許嫁編 作戦完了
「また友だちと会いに行くんですか!?」
六花が、驚愕の表情で俺を見上げた。
「もう3日目ですよ!?」
「ごめん。もう少しで友だちになれそうなんだ」
「その友達。実在するんですよね?」
「するよ。ちゃんとする」
「よく観察してください。そのお友達。お兄ちゃんとだけしか会話できてなかったりしないですか?」
「大丈夫だよ。幽霊の類いじゃ無いよ」
「信じられませんね」
「疑り深いな」
「これは、私が行って確認すべき案件かもしれません」
六花はそう言って、俺の方を見上げながら頷いた。
いや。
そんな顔されても、連れて行かないぞ。
************
姫華さんが六花の代わりをしたいと言ってくれてから、俺はアタルさんに連絡を取った。
アタル【なんだか面白いことになってるな】
【笑い事じゃないですよ】
アタル【悪い悪い。それで俺は、今度は姫華さんに演技指導すればいいのか?】
【いろいろとすみません。ただ、彼女は男性恐怖症なので、出来たら女性の方で指導できる方はいらっしゃいませんか?】
アタル【男性恐怖症? 大丈夫なのか? 相手は男なんだろ?】
【心配なのは山々なんですが。本人がやる気になっているので】
アタル【ふーん。ちょっと待っててくれるか?】
【あ、はい】
……。
10分ほど待たされた後、
アタル【明日、皆でここに来てくれ】
アタルさんが送ってきたリンクを開くと、そこは喫茶店だった。
【ここは?】
アタル【よく使わせて貰ってる喫茶店だ。客も少ないが、汚くて掃除が行き届いて無いんだ】
【無いんだ】
アタル【ハハハ。じゃあまた明日。夜に】
【はい。よろしくお願いします】
喫茶店は狭い路地裏にあった。
三人で扉を開けて中に入る。
「いらっしゃいませ」
高校生ぐらいの男性の店員さんだった。
こんな時間まで大変だなと思う。
「待ち合わせなんですけど」と言って席を見回すと、奥のソファ席にアタルさんがいた。
「おお、よくきたな。こんばんは」
「こんばんは」
三人でアタルさんに挨拶して、俺がアタルさんの隣、公人くんと姫華さんが反対側に座る。
それぞれに自己紹介して、公人くんの許嫁の話がなくなったことをアタルさんに告げる。
「そうか。なくなったのか」
「はい。公人くんがお父さんに言ってくれて完全に無くなりました」
「しかし、裏目に出ていたとはな」
「六花がした演技は、逆に公人くんに好感を持たれる結果になってしまいましたからね」
「次は気をつけるとするか。次があればだが」
「そうですね」
「さて、それじゃ今回は姫華さんに演技指導ってことだよな?」
「そうです」
「実は、それについては提案がある」
「提案?」
「相手の男。九条だったか? 九条を呼ぶ日はまだ決まってないのか?」
「まだ全然なにも決まってないですね」
「日曜日に出来るか?」
「はい。出来るとは思いますけど……」
言いながら、公人くんと姫華さんの方を向くと、二人とも頷いてくれた。
大丈夫そうだ。
「なら日曜日、ここに呼んで欲しい」
「ここに?」
「ああ。この店なら狭いし客も少ない。だから席を劇団員で埋めておくことが出来る」
「え? 何をするつもりなんですか?」
「相手の男なんだが、男性恐怖症の女子高校生が一人で会うには危険すぎると思わないか?」
「それは確かに」
「他の席がぜんぶ味方で埋まっていたら、姫華さんの心理的負担は減るんじゃ無いのか?」
「え、でも、そんなこと出来るんですか?」
「出来なきゃ言わないよ。どうだ?」
と、アタルさんは全員を見回していった。
「ぜひお願いしたいです」と、姫華さんが答える。
「僕は何か出来ることがありませんか?」と、公人くん。
「白豚さんは座っててくれればいいよ」
という、アタルさんの言葉に、公人くんはノートを取り出して、
「実はこう言うものを考えてきたんですけど……」
テーブルの上に広げて、全員で見る。
ノートには漫画が書かれていた。
漫画の内容は『ファミレスで話をしている男女に、とつぜん教祖が現れて男を勧誘しようとする。恐くなった男は逃げ出す』というものだった。
「なるほどな」
と、アタルさんは言って、スマホを操作し始めた。
「ちょっと脚本家に相談してみる」
そう言ってアタルさんは席を外した。
「実は僕、小学校の頃、演劇で主演もしたことがあるんです」
「そうなんですか?」と、俺。
「はい。なので何か出来ないか考えていたんです」
「ありがとう。六花のために」と、俺は頭を下げた。
「それじゃあ白豚さんは、どんな役でも出来るのかな?」
公人くんが演劇経験者だと聞いて、戻ってきたアタルさんが質問した。
「もちろんです。何でもやりますよ」
「嫌なら断ってくれて構わないんだが、金を借りすぎて返せない高校生の役はどうだろうか?」
「いいですね。どんな役なんですか?」
「一番重要な役だ。金貸しに土下座して謝る。けど許して貰えずに外に連れ出される」
「金貸し?」
「ああ。金貸しが、金の返せなくなった高校生を連れ去るのを見せた後、姫華さんにも金を返せとせまることにする」
「私も連れ去られるんですか?」と、姫華さん。
「ああ。そして九条に言うんだ「金を貸して欲しい」って」
「なるほど」
同じ学校の生徒に、金を貸して欲しいとせまられたら、俺だったら逃げる。
しかもそれが大きな額だったりしたら尚更だ。
「無理にとは言わない。やるかどうか、君達で決めてくれ」
三人の返答は、もうすでに決まっていた。
**********************
「ま。と言うわけなんですよ」
と、俺はほたる先生への説明をそこでおしまいにした。
「え? じゃあ金貸しの人って誰がやったの?」
ほたる先生は、胸を近づけながら質問してきた。
「聞きたい事そこですか? アタルさんですよ」
「やっぱりかー。お姉ちゃんとして弟の演技は毎回みてきたつもりだけど、全然気付かなかったよ」
「スーツ着てたし、怪しい丸メガネとかしてましたからね」
「おっけ。だいたい理解した。ありがと」
「それじゃあ今日はありがとうございました」
「こっちこそいいもんみれたよー。真紀子のあんなとこ見れたからね。ひっひっひ。これで十年は飯がおいしいよ」
「本当に友だちは選んだほうがいいですよ。ぜんぜんいない俺が言うのはなんですが?」
「あれ? 私達は友だちじゃ無かったのかな?」
姫華さんだ。
「酷いですよ。僕はもう友だちだと思ってましたよ」と、公人くんがやってきた。
「おうおう。主演のみなさんそろい踏みだねー」
楽しそうに声をかける、ほたる先生。
「これからどっかいく?」
「あ、行きたいです」
「僕も行っていいんですか?」
「もちろんもちろん」
楽しそうだが、もちろん俺はいけない。
くそう……。
「それじゃあ、俺はここで。今日は本当にありがとうございました。また必ず俺をするんで」
三人に、お別れを伝える。
「うん。またね、りく君」「また会いましょう」「じゃあね。バイバーイ」
三人に手を振られながら、俺は道を急ぐ。
あとは六花に会うだけだ。
***********************
「もう。遅いよ。映画始まっちゃうよ?」
ぷんすかと怒っているのは、劇団のメイク担当の千秋さんだ。
今日は1日六花に付き合って貰っている。
「すみません。色々と長引いちゃって」
ほたる先生に説明するのに、思いの外時間をとられた。
「それで? どうだったの?」
「ばっちりでした。スマホで撮影した動画送っておきます」
「うん。よろー」
「六花は大人しく出来てましたか?」
「すっごい可愛いよねあの子。ほんと、天使みたい」
「……ずいぶんと猫をかぶってたようですね。アルバイトも大丈夫でしたか?」
「アルバイト中もめちゃくちゃ注目の的だったよ。常連さんからは「あの子誰? シフトいつ入ってるの?」とかしつこく聞かれたし。いやあ気分良かったよ。ま、でも、私のメイクの影響もあるんだろうけれどね。ふんだんにね」
「そうですね」
ふんぞり返る千秋さんに、苦笑いを返す。
「あ、そだそだ。もう予告始まってるから急いで行ってあげて」
思い出したように、千秋さんが言う。
「わかりました。今日は本当にありがとうございました」
そう言って、映画のチケットを見る。6番スクリーンの一番後ろの席だ。
「お待たせ」
俺はそう言って、六花の席のポケットに、買ったばかりのアイスティーを差し込む。
「え?」
「驚いたか?」
「そりゃ……驚きました。千秋さんは?」
「帰ったよ。子猫のエサを朝からあげてないことに気付いたとかで」
「気付くの遅すぎじゃないですか? 子猫、朝からお腹ペコペコですよ!」
「俺もペコペコだよ。よく考えたら朝と昼しか食べてない」
「普通に食べてるじゃないですか。でも私もお腹ぺこぺこです」
「じゃあこの後、なんか食べようぜ」
「実は私、結構おなかが減っておりまして、この映画もあんまり興味ないんですよね。火星人が冥王星に行って運命の人に出会う話なんですけど。どんでん返しもあるらしいんですけど」
「俺も興味はないな……」
「おにいちゃん。映画やめてご飯にしませんか?」
「お前な……もちろんいいぞ」
「ふふ。お兄ちゃんならそう言ってくれると思いましたよ」
そう言って笑った六花の顔がめちゃくちゃ可愛くて、俺は慌てて顔をそらした。
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ここでとりあえず第一部完とさせて頂きたいと思います。
途中から脱線し、書きたいことを書けなかった為、時間を見つけてリライトしたいと思います。
【★学園のアイドルが】俺をフったくせに、妹になったらめちゃくちゃ甘えてくる とにまる @tonimaru
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