君は、夏。
17歳、夏。ドラマや漫画なんかではやたらめったら青春の象徴のように語られるけれど、生憎17歳の私は夏が好きではなかった。
空を見上げれば忌々しい太陽とかいうやつが私に熱視線を送ってくる。太陽なんて少し光ってて熱いだけの球体じゃないか。今日だって最高気温は36度だ。じっとしているだけで汗が吹きでてきて気持ちが悪いし、眩しすぎて空なんか見上げられない。もう8月が終わるというのに随分元気なやつだ。少しくらい私みたいに落ち着けばいいのに。
それに夏になるとうるさい生き物が大量発生する。『バーベキューしよ!』だの『海行こ!』だの、けたたましい声で騒ぐ男女。祭りという名目で町内を太鼓やら笛やら演奏しながら練り歩くやつら。7日しかない命を黙って過ごすこともできない蝉とかいう生き物。全部全部嫌いだ。夏なんて、大っ嫌いだ。
そんな思考すら頭上から伝わる灼熱によって乱される。雲ひとつない、気持ち悪いくらいの快晴だ。7月になるまでやけに曇っていたくせに。冷房のひとつも付かないこの学校の中で、少しでも涼しい場所を探して屋上に辿り着いたけれど、ここにいたって夏の暑さからは逃れられないのだ。痛いくらいに刺してくる日光、威勢のいい空の青。誰かが飛び降りないようにと設置されたフェンスに少し触れてみれば、忌避すべき熱がそこに移っていた。フェンス越しに広がる風景は陽炎で歪んでいる。
ああ、うざったい。何もしたくない。いっそのこと、このフェンスをどうにかして登って飛び降りてやろうか、なんて。そんな馬鹿げたことを考えてしまうほどに私はなにもかも嫌になってしまっていた。夏が嫌い。何も無い退屈な人生が嫌い。それなのに変わるために動こうともしない空っぽな自分がもっと嫌い。いかにも思春期の女子! みたいな悩みをしてしまう自分に吐き気がする。そんなちっぽけな悩みだけで死のうとするなんて馬鹿馬鹿しいと意地悪な自分が囁く。でもでもだって仕方ないじゃないか、思春期の心は繊細なんだよと頑固な自分が叫ぶ。17歳の精神なんて触れたらぼろぼろに崩れてしまう飴細工のように脆いのだ。
つまらない自己弁護の繰り返しをしていたら、唐突に屋上のドアが開く音がした。振り返ればそこに知らない女子が立っている。太陽みたいだと──いや、夏みたいだと思った。私の嫌いな、あの夏だ。ひとつに括った黒髪が夏風に揺れていて、瞳は日差しを反射して輝いていた。指定のブラウスに黄色いリボンをしているから、同じ2年生だろう。膝下5センチと定められているはずのスカートは短く折られていて、真っ白な膝が露出していた。彼女は何もかも私と違う。運動部でよろしくやっていそうな子が、放課後の屋上に1人で来るなんていったい何の用だろうか。まあ、どうでもいいけど。私は視線をフェンスの方に戻して、眼下を覗くことにした。
背後から軽快な足音が近づいてくる。きっと彼女のものだ。その足音は私のちょうど右隣までやってきて、がしゃんとフェンスを掴む音がした。
「やっぱり夏っていいよねえ。きっとあたし、夏の景色を見るために生まれてきたんだと思うんだ」
彼女の口からそんな言葉が飛び出してきた。高くて透き通る声に風鈴を思い出した。
しかし、これは私に話しかけているのか? ここには彼女と私しかいないのだからおそらくそうなのだろうが、何が目的なのかさっぱり検討も付かない。どうせ屋上に来てみたら根暗な女がいて面白いから話しかけてみたとか、そんなところだろう。
「……私は、嫌い。夏なんて嫌い」
無視するのも忍びないのでそう答えてみる。せっかく話しかけてやったのにその態度はなんだと怒鳴られるだろうか。それとも、無視すると思ったら一丁前にお喋りするなんて滑稽だと嘲笑われるだろうか。
彼女は驚いたように目を見開いてこちらに眼を向ける。夏が嫌いな人がいるなんて考えたこともなかったとでも言いたげな顔だった。
「なんで? なんで夏が嫌いなの? こんなに素敵な夏なのに、どうしてそんなにつまらなさそうな顔してるの?」
「夏なんて、暑くて騒がしいだけじゃん。素敵だなんて思ったこともない」
「なんでよ! 海は?」
「嫌い」
「祭りは?」
「嫌い」
「山は?」
「――だから、全部嫌いなんだって! 海も祭りも山も金魚も花火も夜空も風鈴もスイカもバーベキューもキャンプも全部!」
矢継ぎ早に尋ねてくる彼女になぜだか腹が立って、大きな声をあげてしまった。
酷く苛立ってしまったのは、劣等感からなのかもしれない。私とは正反対のきらきら輝いている彼女を見ていると、それだけで自分の空虚さがちらつくのだ。夏に楽しいと思えることなんて何もない。だって一緒に楽しんでくれるような人なんていないんだから。彼女が夏そのものに見えた。孤独で哀れな私を責め立てにやってきた悪魔の季節だ。彼女の一挙手一投足が、彼女の漏らす一言一言が、いちいち私の心をささくれ立たせる。初対面の女子相手に声を荒げるなんて馬鹿馬鹿しいっていつもの私なら思うのに。
「よし、それならあたしが君に夏を教えてあげる!」
「は?」
彼女が突然笑顔でそんなことを言うものだから、頓狂な声が口から漏れ出す。今の私は間抜けな顔をしているに違いなかった。
戸惑う私のことなんてお構いなしに、彼女は白い腕をこちらに伸ばしてくる。私の手が掴まれたかと思うと強い力で引っ張られる。気が付いたら彼女は走り出していた。屋上から校舎に入っていく。私は転ばないようについていくことしかできなくて、頭の中はもうめちゃくちゃだった。何も分からない。どうして彼女はそこまで私に拘るのか。どうして夏を教えることが走り出すことに繋がるのか。どうして私はこの手を振り払うことをしないのか。何もかも、わからなかった。掴まれた腕から彼女の体温が伝わってくる。太陽のように温かいその手は、やはり夏だった。
■
「……それで、どうして私は電車に乗ってるの」
「夏を見に行くためだよ」
気が付いたら私は彼女と共に電車に揺られていた。間の記憶が飛んでいる。いつのまにか学校から最寄りの駅にいて、いつのまにかホームに立って電車を待っていたのだ。
困惑を未だに隠せない私と対照的に、彼女はせわしなくこちらの顔を見たり窓の外を覗いたりしてはしゃいでいた。何がそんなに面白いのだろうか。
「夏を見に行くって……。さっきから、意味が分からないんだけど。ちゃんと説明してくれる?」
「君が夏のことを嫌いだなんていうのは、きっと本当の夏を知らないから。夏の楽しさに触れてないから。だから、あたしが君に夏というものがなんなのか教えてあげるの!」
「はあ……」
「安心して! 電車の代金とかはちゃんとあたしが出すから!」
「そういうことを気にしてるわけじゃないんだけど」
突っ込みたいところが多すぎて、どこから言えばいいのかわからなくなってしまう。文句が口から溢れそうなのに、彼女があまりにも綺麗に笑うから気づけばその文句は雲散霧消していた。
都会とはお世辞にも呼べないこの町の電車の中は、私たち2人しかいない寂しいものだった。けれども彼女は貸し切りになった車内で、楽しげに目を細めながら窓の外を眺めている。それにつられて私も景色を見てみると、そこには突き抜けるような青空と、木々の緑に囲まれた住宅の群れがあった。太陽の光が木々の葉1枚1枚に反射して、まるで星空みたいだと思った。
「ここの景色いいでしょ。日の光を浴びた葉っぱが元気に輝いてるのがよく見えるの」
「……まあ、悪くはない、かな」
自分が思ったのと似たことを言う彼女に同意するのが少し悔しくて言葉尻を濁す。けれどもそんなちっぽけな反骨精神は無邪気な彼女の前では意味を為さなかった。彼女は『君も気に入ってくれたんだね!』と私の手を取って笑っていた。
じんわりと伝わる彼女の温度を感じていると、不意に次の駅に近づいたことを伝える車内放送の声がした。それを聞いた瞬間に彼女は鳥が飛び立つように立ち上がって、私の手をつないだままドアの前まで小走りで向かった。どうやらここが目的地らしい。そんなに急がなくても逃げないのに。目的地も、私も。
「さ、降りよ!」
ドアが開くとまた勢いよく電車の外に飛び出していく。やはり私の意思なんて聞かないまま、彼女は駆けていく。その手を振り払わないでついていく私は一体何を考えているのだろうか。自分の思考すらもわからないのだから、彼女の思考なんてひとかけらもわからない。この子はいったい何を考えているんだろう。名前も知らないこの子に連れられて私はどこに行くのだろうか。
2人で改札口を出て、駅前の広場に出る。名前も知らない駅だった。学校の最寄り駅から数駅しか離れていないのに、まるで知らない世界みたいだった。
当たり前だが私にはここの土地勘がないので、手を引いてくれる彼女に全てを委ねる。この手を振り払って逆向きの電車で帰ってやろうか、なんて思考が浮かぶ。けれどもどうしてか、それを実行に移す気はどうしてもしなかった。
じわりと汗が滲んでくる。そういえば、外は随分と暑いんだった。冷房の効いた電車の中にいたから忘れていた。肌を突き刺す日差しが鬱陶しかった。やっぱり、夏は嫌いだ。
「あ、ここのコンビニ寄ろ。暑いでしょ?」
唐突に鈴を転がすような声がしたと思えば、コンビニの店内に入っていた。聞き馴染みある入店音楽が鳴り響く。彼女は迷いのない足取りで入口付近の冷凍庫に近づく。扉を開けると水色のパッケージに入った棒アイスを2袋取り出した。そのアイスをレジに持っていき会計をする。一連の流れのどこにも無駄がなく、この動きに慣れているのだろうなと思った。
自動ドアが再び開く。空いている片手に棒アイスを渡されて、目的地不明のまま歩みを進める。唸るような熱がアイスを持つ指先から消えていく気がした。
「ねえ、今どこに向かってるの?」
「もう少しで着くから」
「答えになってない」
あくまでもどこに行くのかは教えてくれないようだった。きっと何を言っても無駄なのだろう。黙って彼女に着いていくことにした。
ふと視線を上げると、白く塗られたフェンスが見えた。フェンスの中には滑り台やブランコ、シーソーなどの遊具やベンチがちらほらあるようだ。おそらく公園だろう。こんなところに公園なんてあったんだ。知らなかった。いや、知ろうとしていなかったのかも。
「ここに私を連れてきたかったの?」
「うん!」
太陽を背にして嬉しそうにうなずく彼女の笑顔がきらめいていた。何がそんなに楽しいのだろう、私みたいなつまらない女1人捕まえて。
公園に入るとまるでそこにいくのが当たり前というかのようにブランコに向かっていく。誰も乗せていない空っぽのブランコが2つ、そこにはあった。水色の座面が寂しそうに微かに揺れていた。彼女が先に座ってこちらを見上げてくる。瞳が座らないのと語りかけていた。先ほどまで彼女に握られていた腕が疼いている気がした。
高校2年生にもなってブランコなんて少し恥ずかしかったけれど、座らないと彼女がいつまでもこちらを見つめてくるので観念した。座ってみると、視線が記憶よりも随分低く感じた。小さいころはブランコに乗ったら空にでも飛んでいけるのだと思っていたけれど、今では地に足がついてしまう。夢もなくなってしまったものだ。
「……なんで私をここに?」
「それはね、夏といえば友達と公園でアイスを食べるものだから!」
得意げにそう言うと、彼女は持っていたアイスの袋を破ってスカイブルーの氷を取り出した。暑さのせいで少し溶けていたが、気にしていないようだった。
「ほら、君も食べなよ。溶けちゃうよ」
「……わかった」
促されたので私もパッケージを縦に裂く。よく見慣れた水色のアイスではあるが、食べるのは久々だった。何の気なしに口に入れると、突然の冷気に脳がびっくりしてしまったのか刺すような頭痛が襲ってきた。
痛みに顔を歪める私を見て彼女は面白そうに笑った。
「なに笑ってんの? 人が痛がってるのがそんなに面白い?」
「ちがうよ。君が初めて見せてくれた表情が嬉しいだけ」
厭味ったらしい私の言葉を真直ぐに跳ね返す彼女にはどうにも調子を狂わされる。気持ちを紛らわせるようにまたアイスを齧った。
「コンビニの安いアイスでも、外で友達と食べるとなんとなく美味しくない?」
「よく、わかんない」
「そっか」
彼女はまた微笑んだ。アイスのソーダ味がいつもよりも爽やかな気がした。いや、そんなものは気のせいだ。人と食べただけでアイスの味など変わらない。そのはずなんだ。
横を見てみると彼女はアイスを食べ終わっていて、ブランコを漕ぎ始めていた。みるみるうちにブランコの高度が上がっていく。
「怖くないの? そんな高さまで漕いで」
「怖くなんてないよ! ほら見てて、今からジャンプするから」
「えっ?」
そう言った途端、彼女は座面から飛び上がった。ポニーテールにされた黒髪の束ひとつひとつが重力に逆らうように舞い上がるのが見えた。芝生に着地するまでの時間は一瞬だったのに、果てしなく永いように思えた。
本当に彼女が飛ぶと思っていなくて、突然のことに対して私の心臓は悲鳴をあげている。無意識のまま私もブランコを降りて彼女のもとに寄り添っていた。
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫だよ。ふふ、優しいんだね」
彼女は芝生に寝転んで笑みを零す。人が心配しているというのに、なんという人だ。
「……別に。目の前で怪我されたら嫌なだけだし」
「ふふふ。あっ、ほらアイス。溶けちゃうよ」
彼女が指さした先では、私の手の中で確かにアイスが崩れ落ちようとしていた。彼女が買ってくれたアイスを無駄にするわけもいかないので、最後の1口を頬張る。ソーダの風味がやけに涼しくて、夏の暑さも忘れてしまいそうだった。
「ねえ、当たりだった?」
「何が?」
「アイスの棒! あたし、まだ当たり棒見たことないんだよね」
そんなものもあったな。どうせこれも外れだろうと思って、握っていた木の棒の先端を見てみると。
「……当たりだ」
「えっ! すごーい! ねえねえ見せて見せて!」
急に飛び上がってくるものだから体が跳ねてしまう。彼女に当たり棒を見せると私よりもはしゃいでぴょんぴょんとその場を跳び回っていた。
かと思うと、彼女は何かを思いついたようににやりと笑ってこちらを見てくる。またろくでもないことを企んでいるのだろうか。
「当たり棒を見事引き当てた君に、あたしの特別なスポットを教えてあげる」
「は?」
■
「はあ、はあ……。何も走らなくたっていいじゃない……」
「だって、この場所をはやく見せたかったんだもん」
あの言葉の後、彼女はまた私の腕を掴んで全力疾走したのだった。ひ弱な私は彼女についていくので精一杯――それどころか、ついていけすらしなかった。途中でスピードを落としてもらってもなお、私は汗だくで疲れ切ってしまっていた。
「それで、ここは……?」
そう問いかけながら顔を上げると、水平線が見えた。辿り着いたのは砂浜だった。白い砂が水の塊に呑まれている。まるで青空を水に沈めたような深くて透き通った水面に、沈みかかった夕日の光が反射してきらきらしていた。波が満ちたり引いたりするたびに心地の良い潮騒が耳の中に飛び込んでくる。
「きれい……」
思わず口からその言葉が漏れていた。この海の美しさをそんな言葉でしか表せない自分が嫌になったけれど、そう言うしかないのだ。きれいという言葉はこの海のためにある、とまで思った。
「綺麗でしょ? あたし、ここが好きなの」
「……私も、嫌いじゃないかも」
「そっか、よかった。気に入ってもらえて」
そこからしばらくは黙って美しい海を眺めていた。これが彼女の言っていた夏なのだろうか。私の嫌いな夏は、こんなにも美しいのか。公園で食べたアイスだって本当はいつもより美味しかった。私の嫌いな夏は、本当に夏なのだろうか。私が嫌いなのは、本当は醜い自分なのではないだろうか――。
ぐるぐるとした嫌悪感に吞み込まれそうになった瞬間、自分の腕が引っ張られるのを感じた。今日だけで何回も体験した、慣れないけどずっと触れていたいような体温。彼女の手は本当に温かい。ああ、やっぱり夏みたいだ。
彼女は私の手を引いて砂と水の境界線に向かっていく。靴や服が濡れるという心配を一瞬だけして、でもそれもいいかと思い直した。これが夏だと彼女が言うのなら、それでいいと思ってしまったのだ。
足が水に沈んでいく。気温はこんなにも高いというのに水中はひどく冷たくて、温度差に風邪を引いてしまいそうだった。彼女もまた靴をびしょびしょにしている。私の手を引きながら、ひどく楽しそうに笑っていた。それにつられて、自分の口角が持ち上がっていくのを感じた。
「あっ、初めて笑ってくれた!」
「もう馬鹿馬鹿しくなっちゃった。靴も駄目になっちゃったけど、いいや」
私の言葉に呼応するように彼女の笑みも深くなる。
ずっと疑問に思っていたことがある。今なら聞けると思って、口に出してみた。
「ねえ」
「どうしたの?」
「なんで、私に夏を見せてくれたの?」
「ああ、それはね……」
焦らすように口ごもる。今まで快活に話していたのに、どうして急にそんなことをするのだろう。じれったくなって私がまた口を開こうとすると、照れ臭そうに彼女は言った。
「一緒に夏を全身で楽しんでくれる人を探してたの。屋上に行ったらなんだか苦しそうな君がいて、どうしても君に夏を楽しんでほしいって思った。いや、君と一緒に夏を楽しみたいって思ったの!」
顔を赤らめながら、けれど真直ぐにこちらを見据えて言い放つ彼女に、少したじろいでしまった。愛の告白をされているような気分だった。自分の心臓の鼓動と波が押し寄せる音が入り混じっていく。顔が熱かった。きっとこれは気温が高いからだ。だって今日は真夏日なのだから。
「……そういえば、名前。なんていうの?」
「名前? 言ってなかったっけ。私の名前は――」
彼女は途中で言葉を止めて、いたずらっぽく猫のように笑った。そしてまた駆けていく。今度は海から陸に上がって、来た道を戻るように。
「次に会う時までのお楽しみ!」
「ちょっ、何それ! 意味わかんないんだけど!」
彼女に置いて行かれないように私も走り出す。もう散々悲鳴をあげている体に鞭を打って彼女を追いかけていく。
「私に追いつけたら、教えてもいいかも」
「それって、教える気ないじゃん!」
「わかんないよ、追いつけるかもしれないじゃん!」
そう言って軽やかに走る彼女は今日の中でいちばん笑っていた。私もきっと同じ顔をしている。
なんて不思議なことだろう。今日初めて出会った名前も知らない女の子と、私は夏を知ったのだ。あれだけ嫌いだった夏が、今は愛おしいものに思えた。また明日、屋上へ行こう。そうすればまた彼女に会える。公園のアイスと夕焼ける海は覚えたから、次はもっとたくさんの夏を教えてもらおう。両手いっぱいの夏が溢れるまで、彼女と夏を探しに行くのだ。私の名前も教えていないな。ああ、楽しみなことがどんどん増えていく。
17歳、夏。ドラマや漫画なんかではやたらめったら青春の象徴のように語られるけれど、どうやら私も例に漏れずそうだったようだ。
残り少ないけれど、夏はまだ残っている。終わってしまう前に、2人で夏を見つけに行こう。
きみが息を呑む前夜(短編集) 河村ミズキ @LivinG__DEAD
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