第40話 対魔王軍戦 ⑯ -sword

 獰猛な体躯がグンテに絶えず襲い掛かる。鋼鉄のような拳が腹をえぐり込む。グンテはたまらず吐血する。続いて胃の内容物が圧迫され、こみ上げる。吐瀉する。

 視界がぼやける。目の前のぼんやりとした大柄な影がこちらに踏み込んでくる。倒れそうになるのをなんとか堪え、決死で後ろに飛ぶが、力なく。いとも簡単に間合いを詰められ、すぐさま顎に衝撃を走る。ぐるんと白目に変わり、異様なほどに柔らかく崩れる。魔物は埃を手で払いながら満足げにグンテを見つめる。

 最早、惨敗の様子であるグンテを刮目し続けた部下は堪らず咆哮を上げる。


 「もー!なんだよ!うるさいなぁ!!」


 ふざけた調子で話す魔物が部下の方に歩み寄る。部下はその瞬間に身の毛をよだつ。冷や汗が噴き出る。今までグンテに向けられていた余波を浴びていただけで、いざ自身が【殺気】の対象になると状況が変わる。先程の咆哮を後悔する。生きたいという本能に挫けそうになる。感情が分からなくなる。これから死ぬのだと確信する。身体が動かない。


 「あれ?動けないの?なんだよ!ピロピロ!弱っちいくせに調子乗ってんじゃねぇぞ小僧。てめぇみたいな雑魚ッパなんぞひと捻りだバカタレが。楽にしてやるよ」


 魔物が丸太のような腕を大きく振りかぶる。部下は声も出せず、助けを請うこともない。腕が振り下ろされる。

 しかしそれは僅かに逸れ、部下の左耳を削ぎ落す。痛烈な痛みが走るが、死を覚悟していた者からすれば困惑でしかない。


 「俺はまだくたばっちゃいねぇんだよ、トリアタマァ…」


 息も絶え絶えのグンテが、魔物を剣で貫く。魔物は忌々しそうにグンテを振り返る。


 「うざってぇ野郎だなぁ!!こんなチンケなもんで殺せると思ってんのかオラァ!!」


 魔物はグンテを蹴り飛ばし、土に塗れるグンテの横腹に何度も蹴りを入れる。グンテは痛みで顔を歪ませはするも、必死に笑みを浮かべる。

 

 胸に突き刺さる剣を伝って魔物の血が四散する。滴る。


 「ゥぐ…。オイ…。さっきの可愛い喋り…方は。グ…。どうしたんだよ…?」

 「うるせぇんだよ!早く死ね!コイツ!あぁぁ!!!」


 魔物はグンテの顔を踏みつける。頭蓋骨の軋む音が響く。それでもグンテは笑みを消さない。途絶え途絶えの軽口を放ちながら魔物をあおり続ける。

 まるで、この瞬間を待っていたかのように。


 「ね、ねぇさん…」


 空気が変わる。先程まで猛っていた魔物がピタリと動きを止める。耳を削ぎ落された部下は絶望を消している。ゆったりとした動作で魔物の横を通り過ぎる美しい女性。

 ロアンヌは魔物には目もくれず、グンテの傍に近寄る。


 「す、すみません…こんなやつに、こんな様で…」

 「構わない。立てるか?」

 「はい…」


 グンテは差し出された手を素直に取ることはできず、力を振り絞り自立する。ロアンヌに一礼した後、足を引きずりつつ部下の下へと向かう。耳の痛みを堪えつつ、深々と頭を下げ続ける部下の背中に手を置く。


 「もう大丈夫だ。お前のお陰で助かった」


 ロアンヌはそれらを見届けた後、隣で石のように固まる魔物を人差し指で軽く押す。見事なほどに微塵になる。肉片が滴る。フィンチの胸に突き立てられていた大剣が軽快な音を立てて落ちてくる。

 寒気すら覚える状況だが、部下は目を逸らすことなく刮目し続ける。グンテはロアンヌに対して頭を下げる。


 「良く踏ん張ってくれたな」

 

 ロアンヌは大剣をグンテに手渡しながら労うが、グンテの表情は固い。


 「えらく強かった…。ほんとに死ぬかと思いやした…」

 「フィンチ…だったか。他にもコイツ級の手練れがいるかもしれん。グンテ、彼を連れて一旦引き返せ」

 「いや、それは―」

 「命令だ。引き返せ。お前まで失う訳にはいかない」

 「……俺まで…?」

 

 ロアンヌはグンテの勘の良さと、自身の口の軽さに辟易する。流麗な長髪を搔きながら、決心したように話しはじめる。


 「ロッテが死んだ」

 

 グンテの顔が青冷め、崩れる。声にならない声を一瞬放つ。そして、それ以上は何も聞かず、大きく息を吐き、「情けなねぇ」とだけ呟く。

 

 「姐さん、俺は死なないですよ。こんなくだらねぇ戦で死んでたまるかよ」

 「そうだな」

 「くそ。ネームドだとか恰好つけやがって。名無し共が名前貰っただけで調子に乗ってんじゃねぇよ」

 「そうだな」

 「俺だって、連戦じゃなかったらさっきのトリアタマもぶっ殺してましたよ。バラバラに刻んで視姦してやったのによぉ!」

 「グンテ。もういい」

 「…くそ…。くそがぁぁぁぁ!!!!!」


 グンテの咆哮が戦場に響く。


 「お嬢さん、随分恐ろしい剣を扱われておりますね」

 

 グンテ、ロアンヌが息つく間も与えずに、背後から声がかかる。奇妙な声音で、雄か雌かも判別できない。ねじ曲がったような音だ。

 2人は咄嗟に声の方を向く。そこには孔雀の頭を持ち、絢爛な鎧、マントを装備した魔物がレイピアを構えて一礼している。背には、孔雀特有の華やかな羽が無数の目玉となってキョロキョロと周囲を観察している。


 「見させて頂いたところ、とてつもない速さで、刹那といったところですかな。あんなに速くてはフィンチもそのように細切れにされても仕方ないでしょう。けれどね、お嬢様。あなたは、美しいのに、とても残酷です。あぁ、残酷だとも。たとえ、あなたのかたきであったとしてもですねぇ、それほどまで瞬間的に、且つ残虐に屠ることはないでしょう?あぁ、哀れなフィンチ。私はあなたと過ごすお昼間の鍛錬の時間がとても好きだった。あなたは感情的になりやすいですが、それがどうも羨ましかった。あぁ、それが、そんなフィンチが…。お嬢様…。お相手願えますかな…?」


 

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ゆうけん、ぷかぷか いかリンゴ @jizoh03

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