許嫁編 作戦⑧
「六花。今度の日曜日は暇か?」
月曜日の夜。
俺はリビングでテレビを見ている六花に聞いた。
「特に予定は無いですけど……なんですか?」
「アルバイトしないか?」
「アルバイト? なんのですか?」
「千秋さんって言ってわかるか?」
「わかりますよ。メイクしてくれた人ですよね?」
「そう。その千秋さんが、アイスクリーム店でアルバイトしてるらしくてさ。2時間ほど手伝ってくれたらアイスクリーム一日食べ放題チケットくれるらしいんだ」
「やります」
「時間は午後1時から午後3時まで」
「なんか、一番忙しくなさそうな時間ですね」
「だからだよ。だからシフト作るの失敗して、その時間は人がぜんぜんいないらしい」
「なるほど。そう言うことなら是非」
「じゃあよろしくな。終わったら、千秋さんが六花とデートしたいって言ってたぞ」
「デート?」
「マッサージとか、エステとか、映画とかに連れてってくれるらしい」
「いいですね。どんな格好してけばいいんでしょうか?」
久しぶりに、六花の明るい表情が見れた。
「さあな。直接聞けば良いだろ? 連絡先教えてもらったから。ほら、スマホ出せ。登録してやるよ」
「はい。お願いします」
六花はなんの迷いもなく俺にスマホを手渡す。
「さんきゅ」
俺はラインを開いて操作する。
「あれ? 登録って、たしかここからだよな?」
「……もしかして、お兄ちゃんもあんまり得意じゃないんですか?」
俺がしばらくスマホを操作するのを見て、六花がジト目で見つめてきた。
「そんなわけないだろ。得意だけど、登録する友達がいないから覚えてないだけだよ」
「……」
「ちょっと待ってろ。調べながらやるから」
俺は自分のスマホを操作して、それから六花のスマホを順番に操作する。
六花はあきれ顔をしていたが、飽きたのかテレビを見始めた。
しばらく時間が経過して、俺は千秋さんの連絡先の登録を完了した。
「ほら。終わったぞ。適当に挨拶しておけ」
千秋さんとのトークルームを作成して、六花に渡す。
「ありがとうございます」
******************
俺は部屋に戻って、自分のスマホを開く。
別に俺は登録が苦手だったりはしない。
ただ、千秋さんの登録以外にもする事があったのだ。
それは、ほたる先生がやったように、六花(偽姫華さん)と公人くんのトークルームから六花を外して、自分を登録しなおすのに時間がかかったのだ。
俺は、公人くんにラインを送る。
姫華さんとして。
姫華【白豚公人さん。お話しがあります】
公人【どうしましたか? 姫華さん】
姫華【明日。夕方か夜にお時間を頂けないですか? 全てをお話しします】
公人【明日ですか? いいですけど、全てというのは?】
姫華【それは明日お話しします】
俺は、待ち合わせ場所と時間を約束して、ラインを終了した。
それから一階に降りて、六花に話しかける。
「六花。明日の夜はちょっと出掛けてくるから、ご飯を温めて食べてくれるか?」
「いいですよ。どこに行くんですか?」
「友だちと会ってくる」
「お兄ちゃん、友だちいたんですか?」
「友だちになるかもしれない人だよ」
「それはまだ、友だちとは言いませんよ」
「うるさいよ」
俺はそう言って、キッチンに入って明日のご飯の準備をする。朝食と、お昼と、夜の分だ。
六花の登校と下校の見守りは、少し離れて歩き、異常があったら近づくようにした。
「友だちと会ってくるんですよね? 帰りは1人で帰りますよ」
六花はそう言ってくれたが、俺は拒否した。
六花を家まで送り「家から勝手に出るなよ」と念を押して、自転車に乗って駅に向かう。
電車にのって、目的の駅へ。
駅前。
猫の石像の前。
公人君は、すでに来ていた。
「公人君!」
俺が声をかけると、彼は不思議そうに俺を見た。
「誰ですか?」
「あ、ええと、パンダホテルの通路でメガネを拾った」
「あの時の! あの時はお世話になりました」
そう言って、公人君はペコリとお辞儀した。とても気持のいい人だ。
「ごめんなさい!」
俺は深くお辞儀する。
「え? ええと?」
困った声の公人君に、俺は、
「姫華さんは来ません!」
「え? ええ? どういう事ですか?」
俺は、頭をあげて、
「俺は、あなたに、謝らないといけないことがあります」
「謝る?」
「はい。今から話すことは全部俺が勝手にやったことです。許せないと思ったら、警察でも、学校でも、言ってもらっても構いません。俺は逮捕されたり退学になってもいい。だから、他の人は関係ないことだけわかってください」
「ま。待ってください。何がなにやら。まずは順番に話しましょう。あの、もう一度お名前を聞いても良いですか? 実は忘れてしまっていて」
「高羽りくです」
「僕は白豚公人です。そうだ。もし良かったらその辺のお店で話しませんか? 姫華さんは来ないんですよね?」
「あ、はい。来ません」
「だったら、その辺のお店でいいので、ゆっくり話しませんか? 雰囲気からして、長くなりそうですし」
「そうですね。長くなりそうです」
2人でクスリと笑い合い、それから近くの喫茶店に入った。
注文したアイスコーヒーにストローを刺して、少しの間、無言で飲んだ。
「じゃあ聞かせてください。なにがあったのかを」
「まず謝らせてください。本当に申し訳ありませんでした」
「いえいえ。それよりも、まずはなにがあったのかを聞かせてください。謝罪が必要なら、その時言いますから」
「わかりました。まず、俺は二玉学園の生徒で、天河姫華さんのクラスメイトです」
「姫華さんのクラスメイトなんですか?」
「はい。そして彼女の妹「天河六花」の兄でもあります」
「んん? どういう事ですか?」
「実は、姫華さんの両親は離婚してるんです。そしてそれぞれの父親と母親が1人ずつ引き取りました。そして六花を引き取った母親の方が、俺の親父と再婚したんです」
「なるほど。では姫華さんの妹さんは、りくさんの妹さんでもあるんですね」
「そうなんです。しかも彼女は双子です」
「双子?」
「はい。この写真。どっちがどっちだかわかりますか?」
俺は、昼間にこっそり撮影してきた姫華さんと六花の写真を、順番にスマホに表示する。
残念ながら、二人一緒にいる写真は撮れなかった。
「え? これ別人なんですか? そっくりですね」
「そうなんですよ。赤いシュシュをつけてるのが姉の姫華さん。青いシュシュをつけてるのが妹の六花です」
「なるほど」
「実は妹は許嫁に反対でした。だから俺は、姫華さんの許嫁の話を無くしてやろうと考えました」
「……そうだったんですか」
「はい。そうなんです。俺は、人を雇って姫華さんと公人くんの会うのを妨害しました」
「妨害した?」
ここからは、俺だけが悪いように、すこしだけ話を変更してある。
「はい。なので公人くんが会ったのは姫華さんじゃありません。六花の方です」
「そうだったんですか? じゃあ、僕がお会いしたのは六花さんだったんですね」
「はい。そして六花には、ひどい態度をとるように俺が命令しておきました」
「なるほど。だからあんなに僕をなじって来たんですね」
「はい。ぜんぶ俺が悪いんです。でも、予想外のことが起きました。公人くんに嫌われようとしてやったことが全部裏目に出てしまった」
「僕が喜んでしまった」
「そうなんです。それと予想外の事がもう一つ」
「なんですか?」
「公人くんは言ってましたよね?「奇抜なひょっとこのお面をかぶって、お兄さんか誰かを驚かせようとしてるのを見た」って」
「言いましたね。それで僕はときめいてしまったんです」
「そのお兄さんって言うのは、俺なんですよ」
「え? じゃあ……」
「そう。公人くんが見たのは六花です。姫華さんじゃなかったんです」
「……なんてことだ。元々が勘違いだったんですか?」
「はい。なので、六花とは今後、会える場所をセッティングします。なので、姫華さんとの許嫁の話は無かったことにして貰えないでしょうか?」
「なるほど。今日の話の核心はこっちでしたか」
「もちろん俺が悪いことに変わりはありません。全部受け入れるつもりです」
「いえ。しかし申し訳ありませんが、りくさんの言葉だけで全てを信用するのは難しいですね」
「では、どうしたら信じて貰えますか?」
「姫華さんと六花さんに会わせて貰えませんか? お話して納得出来たら許嫁の話をやめるように父に伝えます」
「ありがとうございます! じゃあ、ちょっと連絡してみますね」
俺はラインで連絡すると、すぐに返信が返ってきた。
「連絡が取れました。明日の夜、都合はどうですか?」
「いいですよ」
「では明日の夜。またここで」
「わかりました」
そう言って、この日はおしまいになった。
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