許嫁編 作戦⑨


「今日も友だちと会ってくる」


 水曜日の朝、学校に出掛ける前、テレビで朝の占いを見ている六花に話しかけた。


「今日もですか?」


「ああ。だから今日も夜はご飯あっためて食べてくれるか?」


「……」


「六花?」


「まあ……別に良いですけど。友だちは作れそうなんですか?」


「なってくれたらいいなとは思ってる」


「もしもお金を要求されたり、買い物に行けと命令されそうになったら教えてください。私もお手伝いしますので」


「それは友だちじゃない。パシリだ」


「ふふ。そうですね」


「……」


 やはり変だ。


 いつもならもう少し気の利いたことを言うはずの妹に、俺は黙って視線を返す。


 妹は、俺の視線に気づいて見つめ返してくる。


「どうしました?」


「いや。なんでもないよ。でも、もし友だちが出来たら、会ってくれるか?」


「いいですよ」


「本当だな?」


「もちろんですよ。ちゃんとした人なら」


「よし、言質はとったからな?」


「?」



 そして今日も六花と距離をおきつつ、学校に登校した。


 今日は、何事もなく送り届けることが出来た。



***************


 夕方。


 六花を家まで送り届けた後、再び昨日と同じ駅に向かう。


 まずは公人くんと合流して、それから姫華さんと合流した。


 姫華さんは、丸首のTシャツにジャケットを羽織り、淡いピンクのスカートをはいていた。


 可愛すぎる。


 丸首のTシャツの丸い感じが似合いすぎている。 


 姫華さんは、俺を見ると、緊張した声で、


「こんばんは、りく君。ええと……とりあえず来たけど、格好とか変じゃないかな? というか、これからどこにいくの?」


 そう言えば、姫華さんを呼びだしたものの、何も伝えてないことに思い当たった。


「ごめんなさい姫華さん。実は、会って欲しい人がいるんです」


「会って欲しい人?」


「はい。こちらが白豚公人くんです」


 そう言って公人くんを紹介する。


「どうもこんばんは。白豚公人です」


 公人くんがペコリとお辞儀する。


「……え?」


 姫華さんは、公人君と俺を交互に見て、それから完全に動かなくなった。



 公人くんが学生証を出して姫華さんに手渡すと、ようやく彼女は、


「え……じゃあ……日曜日に私があってたのは?」


「俺です。俺が変装してました」


「…………」


「ごめんなさい。今から説明します」


 固まった姫華さんに謝罪する。

 

 3人で、昨日と同じ喫茶店に入り、昨日と同じようにパンダホテルであったことを一通り話した。


 話を聞き終えた姫華さんは、


「ひ、酷いよ、りく君。どうして事前に教えてくれなかったの?」


「ごめんなさい」


「うわわ。白豚さんだと思ってりく君と喋ってたとか、めちゃくちゃ恥ずかしいよ。え? まって。私、りく君に変なこと喋ってないよね?」


「たぶん……」


「よし。なかったことにしよう。うん」


「え?」


「なかったことにしようよ。りく君」


 姫華さんが変なことを言いだした。


「わかりました。何も無かったです」


「よし」


 そう言って、彼女はポンと俺の肩に手をおいた。



「僕からも、1ついいですか?」


 公人くんが言った。


「あ、はい。何ですか?」


「今日は六花さんは来られないんですか?」


「え? 六花ですか?」


「実は、今日こられるのかと思って期待していたんですが」


「ご、ごめんなさい。六花はあんな態度をとってしまったので、さすがに失礼かなと思って連れては来なかったんですが」


 理由は他にもある。


 今の六花を、人に会わせたくない。


 いや、むしろ気晴らしに会わせた方がいいのかもしれない。どちらにしても、話がどう転ぶかわからないこの場には呼ぶべきではないと思っている。


「そうです。それは残念です」


 と、肩を落として落ち込む公人くん。


「なになに? どういう事?」


 すると、姫華さんが目を輝かせて顔を突っ込んできた。


「もしかしてコイバナ? 白豚さん、六花に会って好きになっちゃったの?」


 するどい。さすがです。けれど、


「っていうか姫華さん。大丈夫なんですか?」


「え?」


「ほら、公人くんは男性ですよ?」


「ああ、そういえば…………なんでだろ。平気だね。不思議」


 ふふ、と姫華さんは笑った。


「どういう事ですか?」と公人くん。


「あ、実は私、男の人がちょっと苦手なんですけど。白豚さんは平気みたいなんです。ふふ」


「え? それって僕、男として見られてないって事ですか?」


「そう言うことかも。肌白いし、女の子でも通用しそう」


「酷いな」


「ふふっ」


 なんだろう。この空気。


 公人くんをいますぐココから追い出したい。


「りくさん」


と、公人くんが急に俺の名前を呼んだ。


「なんだよ」


「なんで急に言葉が乱暴になったんですか?」


「別に」


「それより白豚さんが、あ、公人さんって呼んでも良いですか?」


「もちろん」


「ちょっとちょっとちょっと!!」


 俺は全力で止めに入った。


 なに勝手に仲良くなってんだよ。そんなのお父さん許しませんよ。お父さんじゃないけれども。


「それはちょっと早いんじゃないかな!」と、俺は叫ぶ。


「え? そうかな? さっきから私だけ名字で呼んでたから変かなと思って」


「変じゃありませんよ。ねえ! 公人くん!?」


「ちょっと落ちつきましょうか。りくさん。さっきから変ですよ」


「は? どの辺が!?」


「りく君がおかしいので、とりあえず白豚さんってお呼びしますね」


 姫華さんまで何を言ってるんだろうか。


 俺は全然おかしくない。


「その方がよさそうですね」と、公人くんは面白そうな視線を俺に送って来た。


 なんだその眼は。


「それで白豚さんは、六花のどの辺が好きになったんですか?」


 姫華さんは、いきなり核心に迫った。


「え。いやその……気の強いところとか、いきなり罵ってくるところとか、僕を生ゴミを見るような目で見るところとか。ですかね」


「え? 変態?」


「変態じゃないですよ」


 変態だよ。どう聞いてもな。


 公人くんは、何を思い出したのか、柔らかく笑みを浮かべると、


「僕のまわりには、今まで彼女のようなタイプはいませんでした」


「ちょっといいかな。公人くん」と、俺は言った。


「なんですか?」


「一応、言っておきたいんですけど、あれは演技ですよ。公人くんに嫌われるように演技してたんです」


「えっ……」


 公人くんの顔色が一瞬で青くなる。どんだけショックなんだよ。


「いつもの六花は、もっと馬鹿で可愛くて、暖かみのある優しい子ですよ」


 そんな俺の言葉に姫華さんも頷いて、


「そうだよ。六花は人を生ごみを見るような目で見たりはしない。と思う」


 決めつけないで言うあたり、姫華さんの真面目な性格が垣間見える。


 さすがだ。


 俺と姫華さんの言葉を聞いて、公人くんはこう言った。


「そんな……じゃあもう罵ってもらえないんですか? 信じられない」


 俺は、そんな発言をする公人くんの方が信じられないよ。


「じゃあ、会いに行こうよ」と、姫華さん。


「え? いいんですか?」と、公人くん。


「別にいいよね? りく君」


「いや。ごめんなさい」


「どうして?」


 不思議な顔の姫華さんに、一瞬迷ったけれど、話しておこうと思った。


「実は……」


 六花の様子がおかしい事。九条くんと揉めていたことなどを二人に話した。


「そうだったんだ。また六花の悪い癖がでたね」


「悪い癖?」


「うん。いつもそう。六花は勝手に決めて、いつも勝手にやっちゃう。そりゃ、私は頼りないかもしれないけどさ」


 不満げに唇を尖らせる姫華さん。


 そんな表情も、まるで生まれたばかりの子猫のように愛らしい。


 けれど、こんな表情の姫華さんを見るのは初めてだった。


「俺からすれば、頼りないのはあいつの方ですよ」


「え? そうなの?」


「はい。あいつ、初めてうちに来た日に、鍵を壊して部屋から出れなくなりましたから」

「え? 六花が?」


「しかもよく寝ぼけて夜中に俺の部屋に勝手に入って来て、夜眠れたことを報告して来たりするんですよ。子供みたいにオムライスばっかり食べたがるし、学校では話しかけてくるなって自分で言っておきながら、どうでもいいメモを机に沢山いれてくるんですよ『国語教師は絶対ヅラ』とかね」


「ま、まって。六花が? え? 嘘だよね?」


 なんで慌ててるんだ?


「いや、嘘じゃないですよ」


「そうなんだ……そうなんだね。りく君の前だと、六花ってそうなっちゃうんだね。すごいやりく君。私なんか生まれてからずっと一緒にいるのに、そんな六花みたことないよ」


「そうなんですか?」


「うん。六花。やっぱりりく君と一緒に暮らせて良かったんだと思う」


 姫華さんは泣きそうな表情で、俺を見上げている。


 どうしてそんな顔をするのか、俺にはわからなかった。


「ありがとう。りく君」


と、姫華さんは言った。


「いえ……」


 戸惑いながらも返事を返した。


 そこに公人君が、


「でも気になりますね。その九条って人と六花さんの関係が……」


「そうなんですよ。気になりますよね。でも六花は教えてくれなくて」


「姫華さんが聞いたら教えてくれたりしないんでしょうか?」


 公人くんが、姫華さんの方を向く。


「ううん。りく君が聞いてダメならダメだとおもう。きっと六花。私よりも、りく君を信用してると思うから」


「そんな事ないですよ」と、俺。


「そんな事あるよ。残念だけど」


「姫華さん……」


「でもその九条って人、ホテルのロビーで会った人だと思う」


 姫華さんの言葉で、九条くんは姫華さんにも絡んでいたのを思い出す。


 そう言えばそうだ。


 姫華さんがパンダホテルのロビーに来た時に、九条くんがいた。


「気になる事を言ってたよ」


「気になる事?」


「どうして来なかったんだ? 待ってたんだぞ!? って言ってたの。ホテルのロビーで」


「待ってたんだぞ?」


「うん。まさかとは思うけど、九条って人にホテルに呼び出されて変なことを強要されたりしてないよね?」


「……」


 頭が真っ白になる。


「……俺。帰ります」


「まってください。りくさん」


「ごめんなさい。ちゃんと六花と話さないと」


「でも教えてくれなかったんじゃないんですか? 六花さんは、りくさんがちゃんと聞いたのに、教えてくれなかったんじゃないんですか?」


「……っ」


 公人くんの言葉が胸に刺さる。


 そうだ。六花は何と言っても教えてくれなかった。


「僕の友達に、家族に黙って新興宗教にのめり込んだ人がいます。彼もなかなか話そうとしませんでした。自分の問題だと言って」


「……あの、実はお母さんって浪費癖がすごくて、いつもお金に困ってたから、借金のカタに六花が差し出されたとかじゃないよね? なんか心配になって来ちゃった」


「新興宗教に借金……」


「あの九条って人、ちょっと目が怖かったよね。もしかしたら宗教の線もあるのかも。勧誘されてるのかも」


「りくさん。家にツボとかお札とか増えたりしてませんでしたか?」


 え。待って。


 混乱して来た。


 思ったよりも大変なことになってるのか?


「ね。りく君。私、思いついちゃった」


 姫華さんの表情は真剣だった。


「私がいけばいいんじゃないのかな? 私が九条って人と会って、何があったのかを直接聞けばいいんじゃないのかな?」


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