第14話 八日目、蝉の声が聴こえない

 ふと思い出したようにカツトシが「あの男、結局僕のカツ丼を食べ損ねて死んだわね」と呟いた。それを聞いていたノゾムは、「悔しがってるでしょうね、あの人」と頷く。

 愛染勝利はそれだけ言って、「後は持っていく」と話した。「むかし見送った家族とか友達とかといっしょに、持っていく」と。それ以降カツトシがタイラについて話すことはなかった。ノゾムは彼のそういうところを好ましく思っていたので、「いいっすね、そういうの」とだけ言った。


 靴を履いて、玄関を開ける。湿度をはらんだ熱気がノゾムの全身を包んだ。夏も終わりかけとはいえ、まだまだ暑い。

 歩いていると、引っ越し業者のような人たちとすれ違って頭を下げる。その中に知っている顔を見て立ち止まった。

「どうも。えっと……」

「瀬戸よ、瀬戸麗美。透明病だった」

「ですよね。退院、ですか?」

「ええ。まあ、治ったかどうかわからないけど透明にならなくなったから」

「オメデトウゴザイマス」

「何よその棒読み」

 いや、とノゾムは頭をかく。「マジで思ってますよ。よかったな、って」と目を伏せた。「ただ」と迷いながら口を開く。


「タイラさんのこと、好きだったんじゃないかと思って」


 麗美は目を見開いて、「まあ、あれだけみっともなく泣けばわかるわよね」と苦笑した。『あの人は気づいてなかったろうけどな』とノゾムは思ったが黙る。

「ちょっといいなと思ってただけよ。私もだいぶ不安定だったし、それで縋っちゃっただけ。悪いことしたと思ってるわよ、あんなに泣いて」

 瞬きをした。麗美は空を見上げて、「あー青い」と呟く。ノゾムも思わずそちらを見た。


「彼、死んじゃったの?」


 こちらを見ないままで、麗美は尋ねてくる。「どうしても確認する勇気がなくて」と、その声が少しだけ震えていた。ノゾムはとっさに、「いや……今から行くとこです、あの人の部屋」と答える。ついて来ると言い出したらどうしようかとドキドキした。麗美は青空から目を離して、「そう」と言った。

「じゃあね。恥の上塗りだから挨拶行かないけど、“あんたのおかげで今日空が綺麗だった”って言っといて」

「……はい」

 清々しく、麗美は去って行く。その後ろ姿を眺めながらノゾムは頭をかいた。「嘘……ついちゃったな」と呟いた。それから顔を上げ、「嘘じゃなくしとくか」と歩みを進めた。


 中庭を突っ切って、隔離病棟の前に立ち止まる。日陰のプールサイドに、都が腰かけていた。水音が響く。こちらを振り向いた都は穏やかに笑って「こんにちは」と言った。

「どうも」

「来てくれて嬉しい」

「まだまだ暑いっすね」

「本当にね」

 何と言っていいかわからず、ノゾムはぼんやり森の奥を見る。「そういや」と口に出す。

「いつ出来んだろう、例の」

「ああ、グループホーム。来年には、と柊さんが言っていたけれど。色々と手続きが必要だろうし、人手もこれからでしょうから……実際に使えるようになるにはもう少しかかるかもしれないわ」

「……寄付でもあったんですかね」

「そうかもしれない。心当たりは何人か」

「ですね」

 ふふ、と都が可笑しそうに笑った。「だけど結局動いているのは柊さんなのだから、本当に大変ね。お手伝いしたいくらいだわ」と話す。「あー、マジでそうですよね。お世話になりすぎて、何か返したいぐらいっす」とノゾムも笑いながら肩をすくめた。


 そうだ、と都が瞬きする。

「奥の病室、すっかり綺麗になったみたい。もう業者の方も見かけないわ。……しばらくは、使われないといいのだけど」

 奥の病室とは、隔離病棟の一番奥。つまり平和一が入っていた部屋のことだろう。あれは高熱発火病の患者のための病室なのだと、最近知った。彼と一緒に燃えて真っ黒に焦げてしまった部屋を復旧するために、しばらく業者が入り浸っていた。そうか、復旧したのか。


「1ヶ月、経ちましたね」

「あら……もう1ヶ月」


 タイラが死んで1ヶ月。タイラと出会って、2ヶ月だ。

 風は秋に近くなり、トンボが連なって飛ぶ。都はプールの水をすくい、指の隙間から流れていくのを見ている。

「実結に、言えていないの」そう、呟いた。


「たとえば彼はもう退院したことにして、『いつかきっと会えるわ』と伝えることはエゴだと思う? じゃあ、『彼は死んでしまってもう二度と会えない』と告げることは? 何を言っても“私がそう言いたいだけなんじゃないか”と考える。私は、『彼とまた会えるかもしれない』と嘘でも話したい。だけど同時に『彼は死んでしまった』と言ってしまいたい。『絶対に忘れちゃダメよ』と」


 ひどい母親ね、と都は笑う。ノゾムは少し考えて、「ミユちゃんはタイラさんのこと、知ってるかもしれません」とだけ言った。目を丸くした都が、自嘲気味に「そうよね。今はあなたたちの方が長くあの子といるのだものね」とため息をこぼす。

「考えてみれば1ヶ月だけ一緒に過ごした人の思い出が、1ヶ月で消えないというのは不思議なことね」

「まあ……そうっすね。それぐらい簡単ならいいのにと思います」

 ノゾムも都も2人で黙り、耳を澄ませた。静かだな、と考える。


『あの人はユキエさんに惚れてたんじゃないですかね』


 そう言おうとして口を開き、そのまま飲み込んだ。さすがに無粋かと思ったからだ。都はわざと音を立てて水面を蹴った。その様子はどこか、不貞腐れた少女を思わせる。「私だけがこんなにも、」と言った。しかしすぐに気を取り直したようで、「今日はどうしてここまで来たの?」とノゾムに尋ねる。

「あー……。訳あって、あの人の部屋に」

「そう。帰りにも寄ってくれたら嬉しい」

「もちろんっす」

 都に手を振って、ノゾムは隔離病棟に入った。




「どうも。ご無沙汰しております」


 そう声をかけられて、ノゾムは立ち止まる。廊下の真ん中、まるで置物のように美しい所作で少年は目を細めた。

「……アキラクン、っすよね」

「覚えていただいていたなんて、嬉しいです」

「そりゃ覚えてますよ。でも……顔を見たのは初めてだ」

「ああ。そういえばそうでした。よく、僕だとおわかりになりましたね」

「声で」

 そうですか、と章は微笑む。「その後、お加減はいかがですか」と聞かれたので、「概ねいいっすよ」とノゾムは肩をすくめた。


「章くんはこの療養所を出たんでしたっけ」

「ええ、まあ。治されてしまったので」

「残念そうだなぁ」

「不謹慎でしたね……申し訳ありません。今日は母を見舞いに参りました」


 美雨様、とノゾムは呟く。「どう、ですか」と聞いてみた。章は苦笑して、「元気ですよ。ぜひ会いにいらっしゃってください」と言う。

「もしかしたら……皆さんのことは忘れてしまったかもしれないけれど」

「……みんなで会いに行きますよ。何度だって、自己紹介します。そのうちネタ切れしちゃうかもっすけど」

「ありがとうございます」

 歩きながら章が「タイラさんの部屋に?」と首をかしげた。ノゾムは黙って頷く。そうですか、と章は神妙な顔をした。


「そういえば、」

「ええ」

「グループホームが建つって噂ですけど……もしかして多額の寄付とかされたんすか?」


 章は吹き出す。「そういったことをお聞きになるのはいささか俗物的に過ぎるかと」と言いながら面白そうにノゾムを見た。「すみません」とノゾムは言って反省する。

「まあ、少しは……。このサナトリウムには大変お世話になっておりますし」

「やっぱりそうなんすね」

「でも僕らだけではなくて、色んな方々の想いが募った結果かと」

「想い、っすか」

「グループホームが建ったら、その時は管理人でもさせていただこうかな。母の近くにいられますし」

 それはいいっすね、とノゾムは頷いた。それにしてもこの少年の歳はいくつなのか。管理人ができる年齢なんだろうか、とノゾムは考える。まあ、いいか。

「章くんらから多額の寄付があったとすると、」

「そう多額ではないのですが」

「隔離病棟に柵のひとつでもつけるのかなぁ。警備とかもっと厳重にして」

「おや、そんな話が?」

「前にタイラさんの病室で話したんすよねえ。ちょっと警備が薄すぎないかって。柊先生が、『多額の寄付を待つしかない』とか言ってたんで」

 ああ、と章は納得する。「そうなるかもしれませんねえ」と間延びした声で言った。


「色々あったのでしょう? 銃を持った不審者が侵入してきたのだとか。タイラさんがよく怒っていましたよ、『あいつらは危機感が足りねえ』って」

「そうは言いますけど、あの人もだいぶガバじゃないすか? いつ行っても部屋の鍵開いてましたよ」


 すっと、章の表情が固まる。笑顔が翳って、「そうですか……あなた方は、そんな風に」と呟いた。「どうしたんすか?」と顔色をうかがう。章は笑顔のままだったが、どこか怒っているようにも見えた。

「あの方が鍵を開けていたのは、いつだか皆さんが人に追われてあの方の部屋に逃げ込んだ日からずっとでした。あの病室は防火壁に囲まれていて周囲の音を拾いづらかったから、皆さんが逃げてきたときに気付かずに過ごすことを避けたかったのではないでしょうか」

 虚を突かれて、ノゾムは立ち止まる。章も立ち止まり、表面上ひどく穏やかに「ご存知なかったですか」と問うた。

「恐らくそのような、皆さんの感知できないようなもので溢れていたのだと思います。今更数えることもできない愛が」


 確かに。あの日、タイラの病室に逃げ込んだその時には鍵がかかっていた。あの日から……鍵を、開けていたのか。わざわざ、どんな時でもノゾムたちが逃げ込めるように。タイラ自身誰より衰弱していきながら、変わらず守るつもりでいたのか。

 それから、タイラが例のコレクターを殴った日。あの日の彼はひどい状態だったのだ。それでも、走ってきた。そんなことをするメリットなんてなかったのに、来た。

『あの人、いいひとでしたよね』と笑えればよかった。いい話にできればよかった。そのひとつひとつの行為に“愛”なんて名前をつけられなければあるいは。


「愛してたって言うんですか。あの人が、この前会ったばかりのオレたちを?」

「どうしてお気づきにならなかったか不思議なくらいです」

「善意、でしょ。だってなんか、あの人は誰にだってそうじゃないすか」

「思うに皆さんに出会ったその時にはすでに善意から好意に傾いていて、それが愛に変わっていくのをあの方自身止められなかったのではないでしょうか。僕は皆さんにあの方を紹介して……そのようになるとは夢にも思いませんでした。後悔したほどです。無責任なことをしたと思いました。こうして別れることは決まっていましたので」


 だけれど、と章は目を閉じる。「あなたとお話ししているうちに考えが変わってしまいました」と囁いた。


「あなた方の中にも、タイラさんの存在が傷として残ればいいのに。間違いなくあの方は、皆さんを愛していましたよ」


 パッと目を開けた章がにっこり笑って、「八つ当たりのようなものです。忘れてください」と話す。『忘れられないでしょう?』と暗に言われているような気がして、ノゾムはうろたえる。そのまま章は去って行ってしまった。

 残されたノゾムはうつむく。そして、なぜ自分が、彼から貰ったものを全てただの善意であると思いたかったのか考えた。なぜ『あの人、いいひとでしたよね』と笑って済ませたかったのか。


(ああ、そうだ。あれが愛だったのなら)


 頬が濡れた。それが涙であると認識する前に、ノゾムは雑に拭う。そのまま皮膚に染み込んでいった。


(オレたちはそれを、返さなきゃいけなかったのに)


 泣きながら歩く。視界がぼやけてよく見えない。


(そしてそれを、オレは薄々わかっていたのに。でもあの人を愛したくなくて、わからないふりしてた。だってあの人は死ぬんだって知ってたから。死ぬ人を好きになりたくなかった。あの人は自分が死ぬとわかっていてもオレたちを大事にしてくれたのに。自分のいなくなった世界でもオレたちが幸せになれるようにたくさん遺してくれたのに)


 色んなものを、振り払うように歩いた。奥の病室の前にたどり着いたとき、ノゾムは縋るようにしてドアを開けた。

 瞬間、煙草の香りが鼻をつく。ノゾムは顔を上げて、その姿に手を伸ばした。


「先輩っ……」


 風が吹く。あの人の上着が揺れる。『ああ、お前か。今日はどうした、腕でも取れたのか』と笑って――――


「あ? 何だ、お前」

 黒色と安っぽい金色の混じった髪。窓辺に立っていた男は、振り向いて顔をしかめる。ノゾムは脳内で風船ガムでも弾けたような音を聞いて、「あっ」と少し後ずさった。


「すみません……間違えました」

「? お前、この部屋に用があったんじゃねーの」

「……っすね。オレ、この部屋にいた……人、に用があって」

「ここの患者、死んだんじゃなかったっけ?」


 思わず、拳を握る。喉の奥の方で何か潰れたような音がした。ノゾムは深く息を吐いて、「何してんすか、こんなとこで。あんた誰だよ」と吐き捨てる。

「んだよ、このガキ。お前、ここの患者の家族だったわけ?」

「……違いますよ」

「ならお前も何しに来てんだよ。自分のこと棚に上げて人に因縁つけんのはよくないねえ、僕ちゃん」

 ノゾムは言葉を失い、相手を睨んだ。汗などかくはずもない身体だが、思わず額を拭う。そうしてようやく気付いた。ノゾムはこの男のことを知っている。


「宝石病と涙石病の……」


 男がわずかに不快感を示す。「イマダだよ。イマダクルヒト。病名で呼ぶんじゃねーよ、クソガキ」と舌打ちをした。

 よくよく見れば男は背格好以外、平和一とは似ても似つかない姿だった。顔はもちろん、仕草の全てが違う。なぜこの男を、一瞬でもタイラと見違えたのかノゾムは考えた。


 そうだ、煙草の香りだ。この匂いを嗅いでノゾムは、それが平和一であると確信していた。


 そこまで考えて苦笑する。ありえない話だった。ノゾムはタイラが煙草を吸っているところに居合わせたこともなければ、その銘柄を聞いたこともない。それを『これは間違いなくタイラの吸っていた煙草の香りだ』と確信したとは。どうかしている。以前この部屋で、あの窓辺で、タイラとした会話が脳味噌のどこかに残っていて、そう思い込んだだけだろう。


 窓枠に頬杖をついて煙草を吸っているイマダに「……あの人と仲良かったんすか?」と尋ねてみた。肩をすくめたイマダが「1回だけ話した」と答える。

「その時、煙草を供えてくれと頼まれた。1ヶ月で死ぬやつなんて憐れだと思ったから、こうして来てやったんだ」

「……お供え物、消費しちゃってません?」

「何か意味があるにしても、無価値な行為なんて俺は願い下げだね。死人なんて副流煙で十分だろ」

 まあでも、とイマダは仏頂面で煙を吐き出す。「他人の銘柄なんて無理して吸うもんじゃねえな。からすぎる」と独り言ちた。


「一本、もらっていいすか」

「クソガキにやるもんなんて何もねえけど」

「じゃあ銘柄教えてもらっても」

「忘れた」


 苛立つノゾムの横で、イマダはふてぶてしく煙を吐く。輪になったそれは、ゆっくり空へ昇って行った。

「……名前も聞いちゃいねえが、まあ向こうに知った顔がいるってのは悪くねえ気分だな」

 そう、イマダは言った。宝石病と涙石病を患ったこの男も、恐らく先は永くないのだろう。


「お前、患者なの? 何の奇病だよ」

「縫合病と、無血病ですけど」

「へえ」


 イマダは煙草を壁にこすりつけながら呟く。思わずノゾムはそれを指さして「信じらんねえ! 綺麗にしたばっかなんすよ、この部屋」と叫んでしまった。煩わしげにイマダが「うるせえな。燃えてもいいようにある部屋なんだから、別にいいだろうが」と頭をかく。到底納得できずに、ノゾムは跡を消すように壁をこすった。

「お前さ、さっき」

「柊先生に言いつけますからね、マジで」

「お前、泣いてたな、さっき。血はなくても涙はあるんだな」

 動きを止める。ノゾムは絶句して、自分の手を見た。何も変わりない。繋ぎ目の粗い、布でできた皮膚だ。それでも、確かに。ノゾムは先ほど確かに泣いていた。

 だから何だ、と言ってしまえばそれまでだ。そこをどう判断するかは柊の仕事だし、ノゾムに専門的なことは何もわからない。


 ただ、恐らくただの人形にはなれないのだろうし、ただの人形でいなくてもいいのだと思った。それだけだ。


 気づけばイマダはこちらに挨拶も何もせずに部屋を去っていた。残されたノゾムは「何だあのひと」呟く。

 それから、タイラの姿を探した。なぜだか本当に、何の疑いもなく探していた。キッチンまで目を向けたところで、いるはずはないと気づく。ノゾムは笑ってしまって、「先輩」と口を開いた。

「瀬戸さんが……あの、透明病の人ですけど。あの人が……」


“あんたのおかげで今日空が綺麗だった”


 思わず、空を見た。「あんたのおかげで……今日、空が……きれい、だった」そう途切れ途切れに言う。「って、言って……」と、息も切れ切れに続ける。

 空の見え方が変わってしまうほどの出会いがあって、瀬戸麗美はこれからどうやって生きていくのだろう。もう二度と、平和一に会うことはないのだ。そして今、自分もそうだと気づいてしまった。誰もが、もう出会う前には戻れない。

「オレ、何しに来たんだよ」

 苦笑して窓を閉める。部屋を出る前に一度だけ振り向いた。何もない部屋だ。本当に、何もない。当たり前だ。彼が持ち込んだと思われる家具も何もかも、彼と一緒に燃えた。片付けられてしまったのだ。ノゾムに預けたゲームや本の類以外は。「ゲームでもやろうかな」とわざと軽い調子で呟いて、病室のドアを閉めた。




 ゲームを起動して、ノゾムは「データ残ってんな」と呟く。最終セーブデータは1ヶ月と1週間前になっている。ノゾムはそれをロードしてみた。

「……クリアしてないかこれ。ああ、してないか。裏ボス倒してねえんだな」

 何とかタイラのデータで倒せないものかと試行錯誤してみたが、不思議と歯が立たない。ノゾムは諦めて新しいデータを作ることにした。


 無言で進めていく。1日かけて、ストーリーの大部分をクリアした。そこまで長いシナリオではない。

 そして、タイラがなぜ最後の裏ボスを倒せなかったのかわかった。あれを倒すにはアイテムがひとつ必要だったのだ。それほどわかりづらい仕掛けではなかった。普通にプレイしていれば、見逃すはずがないギミックだ。しかしタイラはそれを回収できていなかった。

 生き急ぎすぎなんですよ、とノゾムは呟いた。


 夏が終わっていく。静かだなと思ったら、そうだ、蝉の声が聞こえなかった。全て死に絶えたのだろうか。夏が終わっていく。置いていかれたような気分だ。

 全てだった。少なくともタイラとノゾムたちが過ごした全てだった、夏は。それが終わっていく。

 テレビ画面にはゲームの真エンディングが流れていた。


「今度はもう少しゆっくりプレイできるといいっすね、先輩」

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