、どっちつかずの私。どっちちかずだから、日によってパンツルックだったり、ワンピースだったりするわけで(ワンピースはとにかくお腹を締め付けないで楽過ぎるので、性別とはず全人類が着ればいいと思う)それでも、特にどっちとかきめつけず、カナはカナとして相対してくれる居住者さんばかりでホントに暮らしてて楽だ。訳あって独り暮らしをしてる10代もいて、当然その子には性別ないので、ある意味私と同じだ。



 コレクティブハウスは、けいとの為に空けてある2Fの1Rを除いて全室埋まってしまった。けいとには何度もメッセージソフトで連絡をしているのに、ずっと既読がつかない。もしかしてスマートフォンを機種変更して、連絡先の再登録に失敗してるかもとか思った。でも、知り合うのサーフショップのオーナーにもゆかちは連絡してるのだけど、なんか歯切れの悪い返答しかないようだった。

 

 ほどなくして、けいとの家族から、けいとから半年前から連絡がとれない。そちらには連絡があるかという照会があった。なにか連絡があったら、そちらにも伝えますという旨をつたえて、ゆかちとふたりで泣いた。半年月前といえば、この建物を契約して、ゆかちが占いの仕事を始めた頃。すなわち、ゆかちがけいとがローカルの浜で、一緒にサンドウィッチを食べて、その後、この街に帰ってきた頃だ。

 けいとはしっかりと、あの浜に住み着きローカルとして暮らしていた。でも彼も、放浪癖が全くないかと言われれば、そうでもない。もともとサーフトリップの途中であそこに住み着いただけで、ふつふつと旅にでたくなることは考えられる。でもそうなら、すくなくとも実家か私たちにはそのコトを伝えると思う。わたしたちはそういう関係だし、秘密にするコトなんてない。

 ローカルの仲間によると、行方が分からなくなった日は、数年に1度の巨大なうねりが入ってきた時だったらしい。それも台風がつくったうねりじゃなくって、遠くの地震によってできた、うねりというより津波に近い波だったってコトみたいだった。けいとだけじゃなく、数人のサーファーがその波に翻弄されて、コントロールを失い、浜に流されたり、沖に漂ったらしい。ほとんどのサーファーは自力で浜にたどり着いたらしけど、けいとともう一人の連絡が、いまだ着かないらしい。漁船や海上保安庁とも連携しているけど、状況はかなり厳しいようだった。


 「あの島にいこうよ」


 ゆかちが、何かを思いついたよういつぶやく。

 「あの島にいったら、なにかヒントがあるかもしれないし、もしかしたら無事たどり着いてるかもしれないじゃん。」

 私もその意見には賛成だった。でも厳しいことを言うようだけど、もし可能性がなかったら、親御さんにも連絡して、けいとの棲んでた部屋を片付け、遺品になってしまうかもしれないものをそれぞれに分け、ケジメをつけないといけないかもしれない。そういう悲しい現実と向き合う為にも、私たちはその島に行かないといけないんだって思った。


 けいとの暮らす島に向かう日にちが近づくにつて、ゆかちのメンタルが段々揺れ動いてるようだった、ゆかちは結局のところけいとのコトが好きで、ずっと待ち人だったわけだ。それはわたしだってそうで、わたしはけいとのコトはさておき、ゆかちにこっちを向いて欲しかった。え、それビアンじゃんって言う声がきこえそうだけど、わたしは男子にも女子にも振り切ってないから、ビアンになるとは言わない。たまたま気になる人が親友の女性だったってコトだけ。


 船が出る街まで夜行の高速バスででかけ、朝一番にでる貨客船を乗り継いで翌朝、島に到着し、朝から浜を探索する。そのあと、けいとの家を見て、その晩はローカルの人の家に夕食をご招待いただき、その晩、けいとが暮らした家に泊まり、翌日か翌々日、また浜をみてから家に帰る計画にした。


「やっぱり、行くの辞めとく」


 そういうゆかちを、無理矢理バス停は引きずっていき、私たちは島に向かったのだった。 


  


 浜を探索しても、流木や貝殻が見つかるだけで、波の音以外何にも聞こえなかった。あの日以来、サーフィンは自粛になっているようで、海にもサーファーはいない。みつかるはずもないゆかちの痕跡を探して、わたしたちは手をつなぎなら浜をあるいた。

 ゆかちは、島にきたのは2回目、最後にけいとに合ったとき以来で、わたしはまったくのはじめてだった。自分が暮らした高原からは、けいとが暮らした浜はとても遠く、いったん地元を中継しないといけなかったので、足が遠のいたのだった。

 浜の探索がたんなるお散歩になりそうだったので、ゆかちの家に行くことにした。合鍵はオーナーから借りてある。

 けいとの家は、小さな平屋の一戸建てだった。玄関をあけるとサーフィングッズだらけ、季節毎にちがう厚さのウェットスーツを着るから、寒い時用のやつは玄関はいってすぐの脱衣所に干してあった。

 リビングダイニングにいくと、私たちと連絡をとりあってた小さなパソコンと、ちょっと大きめのモニターがあった。いい波がこない時は、知り合いのサーフショップでバイトしたり、ホームページ作りのお手伝いをしたりしてるって言ってたから、その為の機材なんだと思う。机の脇には本が並んでたんだけど、ほとんどが気象や波についての本ばかりだったのだけど、1冊だけノートっぽいのを発見したので、こそっと見てみることにした。

 

 これからの暮らし方、サーフィンをしながらご飯を食べていく方法の模索。地元に帰るか、ここを終の住処にするのか、それともまたサーフトリップを続けるのか。いろんなオプションが並列されていて、それがマインドマップのような形それぞれのメリット、デメリットが書いてあった。

 そのなかの一箇所に、私と暮らす。旅するっていうことがあった。読んだ瞬間ドキドキすると同時に、ゆかちに絶対見られちゃまずいと思って、ノートをすぐにめくった。もしかしてけいとは、最初、私のコトが好きだったのかもしれない。以前より少しそうかもっていう瞬間はあったのだけど、なにぶん幼なじみすぐて、それを意識することはなかったのだけど、こうやって文章であらためて見ると、やっぱり普通の状態じゃいられない。


 わたしはゆかちが好き、ゆかちはけいとがすき、けいとはわたしがすき。三人、幼なじみの友だちだって思ってたけど、いつのまにかこういう感情が生まれてきて、大人への階段を上り始めたんだなって思った。

 この微妙な三角関係は、心地いいものではない。せっかくの仲良し関係が、一転してドロドロしてしまう。ゆかちがいなくなった以上、ゆかちのゆかちへの想いを断ち切り、わたしのほうへ向けてもらえるようにしないと、ただでさえ、たまごメンタルなゆかちは、普段の暮らしさえ、できなくなっちゃうんじゃないかって思った。でも、火事場の泥棒みたいで、こういうの卑怯かな。


 でも後で知ったコトだけど、けいとはゆかちが浜をたずねてくれたことで、ゆかちのほうに惹かれるようになったらしい。わたしは心境穏やかじゃないけど、相思相愛な二人をこころから祝いたかったと思った。


 ローカルのけいとのサーフ仲間にここでの暮らしぶりを聞き、そんなところにただいま!って、いまにでも帰って来そうな気配を感じながら、一方で、少し時間がかかるかもしれないけど、ちゃんとお別れしたほうがいいのかもって思いながら、かなり後ろ髪引かれながら地元に帰った。

 ゆかちは、必要なコトバ以外、しゃべらなくなり、食事も細くなり、終始うつむき気味だった。もちろん最初けいとがわたしのことを思ってたっぽいことは伝えてないのだけど、たぶんゆかちはけいとと相思相愛だったと思ってる節があり、それが余計にいまのメンタル状態になっているのだと思う。

 

 ゆかちは、想定どおり、部屋に引き込もりがちになった。朝と夜にの食事にやってきて、スープなど最低限の食事をして、それ以外はまたったく外にでない。もちろん占いやヒーリングのセッションは中止となり、家賃の応分の負担もできなくなり、わたしの細々とした収入だけで暮らしていくことになった。

 もちろん、コレクティブハウスなので、共用スペースでご飯と食べてると、ほかの居住者さんとも顔をあわせるようになる。どうもそのこと自体、ゆかちはしんどいようで、できるだけほかの人と会わない時間帯に現れて、冷えたご飯を温めることなく、最低限の量だけ食べては、また自室にもどるのだった。

 わたしは、どんどん痩せていくゆかちをみて自分も傷ついた、まだ、ほそぼそと、ご飯は食べてるから、摂食障害ではないとしても、夏の暑い時期にもかかわらず、長袖をきてるゆかちをみて、自傷の可能性も疑った。これは絶対、医者に見てもらうべきだ。

 幸い、知人の知人に精神科医がいて、外にでないゆかちのコトを考慮して、ハウスに来てくれることになった。こんなのとてもレアケースらしく、初診は予約だけでも時間がかかるもので、週に1から3枠しかなく、予約も数ヶ月先になるのが普通なのに、来週きてくれるとかあり得ない対応だった。それだけ先生の印象は切迫してるように感じたのかもしれない。


 先生がやってきて、現状の報告をする。そのなかで、自分のメンタルもしんどいコトを伝えると、かなりのカウンセリングの後、わたしも短い時間で簡単なセッションを持ちましょうと言ってくれた。今日は本来なら定休日らしく、わたしたちの為だけに時間を取ってくれたようだった。

 ゆかちの部屋で行うのが理想だけど、そこは不可侵な領域だろうから、ダイニングでやりましょう。その代わりわたしも含めて居住者さんには、2時間ほど、共有スペースにこないようにMLで事前にお願いしておいた。

 ゆかちは、重い腰と気持ちをもったまま、少し偽真安気な気持ちでラウンジにやってきた。わたしはここでいったん席をはずすこと、おわったら携帯に連絡欲しい旨をつたえて自室に戻った


 ゆかちのセッションは結構じっくりときかれたようで、出生してからいままでの自分史的な振り返り、いまなぜメンタルを病んでしまって、その為に、ご飯を食べれないとか、自傷してしまうとかの確認だったと後々になって聞かされた。

 腕にカッターナイフで切り傷をつくって出血を見る自傷は、けっして自殺未遂ではなくって、痛みと血をみることによる、生きてることの確認だって言ってた。自分はやらないけど、その感覚は分からないでも無いと思った。多分、ゆかちはけいとを失ったことで、自分自身も失いかけてて、その自分を現実に結びつける為に、自傷をして、生きてることを、定期的に確認する必要があったんだと思う。

 とはいえ、自傷の傷跡は目立つ。だからゆかちは暑い夏ですら、長袖を着てたし、ハウスにいて半袖のときすら、網状のシップとかをおさえるやつで包帯を隠してた。

 その姿をみるのが、私にはとても辛く、衝動的にゆかちを抱きたくなるのだった。


 そんな感じでは私は自分の中にある、ゆかちへの思いを確認したのだった。こんな話をしたところで、人によっては、それは近くにいる弱いものを守りたいという、一種のマウインティングだよって言うかもしれない。確かにそういう面はあるかもしれない。でも私の中には、そういう精神的な面だけじゃなく、私が気づいたのは、肉体的に、はっきりいうと性的にゆかちを所有したいと思えてることだった。心だけだと思ってたのに…

 でも、ゆかちの心も体も、空をみつめるようにけいとへの思いでいっぱいなのは、明らかだった、ゆかちもわたしも、実らぬ恋をしてるのだろう。

 ゆかちとけいとの間に何があったのかは聞いてない。なんでも話す中だったのに、でもおぼろげに、ゆかちとけいとは心だけじゃなく体の関係があったのだろうと、勝手に想像してた。でなければ、こんなにぽっかりと心に穴が空いてしまい、病んでしまうことは無いと思うからだ。


 半年ぐらい、この状態が続いたあと、ゆかちは突然宣言した。


 「わたし、ゆかちが暮らした島に戻る」


 そうして、私がこの文章をまとめたいと思った出来事がおこるのだった。

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