許嫁編 作戦⑥



 九条くんが去った後、俺はアタルさんになにがあったのかを説明した。


 六花の顔色があまりに悪いため、今回はお開きにする事になった。


 部屋に戻るとき「六花ちゃんがだいぶ頑張ったから、許嫁の話はなくなるだろ」とアタルさんが言っていたのが気になった。


「公人くんは乗り気でしたよ」と伝えたが、俺の冗談だと思われて、まともに取り合って貰えなかった。


 六花とアタルさんが帰ったのを確認してから、俺達本物の姫華さんのいる方の部屋もお開きする事にした。


 今日の所は、なんとかバレずに誤魔化せた。


 ただ、公人くんが乗り気になっている以上、姫華さんの父親と、公人くんの父親は、近いうちに必ず連絡を取り合うだろう。


 そうしたら「どうして来れなかったんですか? え? 来なかったのはそっちですよね?」という話になるはずだ。


 ホテルで使った部屋を調べられたとしても、支払いは現金を使っているし、姫華さんの父親達が真相に辿り着くことはないと思う。


 損害がでたわけでもないので、警察も動かないだろう。


 そもそも公人くんが惚れているのは六花の方だ。


 だとしたら、公人くんは姫華さんの魅力を感じなくて、放っておいても消滅する気もする。


 ただ、それよりも今は、六花の方が問題だ。


「そろそろ話して貰うぞ」


 俺は、先に家に帰ってソファで寛いでいた六花に話しかけた。


 六花は俺を見上げると、


「今日は本当にごめんなさい」


「謝罪はいい。なにがあった?」


「何がって?」


「九条くんと何かあったんだろ? そう言えば、ファミレスでも六花と九条くんは同じタイミングで消えてたな。まさか、何かされたのか?」


「いえ。とくに何も無いですよ」


「でもあの日、口を切って帰ってきただろ?」


「転んだんです。駅の階段で」


「え。お前。まさかこの状況で、まだ誤魔化すつもりなのか?」


「誤魔化すなんて人聞きが悪いです。でも、今日、変な男に絡まれたのは悪かったと思っています」


「わかった。もういい」


「……怒ったんですか?」


 不安な表情で、彼女は俺を見上げる。

 

「怒ってない。諦めるよ。話したくなったら話してくれ」


「……わかりました」


 ホッとしたような、ガッカリしたような複雑な表情。


 ごめんな。俺、諦めるつもりなんて無いから。




 最初にまず、連絡したのはアタルさんだ。ラインを送る。



りく【アタルさん。九条くんを知ってますよね? どうしてですか?】



 昼間。俺が九条くんの話をしたときに、アタルさんは九条くんが何者か聞いてこなかった。


 興味が無くて聞いてこなかったか、知っていてるから聞いてこなかったの二つに一つだが、アタルさんの性格上、後者だろう。


 返信はすぐに返って来た。


アタル【本当は六花ちゃんに口止めされてるんだが、今日の事を見ると言っといた方がいいだろうな。実は、あの男は、学校への送り迎え中に何度か話しかけてきた。あいつ、ストーカーかなんかか?】



 アタルさんも詳しくは知らないようだ。



りく【学校の生徒って事以外は俺も詳しくは知らないんです】



アタル【そうか。明日はどうする? 約束は金曜までだったが、もう少し送り迎えを続けようか?】



りく 【いえ大丈夫です。コッチで何とかします】



アタル【無理すんなよ。そのために大人がいるんだから】



りく 【ありがとうございます。でも大丈夫です】




翌日の朝。



「それじゃ、先に行きますね」



 六花がテレビで朝の占いを見た後で、リビングのソファから立ち上がった。


 俺は、知らないふりをして、


「今日はアタルさん来ないのか?」


「はい。許嫁阻止作戦は終了しましたので」


「ちなみに、公人くんから連絡はあのあと来たのか?」


「はい。一度だけ『楽しかった』と送られてきました。まぁ社交辞令でしょうね。もうないと思いますよ」


「そうか」


 絶対にまたあると思うけどな。


「じゃ。先に行きますね」


「ああ」


 俺は頷いて、六花がリビングを出るのを確認する。


 そして、隠しておいた制服一式を詰め込んだ袋を取り出して、家の窓から外に出る。


 窓の鍵はどうするのかって?


 開けたままだよ。


 小走りで外を走ると、すぐに六花を発見する。


 俺は少し離れた位置から、制服に着替えつつ彼女の後を追いかける。


 大通りに出て、そろそろ、他の学校の生徒もちらほら見えだすだろう。


 とりあえず今日は大丈夫かな。


 そう思った時だった。


 自動販売機のかげから、九条くんが出てきて話しかけ始めた。


 あいつ。ホントにしつこいな。


 俺は、九条くんと六花の間に入った。


「チッ。またてめえかよ」


 九条くんが舌打ちする。


「あ、警察ですか?」


 俺は110に電話した。


「今、銀髪の男にお金を出せって言われてて……はい。はい。あ、ありがとうございます。待ってます」


「おま、なに警察に電話してんだよ!!」


「すぐ来てくれるって」


「チッ。付き合ってられっかよ」


 そう言って、九条くんは踵を返して、去っていった。



 後ろを見ると、六花は茫然としているようだった。


「そろそろ話す気になったか?」


 俺の質問に、六花は微妙な表情をするだけだった。


 まあ、想定内だ。


 六花の口は堅い。


 だったら、軽い方を開けるだけだ。



 日付は一気に飛んで、その週の日曜日。



 俺は、ほたる先生を呼び出してとある喫茶店に来ていた。


 『OverTime』という名前の喫茶店だ。


 ほたる先生は、俺の姿を見つけると「あ、高羽くん! やっほ!」と声をかけてきた。


「こんにちは先生。アイスコーヒーで良いですか?」


「うん。甘いやつね」


 羽織っていたカーディガンを脱いで、先生は俺の前の席に座る。


「じゃあ冷たいカフェラテにしますよ」


「うん。お願いね」


 店員を呼ぶと、髪の長い同年代ぐらいの少女が注文を取りに来た。


 高校生だろうか?


「ご注文は?」


「わ。綺麗な子」と、彼女を見た先生が驚く。


「元アイドルなので」


 そう言って、髪の長い店員はニコッと笑う。


「え? 元アイドルなの? 名前は?」


「真白です。真白ゆき」


「なんだ冗談か。びっくりさせないでよー」


「あはは。ごめんなさい」


 有名な名前なのか?


「それで、ご注文はいかがされますか?」


「ええと、アイスコーヒーと、アイスカフェラテを1つずつ」


 俺が言うと、彼女はこっちを向いて、


「かしこまりました。ご注文を繰り返します。アイスコーヒーと、アイスカフェラテを1つずつですね?」


「はい」


 注文を取り終わると、彼女はすぐに去っていった。


「綺麗な子だったねー」


「そうですね。どっかで見たような気もしますね」


「あ、そうだ。それで? 今日は何の用だったの?」


「これって、なんだか知ってますか?」


 俺は、先日玄関で拾った三角形のプラスチックの物体を見せた。


「ん? ああ、ピックだね」


「ピック?」


「ギターとか弾くときに、使うヤツだよ」


「九条くんって、バンドやってるんですよね?」


「うん。ギターかベースをひいてるらしいよ。真紀子なら詳しく知ってるよ。呼ぶ?」


「はい。今から呼べますか?」


「ご飯を奢るって言えばすぐに来ると思うよ」


「俺。出しますよ」


「一万円は覚悟してね」


「高ッ。喫茶店で使う金額じゃないですね」


「それが真紀子クオリティ」


「わかりました。一万円だしましょう」


「いいよいいよ。ここは私が出すから」


「いえ。そんなわけには」


「その代わり、今度いっかいデートしてよ」


「は?」


「私とじゃいや?」


「いや。自分のクラスの生徒とそんなことしてたらクビになりますよ?」


「そしたらアイドルやるからいいよ」


「永遠の18歳ですからね」


「まさか。100年ぐらいだよ」


「ほぼ永遠に等しい」


「とりあえず1回。約束したからね」


 強引すぎる。


「じゃ、いずれということで」


「よし。交渉成立だね。じゃあ呼ぶね」


 ご満悦の様子で、先生はスマホを操作し始めた。


 そんなに俺とデートしたかったんだろうか?


 いや、さすがに考えすぎだな。


「すぐに来るって」


 アイスコーヒーを飲んで待っていると、真紀子さんは10分ぐらいで来た。


 ほんとにすぐに来たな。


 真紀子さんは紙袋を大量に抱えながら、、


「いやー。ちょうど街中の高級ブランドショップに来てたから丁度良かった」


「凄い量の紙袋だね」と、ほたる先生。


「いやー買った買った。店員にのせられて、買いまくったわ」


「10袋以上あるよね?」


「っていうか。この店ずいぶんと混んでるのね?」


 真紀子さんはキョロキョロと他の客が座ってるテーブルやカウンターを見る。


 店内はほぼ満席だ。


「ほらほら。君。席、ちょっと詰めて」


 俺の横に座るのかと思って、ソファを奥にずれる。


 しかし、


「はい。じゃあコレよろしくー」


 彼女は、俺がずれた場所にそのまま紙袋の束を置いた。


「そんなに遠くないから。安心してね」


 は? え? この人、俺にこの紙袋を運べって言ってるのか?


「ほたるもほら、席、詰めて」


 ほたる先生も奥にずれて、俺の正面に移動する。


 ドスンと席に着いた真紀子さんは、メニューを開いて、呼び鈴を押した。


 え? 呼び鈴おすの早くないか?


「ご注文ですか?」


 今度は高校生ぐらいの男の子が来た。


 この店、未成年しか働いてないのか?


「この店って何が美味しいの?」


 真紀子さんが聞いた。


「だいたいは美味しくないですね」


「は? やだこの子。面白い」


「ありがとうございます。何とか食えるのは、ナポリタンぐらいです」


「じゃあそれちょうだい。あと、肉が食べたい」


「それだったらカツ丼があります。隣の店から買ってくるので美味しいですよ」


「やだ。この子面白い」


 そんなやり取りをしながら、真紀子さんはかなりの量を注文した。


 真紀子さんがカツ丼とナポリタンとハンバーグとピザと季節のパフェを同時に食べていると、ふいに声が聞こえてきた。


「ほら。座れよ」


「わかりました」


 高校生ぐらいの男女の声だ。


 彼らは、俺とほたる先生の横に置いてある、大きな観葉植物のすぐ隣の席に座った。


 目立つ銀髪が見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る