3-3 ソノ春ハ、

 再会は、意外とすぐに訪れた。

 特殊部隊といっても、常日頃から戦闘訓練や緊急出動の待機ばかりではない。街の警護も異能力者のいる班が一つは割り当てられていた方が安全だということで、基地外の任務もローテーションでシフトに組み込まれている。この日も、避難民や移民で構成されたシェルターへの物資配達のメンバーとして、たまたま赫ノ助の班も組まれていたというだけだった。

 スオミの街並みは美しいが、そこに従来住んでいた人々と避難してきた移民の生活はまた異なっている。一軒家やアパート等の設備が揃うには到底人手が足りず、加えて新たに住居を得るには土地も人数もキャパオーバー気味という状況だ。

 それぞれの区画に分けて、多くの避難民達はシェルターの中で生活を共にしている。その居住区の定期的な消毒や見回り、物資の支給も軍が中心となってサポートしているのが現状であった。


「あらっ、この間の」


 ふわりとした声に誘われて、思わず赫ノ助は振り返る。運が良ければ会えないかなぁという下心が思いきり当たってしまった事に一瞬幻覚を疑ってしまった上、「うわっ」という素っ頓狂な声をあげてしまい、気恥ずかしさにそのまま勢いよく俯いてしまう。


「わっ、ええと、お久しぶりです。あのっ」


 両手が荷物で塞がったまま、下がってきた軍帽を上げ直そうと必死に上を向く。

 その様子が面白かったのか、ふふふっと優しい笑い声が聞こえてきた。


(よかった、今日は笑ってる……)


「す、すいません俺びっくりしちゃって。今日はどうしてこちらに……?」


 いやどうしてって、多分避難民だから住んでるに決まってんだろ。何同じ軍人目線で話しかけてんだよ俺。そんな内心のツッコミは今日も健在だ。


「私、ここで子供達の勉強を見たり……先生みたいな事をしてるの。教師になる夢があって、勉強もしてたしライセンスだけは持ってたから」


 手伝いましょうか? と差し出された手をやんわりと断る。流石に持っている荷物を女性に分担してもらうほどヤワではない。


「先生かぁ……素敵ですね。お姉さんみたいな美人に教わるなんて、子供達も張り切っちゃうんじゃないかなぁ」

「あら、お上手ね。でもなんていうのかな、皆が優しくて学びたい気持ちがあって。逆にそのおかげで私が先生やれてるって感じ」


 結構な勇気を出して誉めたつもりが、さらりと流されてしまったような気がしてそこもまた何だか難しい。幼い頃、学校に行くことにあまり楽しさを感じていなかったような気がする赫ノ助は「ふぅん」とつい気のない返事をしてしまう。


「そういえば、ご家族の方とは連絡取れました?」

「ええ、一応ね手紙はくれるのよ。昔はお姉ちゃん子でとっても可愛かったのに……真面目なのかすっごく文章が固いの。元気でやってるみたいだからいいんだけど、時々ちょっと物足りないというか、寂しいのが本当のところ」

「あっ、弟さんなんですね」


 てっきり親父さんだと思ってた。歳は近いんですか? 等と他愛もない会話をぽつぽつと交わしていく。

 思ったよりも会話が続くなぁと思えば、なるほど赫ノ助の荷物の行き先がその教室であった。シェルター内の区画のとある角を曲がれば、おおよそ六歳前後から十歳超えたくらいの子供達が十数名ほど、「せんせー」という黄色い声と共に駆け寄ってきた。


「わぁ! 先生が軍人さん連れてきた!」

「何か教えてくれるの?」

「軍人さん、それなぁに?」


 軍服ではなく、戦闘に移行してもそのままで大丈夫な迷彩の戦闘服姿なのに、案外朗らかに迎えられたのも、もしかしたら彼女——フリューリンクの柔らかい人柄ゆえなのかもしれない。

 あっという間に囲まれた赫ノ助は、荷物や携帯している銃が子供達に当たらないようにそっとその場にしゃがみ込む。


「皆にパンと牛乳を届けにきたんだよ。先生が道案内をしてくれたんだ」


 物資を開けて配り始めると、わぁいという素直な声があちらこちらから上がり、またもや赫ノ助は囲まれる。ちょうど後ろから来ていた同じ班の先輩伍長が、あまりの馴染み具合に思わず笑って声をかけてきたくらいだ。


「軍人さん、おめめが金色だ!」

「先生みたい、珍しいね」

「とってもきれー!」

「もう皆、お兄さんもお仕事なんだから、そんなにくっつかないの」


 すみません、と笑う彼女に「いえいえ」と笑顔で返す。

 目の色を言われたときにはどきりとしたが、子供達の純粋な目にはさほど変には映らなかったらしい。


「本当。私と弟も、だいぶ珍しいって言われるんだけど。とっても綺麗な目をしてらっしゃるんですね」


 あ、やば。これは溶ける。

 一瞬、全身の血がかあっと熱く巡ったような気がして、けれど努めて冷静に赫ノ助は顔の前で手を振ってみせた。


「そんなことないです。イエローとホワイトのハーフなんで、色素が薄いだけで」

「色だけじゃなくて、優しそうな綺麗な目って意味よ。えっと……お兄さん? 貴方も結構真面目な人なのね」


 若干蔑称を含んだ言い回しをしてしまった事にも、何も言わないところに好感が持てた。色素については幼い頃からも散々に言われてきた事柄だったので、逆に触れてこない人間が大半だったのだが、そのコンプレックスを正面切って綺麗だと言ってくれたのは、直に続いて二人目だと改めて気づく。


「カクノスケ・アラヤです。あ、あの、変な名前は父が時代劇が好きでっ」

「全然、変じゃないのに」


 くすりと笑う笑顔にはなんの嫌味も感じない。まるで自分を常に貶しながら生きてきたこれまでの出来事を、全部チャラにするかのように暖かく包んでくれる春風のようだ。

 頬が熱くなったタイミングで集合の声がかかり、慌てて赫ノ助は一礼をしてその場を後にした。





「お前くらい顔が優しいと、子供のいる区画に行ってもびびられないからいいよな」

「ヨアキム伍長、それ誉めてます?」

「当たり前だろ、考えてもみろよ。オブゼン軍曹とかグスタフ大尉があの場にいたら、絶対何人か泣くじゃん」

「ま、まぁ……」


 しばらく俺らここの担当らしいし、子供らのとこはアラヤに任せたわ。その言葉にすら思わず口元が緩んでしまう。俺浮かれてんなーと、唇を噛んで自制したものの、先輩伍長にはお見通しだったらしい。


「なにあの先生、知り合い? めっちゃ美人だったじゃん?」

「い、いや。たまたまで」

「俺応援するよー。アラヤ、自分のことなかなか話さないじゃん。なんかちょっと人間的なところ見えると嬉しいっつうか」


 ばしばしと背中を叩かれそう言われる。手加減をしているのだろうが、ヨアキムもまた戦車部隊の操縦手であり、例に漏れず屈強なモヒカン刈りだ。普通に背骨に響く程度にはいい音がした。

 なんだかまだ慣れない。別に信頼してないわけではないし、出撃の際の軽口だって飛び出すくらいには自分も背中を預けているつもりだ。だけど——。


(俺はやっぱり主流じゃないしさ、異国人だし)


 そこは引け目というか、やっぱり一歩引いた感覚で見てしまう。あろうことか、半分の血は敵対国家の合衆国だ。それで迷惑をかけたり不快な思いをさせないか——いまだに赫ノ助は恐れもしている。

 ちょっぴり、直や蒼一が羨ましい。純粋な同盟国、日ノ元の血筋である彼らが。それを言えば二人ともきっと怒るのだろう、そんな事気にしたこともないと言って。そして自分達の辿ってきた辛い人生なんて、何の事は無いような顔をして。


(ちょっとでいい、強くなれたら。俺も、あの人を泣かせないくらいの男になれたら)


 そこまで考えてばしばしと頬を叩いた。

 何考えてんだ自分、どう考えてもフリューリンクは軍人とそんなに接するべきではない人種だ。過去に悲しい思いをしているのなら尚の事。

 また——そこに自分が並ぼうとか、勘違いも甚だしい。

 合同訓練への号令が掛かり、赫ノ助は気持ちを切り替えたつもりでグラウンドへと足を急がせた。




***




「赫っ! お前やっぱすごいなぁ! やればできるやないか!」


 ハッとして気づけば、全力で喜ぶ嬉しそうな視線が眼下にあった。


「えっ、直どしたん?」

「またまたぁ〜。白々しいぞ、あんだけ中距離ダッシュでぶっちぎっといて」

「えっ?」


 ばしばしと背中を叩く手のひらは、最後の記憶にあるヨアキム伍長のそれより随分と小さくて柔らかい。

 なんのこと? とばかりに見返せば、やはりなんの曇りもない眼差しで飛行部隊に所属する同期、不破直がこちらを見上げていた。


「えっ、俺なんも考えてなくて……あれっ」

「ほぉ〜なんも考えられんようなイイ事でもあったかぁ?」


 ニヤニヤしているその顔からは、嬉しさと揶揄いの気持ちこそあれ嫌味っぽさは感じられない。近すぎる距離感も、彼女ならではのものだと理解しているが、いつにも増してどうも嬉しそうだ。


「赫ノ助……お前、すごいな。江草の記録を抜いたぞ」

「えっ、あれっ?」


 元上官で今は指導役として出張ってきている弘にすら、そう目を丸くして言われ、何やら視線を感じて周りを見渡した赫ノ助は改めて自分が結構な時間無心で訓練に取り組んでいたんだということを知る。

 ざわざわとこちらを見つつ交わされる言葉と、その奥には何を勘違いしたのかニヤニヤと嬉しそうに親指を立てて合図してくるヨアキム伍長もいて。


「お前どうしたんだよ、そんな力隠してたなんて」

「アラヤすげぇ、全然息切れてないじゃん」


 しまった——。

 目立ちたくない、そう思って二番手に留まるつもりで行ってきた合同訓練。

 どうやら考え事をしているうちに全力で走りきっていたらしい。

 それも、全員を圧倒的に引き離したぶっちぎりの一番で。


 戸惑いと、少々血の気が引いた顔色を、唯一目の前にいる同期は察してくれたようだ。まったく……と呟きながら、その小さな身体がぐいと自分を引き寄せるのがわかった。


「また赫に置いてかれるやないか!」と、明るくふざけた調子でタオルを投げかけられる。その表情を隠すようにしっかりとタオルごと小さな肩に抱き込まれたまま、「苦しいってば、直」と必死に笑う赫ノ助の声は少しだけ震えていた。

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