3-4 空ハ滋イ、
「最近、赫の様子がおかしい」
朝イチの出撃を終え、夕刻の哨戒までには少し時間がある。伝達事項が終わった後に食堂へと向かった直は、武器のメンテナンスを頼んでいたノーラと打ち合わせがてら昼食を摂りつつ唐突にそう切り出した。
「……なんか、上の空や」
「いや、アイツいっつもふわふわしてっけどよ」
「そういう意味やない」
バスクの少し溜息混じりの揶揄い口調にも、いつもの調子が出ないのか唇を尖らせて直は返す。
「はいはーい、どうしたのスナオ、やきもち?」
「そもそも焼くモチがなか」
「そのほっぺには何を入れてるのかなーっと」
餅のように頬を膨らませて答える直に、心配しつつもノーラの口からぷっと笑い声が漏れた。意図せずに頬を膨らませていたことに気づいた直が、ばつの悪そうな顔をしてふうと息をつく。
「あいつ、絶対なんか隠しとる。でもなんや、浮かれとるんか自分に自信がないんか……ヘラヘラ笑って誤魔化すだけや」
「あれでしょー、最近街の配給任務の時に必ず会う美人の先生がいるんだってよ」
「んなっ……!!!」
「バカねーカクも。きっと自分に自信がついて言えるようになったら、スナオにも話そうって心づもりなのかもしれないけどぉ」
はぁい、とりあえず座って座って、と思わず立ち上がってしまった直にノーラは促す。
「こっちは心配しとったとに、なして」
「大事だからこそ軽々しく言えないのよ、きっと」
その言葉にますます眉間の皺が深くなった直に、ノーラは再び「ぷっ」と吹き出した。
「ああもうその表情、傑作! 誰かさんの仏頂面とそっくりだわ! やっぱ側にいると似ちゃうもんなのねーっ! ばかばか、スナオってば。逆よ、逆。カクはアンタなら絶対応援してくれるし、元気に祝福してくれるってわかってるからこそ、自分に自信がなくて言えないのよ……そう、怖いのよねまだ」
「はあぁあ!? そんなまた周りくどい……」
「そっ。あのめんどくさいビビりなコンプレックスさえなければ、カクは顔も悪くないし優しいんだけどねーっ」
「ふむ……ここは一つ、ハートマン少尉殿に女性の落とし方でも聞いておくとするか。我が分隊ではそこらへんが参考になる人員はいなさそうだし……」
「ほぉ、メンテもそこそこに急いで格納庫から飛び出したから何かと思えば、そんな話をしていたとは……貴様、随分と余裕だなシュヴァルべ」
真剣に顎に手を当て思案している直の頭頂部に、勢いよくゲンコツが落とされた。
「んなっ。少尉どのっ、どうしてこちらに!」
「貴様が「急ぎ確認したい事案がございますので!」なんて言い捨てていくからだろうが! 何かと思えばあの陸の下士官の色恋の心配だとは……」
「だってっ」
「貴様は人の心配よりまず自分の心配をしたらどうだ。全く……夕刻にも哨戒があるというのに飯も食わずにどこほっつき歩いてるかと思えば」
「それを言うなら少尉どのだって飯食っとらんやないですか! 自分は見ての通り、食事をする意思はございますっ」
語尾は荒いが別段怒っているというわけでもないらしい。目の前の仏頂面と、先ほど想像していた通りの人物が同じような表情をしてそこに立っているのを見比べて、ノーラは噴き出すのを必死に堪えた。
わざわざ陸の食堂にトレーも持たずに立っているこの直の上官こそ、「心配して追いかけてきました」がバレバレなのだが、それに気づいているのも恐らく自分だけだというのかなんだかむず痒い。
「あっ、ルードルマン少尉も一緒にお昼どうですー? どうやら少尉もお昼まだみたいですし、お時間あるのなら」
「あ、ああ……。そちらの会話を俺が聞いてしまっても問題ないというのなら」
「大丈夫ですって。ほら、バスクもいますし。ねっ、スナオ?」
うん、と先ほど自分に噛みついてきた口調と一転して頷いた直の様子に、一瞬の躊躇が邪魔をしたルードルマンは断るタイミングを失う。
陸の連中からすれば、あのルードルマンを普通に誘うノーラのコミュ力もだが、どういう経緯かそこに大人しく着席した魔王のような空軍エースの存在にどよめきを隠せないといった様子だ。
「これは大チャンス! 間近で観察できるなんて滅多にないじゃない」と個人的な要チェック対象の二名が目の前にやってきたノーラが、ウキウキした表情でひっそりと呟く。ご機嫌なその様子に、少々呆れて悪態を吐きつつもバスクは妙に安心したのだった。
明るく、誰もの話を聞く——しかも腕利きの整備官としてノーラは隊の中でもかなり信用されている。だからこそ自分の担当を任されたのだろうが、機械や武器を扱っていない時の彼女は一見してハキハキと明るく強そうで……だけど敢えてそう振る舞うようにしているのをバスクは感じている。
だからこそ赫ノ助の事だって気がつくし、その内心を読んで寄り添おうとしているのだろう。「お人好し」については完全にノーラもその同類だと思わなくもない。
「で、仕事が手につかんほどに心配なのか」
「いや、別に任務についてはちゃんとこなしとるやないですか」
「いや、だからその……」
人を寄せつけない程の恐ろしさというよりかは、直から聞いている限り本当に単なる口下手らしい。
自分の部下が他所の配属の、なんなら自分よりも付き合いの長い同期の事で考え込んでいるのが心配でもあり——若干気に食わないのだろうというのが漏れ出ている。
それについては全く持って感じ取ってない直とのギャップが、側から見ていてノーラにはとても面白い。ここにハートマンがいれば、いい感じに茶々を入れてくれそうなものだが、別段ルードルマンとはそんなに付き合いの深くないノーラにとっては荷が重い話だ。
「少尉どのならどうしますっ?」
「——は?」
「民間の方と接点ができて、美しい優しい御令嬢で、仲良くなりたいなぁって思ったら!」
直としてはにこにこ参考までにと、敬愛する上官に問いかけたのだろう。
……しかしその場にいた全員が瞬時に思った、「絶対に聞く相手を間違えている」と。
「……お前は、どうなんだ」
「ふへっ?」
質問に質問で返すという最大の悪手を、この手の話題には絶対にど天然をぶちかますであろう部下に放り投げるルードルマンである。
直としても、単純に上官に意見を求めただけであるのに、事態は水面下で泥沼の様相を呈してきていた。
「うーん、うーん。自分はそげん経験がないのでわからんですね。とりあえずお話しに行くかもしれませんね」
「そ、そうか」
「おい花畑、どうにかしろよこの情緒ハイスクールみたいな会話……」
耐えられなかったのだろう、たまらずバスクが割って入る。彼としても、自分ほど人間的な生活をしていない者の方がツッコミを入れる側になってしまった事に若干頭を抱えている始末だ。これに対し「えーもうちょっと眺めてたかったのにぃ」とは、隣にいるノーラの談である。
「国防が任の私たち軍人でも、民間の方と接して惹かれ合うのは全然問題もないし……それがご縁になる人もいますもんね。ただ、カクについてはどうしてあんな引いたような姿勢になってるのかってスナオは心配してるんですよ。スナオ的には、彼がなんだか調子が変に見えて」
「そう! そう! それが言いたかった!」
さすがノーラ! と嬉しそうに手を叩く直に、怪訝そうな表情を浮かべるルードルマン。そんなに色めき立つほどの事かと言わんばかりの表情だが、自身がその辺りの機微を汲んであげられなかった故のフォローだという事はそもそも頭から抜け落ちているらしい。
「であれば。本人の身を滅ぼさん程度であれば、自由ではないのか……これは俺の意見だが」
「まあそれもそうなんですがね……少尉どの、蚊帳の外におらずもっと踏み込んで来てくださいよぉ! もっとほらっ、例えばご自身や身内に同じような事が起きたらどげんします?」
若干の揶揄い口調にルードルマンの眉間の皺が一気に深くなる。遠目から窺っていたであろう隊員達が少々ざわついたようだが、機嫌を損ねたわけではないと理解している直にとってはどこ吹く風だ。
いまいち的確なアドバイスが思いつかなかったのだろう。軍人として、直の上官として、双方の面から思案した末にぼそりとルードルマンは口を開く。
「……任務に支障が出るようであれば引っ叩いてやれ、貴様はそれが得意だろう」
ふん、とそっぽを向いたその態度は一見すると素っ気ない。
だが彼女なら何かあっても真っ直ぐな道に戻してやれると、言葉の端々にその信頼を感じとった直は「はいっ」と一言元気に返事をするのであった。
連合軍第13師団飛行部隊 ~四◯四分隊のツバメちゃん~ すきま讚魚 @Schwalbe343
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