スターブル(4)

 拓馬真の戦闘スタイルはボクシングスタイル。


 対しバチは、拳を握らず7割方手の平を開いた状態。手は肩幅ほどの間隔を開け胸元辺りで構える。右足を一歩程前に出し、右方向にやや重心をおく。


 拓馬は身長192㎝体重90㎏。しっかりとしたガタイの割りにフットワークは軽い。拓馬は元プロボクサーだった。


 拓馬はバチへ数回ジャブを放った。


 バチはそれを左右に体を揺さぶり躱す。


 拓馬はジャブで牽制し、次に左フック。左フックはバチの右肩に当たり、バチの体は一瞬、左方向へ浮いたように見えた。


「まだウォーミングアップだろ?」


「ああ」


 バチと拓馬は再度互いの間をはかる。


「その構え……軍隊格闘術だな。心臓を守るような手の位置と、心臓を隠し的を小さくするその姿勢」


「……」

 バチは何も答えない。


 少し沈黙の後、今度はバチが拓馬に問う。


ひびきと言う男を知っているか?」


「響?」


「響丈一郎だ」


「丈一郎……。お前、丈さんの知り合いなのか?」


(やはりな……)

 バチの顔は次第に険しくなる。


「拓馬‼」

 大声で叫んだのは副リーダーの斎藤宗。


「余計な事は言わなくていい」


「――だそうだ」

 拓馬からはこれ以上の話を聞き出せそうない。


「力ずくでも聞いてやるさ」

 バチの目は明らかに先ほどとは違う。拓馬はバチと響との関係にただならぬモノを感じた。


 

 傍近ぼうきんではザイが三人の鉄パイプを持つ男達の相手をする。その身のこなしは実に軽やかで、全ての攻撃をザイは躱す。


「三人が同時に鉄パイプを使うのって意外とやりにくいだろ? 失敗すれば同士討ちだもんね」


 ザイは大井の振るう鉄パイプを躱した直後に、腕を掴みまたへし折った。


「うああああぁ」

 大井は腕を押さえうずくまる。


「コラーてめえ!」

 

 直後、望月と友永は同時に鉄パイプによる攻撃を行う。それを躱しきれないと判断したザイは右手で頭を庇い、右足を九の字に曲げ体を縮こませると、鉄パイプによる打撃を耐えた。


「あー、痛い痛い。痛いなーー」

 ザイは足をさすりながら、すぐさま二人との距離を開ける。


「じゃあ、こっちもなにか使っちゃおうかな?」

 ザイは朱里の方を振り向いた。


 察っした朱里はズボン下に隠し持っていた折りたたみ式の警棒をザイに投げ渡す。ザイは警棒を一振りし伸ばした。


「さあ、仕切り直しといこう」

 ザイは警棒を手に再び構える。


 望月が鉄パイプでザイに襲い掛かる。ザイは右手の警棒で鉄パイプを弾き、左膝で望月のみぞおちを蹴り上げる。たまらず「ぐぅっ」と声を発し、腹を押さえる望月。それを庇うように横から友永が、鉄パイプで殴りかかる。

 

 咄嗟に望月の胸ぐらを掴み望月の体を友永にぶつける。望月と接触し、よろめいた友永の脳天にザイは力一杯警棒を叩く。友永は頭部から出血、白目を剥き倒れ込んだ。


「あっ……友永!」

 その様子を見て望月は大きく動揺する。


「まさか、お前達から襲い掛かってきて死ぬ覚悟ができてないとか言わないよね?」

 ザイはヘラヘラと笑っていた。


「いや、俺はそこまで……」

 望月から段々と戦意が失われていく。じりじりと後ろに下がる望月に詰め寄ったザイは、友永と同様に望月の頭部を警棒で強打する。望月も頭部から大量の血を流し気を失った。ザイは何度も二人の頭を警棒で殴打する。殴られ過ぎた二人の頭からは血と一緒に何かがはみ出していた。


「安心してくれ。後始末のプロを俺は知っている」

 ザイは倒れた望月のシャツで、警棒についた血を拭き取り朱里に返す。


「あとは、拓馬真と斎藤宗だけね」

 朱里も平然としていた。


 二人は、10m程前方にいるバチの方へと向かう。



 バチと拓馬の状況を目にしたザイは「どうやら、こっちもそろそろ終わりみたいだな」と、ボソっと言った。


 拓馬は「はあはあ」と、息を荒くし膝をついていた。対しバチは涼し気な顔で拓馬を見下ろす。


「この俺が全く歯が立たない? だと……」

 拓馬は力を振り絞り立ち上がる。


 拓馬は握りしめた拳でバチの顔面を殴ろうとする。


 バチはその右ストレートを軽く手でいなし、拓馬の腹部を殴る。拓馬は苦しそうに腹を押さえ再度膝をついた。


「うん、問題なさそうだ。俺はあそこにいる斎藤君に相手してもらおうかな?」

 ザイはそう言い斎藤の方に目をやる。――とその瞬間、「パンッ」と大きな音が倉庫内に響き渡る。


 斎藤が拳銃を上方へ向け、発砲したのである。


「チャカまで持ってんのかよ……」

 ザイは驚き足を止めた。


「もういい、拓馬。切り上げるぞ、こっちに来い!」

 斎藤はバチ達の方へ拳銃を向け拓馬を呼ぶ。


「おっ、おう……」

 拓馬はふらつきながら背後の斎藤の方へよろよろと歩いて行く。


「……」

 バチが逃がすまいと動いた直後、またも斎藤が発砲。バチの1m先ほどの地面に着弾する。


「次は当てるぞ」

 斎藤はドスの利いた声で言う。


「アイツは本当に撃つよ」

 朱里はバチとザイを止めた。


 拓馬は斎藤の傍に行き「すまねぇ」と、一言謝る。


 斎藤はニヤッと笑う。

「まあ、こんな日もあるさ。今日は負けだ」


 そして、続けて言う。

「次はこうはいかない。せいぜい、日頃から気を付ける事だな」



「汚ねえ手を使いやがって」

 ザイは苛立っていた。


 すると、バチが何かの気配に気付く。



「知り過ぎたお前達に次はない……」

 どこからか、そう聞こえてきた直後に倉庫内の電気が一斉に消えた。


「なんだよ。何も見えねえぞ」

 ザイは驚き手で辺りを探る。


「ちょ、ちょっと何処触ってんのよ。馬鹿!」

 

 ザイの顔を朱里が張り手をする。


「――ぃって! お前等、見えてるの?」

 頬を擦るザイ。


「ええ」


「ああ」


 バチと朱里は電気が落ちる瞬間に目を瞑っていた。


 目を瞑った状態で暗闇状態になった場合、少し時間をおいて目を開ければ意外にぼんやりと回りが見えるのである。


 拓馬と斎藤もザイと同様、暗闇に対応できず辺りをキョロキョロと見渡していた。


 刹那、斎藤の喉元にひんやりと冷たいモノが当たる。


「がっ……アガガガ……が」

 何かが吹き出す音と斎藤のうめき声が聞こえる。


「グ……がぁ……ヴヴぅぅ」

 続いて拓馬からも呻き声が聞こえてくる。


 そして、辺りは静まり返った。


 それから10分程経ったであろうか? ようやく朱里が倉庫の配電盤を見つけ、落ちていたブレーカを上げた。


 明るくなった倉庫内で、バチとザイの目にしたのは血に染まり横たわる拓馬と斎藤の姿であった。


仕済班しすいはんか……」

 バチは小さな声で呟いた。


「何よ、それ?」

 戻ってきた朱里がバチに聞く。


「俺達の組織の特殊部隊だな。後処理専門部隊だよ」

と、ザイが言う。


「なるほど、始末専門の殺し屋みたいな感じね」


「ああ」


「でも、どうして?」


 バチは斎藤の横に膝を下ろし、開いたままの目を優しく閉じた。


「何故だろうな」


「……」


 突如、殺された拓馬と斎藤。


 そして二人の口から出た『響』と言う名前。


 その後、黙して話す事のなかったバチとザイの心情は?

 朱里には全てが謎のままであった。       ……第一部 完


  




  




 




 






 

 










 

 

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罪と罰  ヨルノ チアサ @yorunotiasa

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