許嫁編 作戦⑦



 若い男女が、俺たちの隣の席に座った。


 観葉植物で見づらいが、あの銀髪頭は九条くんだ。


「で? 話ってなんだよ? 六花」


 座るなり、九条君が言った。


「じつは折り入ってお話があります」


「ん? 六花ちゃん?」


 ほたる先生が気が付いた。


「静かに」


と、俺は先生に言う。


 ほたる先生は、俺に向かって小声になり、


「え、なんで六花ちゃんがここにいるの?」


「俺が仕向けたんです。驚くことがあると思いますけど、最後まで静かにお願いしますね」


「そ、そうなんだ。わかった」


 ほたる先生は頷いて、微妙な表情で頷いた。


 二人で九条くんの様子をうかがう。


「で? 話ってなんだよ?」


と、九条君。


「お話しを一度整理させて欲しいんです」


 九条くんの前に座っている彼女が言った。


「整理? 整理ってなんだよ」


「はい。まず最初は。そうですね。ホテルにしましょう。パンダホテルで私に声をかけてきたのって、どうしてですか?」


「は? そりゃお前が約束破ったからだろ?」


「ああ約束。そういえばしてましたよね」


「は? 忘れてたのか?」


「すみません。一緒に行く予定でしたよね?」


「一緒じゃねえよ。俺のライブに来いってチケット渡しただろ。無駄にしやがって」


「ああ、そうでしたね。ごめんなさい。ライブに行く約束でしたね」


「そうだよ」


「でも、私達ってそんな仲良かったでしたっけ?」


「だから、お前が逃げ回ってっから話が先にすすまねえんだろが」


「ああ、ですよね。先に進みませんよね。あの話」


「そうだよ」


「あの話の事ですよね?」


「どの話だよ?」


「えっと……どの話でしたっけ? わかんなくなってきました」


「だから、あの高羽りくとか言うヤツだよ。あの野郎と別れて、俺と付き合えって言ってるだろ?」


「ああ。その話」



「え? 待って。高羽くんって、六花ちゃんと付き合ってたの?」


 ほたる先生が、驚いてこっちを向いた。


「違います。驚かないでくださいって言いましたよね?」


 先生は、不満そうにコッチを睨んだが、しずかに口を閉じた。


 そしてまた、2人の様子を観葉植物の間からのぞき見を始めた。



「でも。どうして私が高羽りく君と別れて、九条さんと付き合うんですか? おかしくないですか?」


 彼女が言うと、九条くんは得意げな顔で、


「だから言ってるだろ。俺ならあんなミスはしない」


「ミス……そんなにミスですかね?」


「そりゃそうだろうよ! 土日の真っ昼間からモールでデート。そんなことしてたら、いずれ学校の誰かに見つかる。そしたらどうなると思う?」


「デート?」


「してただろ。ショッピングモールでゲームを二人で」


「ああ、あの時の」


「そうだよ。あんなのが学校の連中に見つかったら、高羽りくはボコボコにされるだろうよ」


「確かに、それは大変ですね」


「そうだ。だから、その時の写真をバラまかれたくなかったら、あいつと別れて俺と付き合えってことだよ」


「そういう事だったんだ」


「は?」


「いえ。よくわかりました。あと、もう一ついいですか?」


「なんだよ。まだあるのかよ?」


「先々週の土曜日。ファミレスにいましたよね?」


「あ? お前もいただろ」


「ですよね。あの時って、二人で何かしてましたっけ?」


「は? お前が勝手に口から血を噴き出したんだろ? 俺がキスをしようとしたら」


「……なるほど」


「なるほど?」


「なんでもありません。ちょうど口を怪我してたんですよね。あの時」


「ふうん。で、どうすんだよ? 俺と付き合うのか? それとも、写真をばらまかれてもいいのか?」


「それなんですが、九条さんとお付き合いしたいと思っています」


「おお。なんだよ。だったら早く言えよ」



「え? 付き合っちゃうの? 六花ちゃん?」


 ほたる先生が、またこっちを向いた。


「心配しないでください。全部、演技ですから」


「演技なの? でも、そんな約束しちゃったらマズいんじゃないの?」


「大丈夫ですよ。ちょっと静かにしててくださいね。すみません真紀子さん。ちょっと食べるのをやめて貰っていいですか?」


 俺が真紀子さんに言うと、彼女はギョロリとこっちを睨み、


「は? なんであんたにそんな指図されないといけないのよ?」


「それより、ほら、あっち。九条くんがいますよ?」


「え? 嘘!?」


 真紀子さんは立ち上がり、九条くんを見つける。


「ほんとだ! 杉っチじゃないの? おーい! 杉ッチ! あたしここよ!」


 真紀子さんが、九条くんを見つけて駆け寄っていく。


 まるで主人を見つけた子犬のようだ。


 真紀子さんは、九条くんの隣に座ると、


「え? 誰この女?」


と。敵意をむき出しにして睨んだ。


「私は、九条さんとお付き合いしてるものです」


「はあ? なに言ってんのこの女。頭おかしいんじゃないの? ねえ杉ッチ」


 真紀子さんは、九条くんに同意を求めるが、


「悪いな真紀子。俺、この女と付き合うことになった」


「は? なに言ってんの!?」


「なんども言わせんなよ。お前とは別れる」


「はぁ!? 杉っチ! どういう事なのよ!! 説明して!!」


「お前には飽きた。以上」


「…………あんたにいくら使ったと思ってんのよ」


「は? いくらつかった? そんなの知らねえよ。そもそもお前が勝手に俺に貢いだんだろ?」


「は!? あんたがお金無いっていうから出してあげてたんじゃない!!」


「知らねえよ」


「だったら全部返しなさいよ。今まで私が出してあげた分」


「は? なに言ってんだ? だったら、お前も俺との時間を金にして返せよ。お前みたいなババアと付き合ってやったんだ。何千万あったって足りねえよ」


「なに言ってんのよ!」


「うわああああ!!!」


 真紀子さんが怒鳴った瞬間、隣のテーブルの席から絶叫があがった。


 みると、小太りの男の子が1人、椅子を転げ落ちた。


「ごめんなさい! ごめんなさい!!」


 そして、床におでこをこすりつけながら謝りだした。



「なに? 何が起きたの?」とほたる先生。


「静かに」と、俺。



 小太りの男の子の前に座っていた、顔に傷のある、丸メガネの男がゆっくりと立ちあがる。


「謝って済む問題じゃねえんだよ。お坊ちゃん」


「お金は必ずお返します! だから樹海だけは! 樹海だけはカンベンしてください!!」


「じゃあ漁船のるか? 10年間。船をおりずにマグロをとり続けるか?」


「そんな! 船をおりないでとか無茶ですよ!」


「じゃあ死ぬしかねえな。高校生のお前が800万返すには、漁船に乗るか、保険金になってもらうしかねえんだよ」


「いやだああああ!!」


「うるせえなあ。黙らせんぞコラ」


「ひぃい!! も、元々100万円だったじゃ無いですか! どうしてそんなに増えてるんですか!?」


「そう言う契約だったからだよ。坊ちゃん。ちゃんと契約書は読んだのか? まさか読まずにサインしたんじゃねえよなあ?」


「あんな細かい文字。誰も読みませんよ!!」


「だからこうなったんだよ。おい。連れてけ」


 顔に傷のある男がいうと、一緒に座っていたスーツの男達が、小太りの高校生を捕まえる。


「や、やめて! 助けて! 誰か!!」

 

 小太りの高校生は、担がれるようにして、喫茶店を出て行った。


 傷のある男はそれを見送った後、


「いやあ。お騒がせしてすみませんねえ」


 真紀子さんの方を向いた。


「な、なによ。あんた」


 さすがの真紀子さんも青い顔をしている。


「いや、ただのしがない金貸しですよ。今出て行きますので……」


 男はそう言うと、クルリとふり向いて、


「あれえ?? 奇遇ですねえ?? 天河ちゃんじゃないですか?」


「……どうも。お久しぶりです。井川さん」


 天河さんは、男に向かってペコリとお辞儀した。


「お金はできた? もしくは死ぬ準備」


「いえその……もう少しでできるので……」


「へえ。それってどっち?」


「お金です」


「え。嬉しいな。どこどこ? どこにあるの?」


「九条さん。お金を貸してくれないかな? 1000万。いますぐ」


 天河さんは、机をバンと叩いて、九条くんに言った。


「は? 俺かよ?」


 様子を見守っていた九条くんが、驚いた声をあげる。


「だって彼氏だよね? 私達付き合ってるんだよね? 彼女のために、それぐらいはだせるよね?」


「いやいやまてよ。1000万とか無理だろ」


「いや可能だよ」


 傷のある男が言った。


「我々から借りればいい」


「まてまてまて! 無理だろ!? こんなとこから1000万とか借りたら俺の人生終わるだろ!!」


「おやおや。ここの彼はどうやら賢いようだよ。残念だったね。天河ちゃん」


「待ってください井川さん。ねえ九条さん! さっき付き合うって言ったよね? 彼女を見捨てるの!? ねえ!! 私、あなたの彼女だよね!?」


「ふ、ふざ。ふざけるなよ! お前なんか彼女でもなんでもねえよ!!」


「おやおや。なんだか申し訳ないねえ。2人の仲を壊しちゃったみたいで」


「待ってください井川さん。ねえお願い! ここで見捨てられたら私、なにされるかわからないんだよ!?」


「安心していいよ。綺麗な女の子は使い道はいくらでもある。20年もあれば返し終わるからね。それに、最悪は死ねば良い」


「いやあああ!」


「連れていけ」


 傷のある男が言うと、天河さんは抱えられて喫茶店を出て行った。


「いやあ。お邪魔しましたねえ」


 そう言うと、回りに座っていた客がゾロゾロと帰りだした。

 

 出入り口では、店員の男の子が、頭を下げている。


「……なんなのよ」


 すっかり空になった店内で、真紀子さんが独りごちた。


「なあ真紀子。俺達やり直さないか?」


 真紀子さんは、黙って九条くんに水をかけ、


「死ね!」


 そう言って、小走りに店を出て行った。



「さて。俺達もそろそろ行きますか?」


 ほたる先生に声をかけた。


「え? 行くってどこに?」


「帰るんですよ」


「ああ。そうなんだ……」


「大丈夫? 立てますか?」


「うん。なんとか」


 よろよろと立ちあがる先生に手を貸してあげる。


 手をひいて店内を出る。


「あれ? 会計は?」


「あとからまとめて払うので大丈夫ですよ」


「え? なんで?」


「そういう約束なんです」


「そうなの?」


「それじゃ先生。俺はここで」


「え、待って待って。先生、ぜんぜん意味がわかってないよ。ちゃんと教えて」


「ごめんなさい。ちょっと急ぎの用があるんですよ」


「え? どこいくの?」


「これから六花とデートなんです」


「はあ!? 六花ちゃんさっき連れてかれたよね!? 意味わかんないんだけど!?」


「落ちついてください。大丈夫ですから」


「そ、そうなの?」


 納得しない顔のほたる先生。


「あれは、六花じゃなくて姫華さんです」


「えええええええええええええええええええっ!?」


「じゃあ、そういうことで」


「わかんない! 何一つわかんないよ! ちゃんと説明して!」


「わかりました。じゃあ歩きながらでもいいですか?」


「うん。お願い。そうしないと今日眠れそうにないから」


「まずは。そうですね……今週の月曜日の夜まで遡ります」


「月曜日?」


「はい」


 俺はそう言って、1つずつ話し始めた。


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