【十二】知ってますわよ、あの事……
ダイゴは建築現場で働いている、三十五歳。足場を組み立てる仕事を始めて十年以上のベテラン。体つきはしっかりしている。
昼休みに仕事仲間が変な話をしていた。
「今日のオレのアンラッキーアイテムは……」
ダイゴが気になって聞き返した。
「なんだい、そのアンラッキーなんとかって」
「星占いだよ。不運を引き寄せるアイテムを教えてくれるんだ」
「星占い?」
体格がいい男たちが集まってする話かよ、ダイゴは苦笑した。
「おまえ、なに座だ? 見てやるよ」
仲間の一人が言った。
話しのネタになるかと、「しし座だカッコいいだろ」と答えた。
仲間は、携帯電話で調べてこう答えた。
「お前のアンラッキーアイテムは、『非通知の電話』だよ」
「なんだそれは?」
「知らないのか? 携帯電話には掛かってきた相手の電話番号が出るだろう。でも、相手が非通知にすると、番号は出ないんだ」
仲間が説明した。
「非通知は詐欺やストーカーの場合があるから、出るなよ」
別の仲間が言った。
ダイゴは、「ああ、分かったよ」と、真剣に取り合わずに脱いでいた作業着を手に取って仕事場に戻った。
ブブブー。
真夏の暑さの中、大粒の汗をかきながら作業をするダイゴの携帯電話が震えた。
「会社からか?」
携帯電話を見たダイゴはハッとした。『非通知』と表示されている。
「オレはビビらないがな」
ダイゴは若い頃、柔道をしていた。体力には自信があった。ヤクザのように怖い顔つきだったが、根はやさしく、まじめに暮らしてきた。最初はとっつきにくいと思われる。しかし、親しくなると、みんなダイゴが好きになった。
その一人が、今の妻だ。一年前に結婚した年下の彼女。誰もが
「最初は、話しもしたくないと思ってたけど」
が、彼女の口癖だ。
誰かにその話しをするのはやめてほしいのだ。
「非通知には出るなといわれたけど、悪い奴らなら許せないしな」
変に正義感が強いダイゴは、無視できずに電話に出てしまった。
「……」
無言。
さすがにこちらから名前を名乗ることは避けたダイゴだったが我慢できずに切り出した。
「お前、誰だよ!」
「……」
「詐欺師か?」
「……」
無言。ガサガサっと向こうの音が聞こえた気がした。
そして、女の声で、
「知ってますわよ、あの事……」
そう聞こえた瞬間、電話が切れた。
(何だよ、気持ちが悪い。出なけりゃよかった)
後悔しつつ、ダイゴは仕事に戻った。
午後六時。
現場から会社の車で自宅に向かっていた。
現場に出ている期間は、会社に戻らずに自宅と現場を社用車で往復する毎日だ。
夕日が運転するダイゴの半分を真っ赤に照らしていた。
(あの事ってなんだ?)
突然、気になり始めた。
不良だったわけでもないし、浮気をしたわけでもない。
妻に隠すことだって何もない……のか?
「人には誰にもいえないことが、一つや、二つは必ずある」
テレビでどこかのタレントが言っていたことを思い出し、ダイゴは不安になり始めた。
(オレの秘密を知っている非通知の奴が、妻に暴露して……)
そんなことになったら、今の幸せな生活は崩壊する。
(もしかして、あのことか?)
結婚前、まだ今の妻と付き合っている頃の話しだ。
男女の友人、数名で海に遊びに行く約束をしていた。妻にもそのことは告げていた。
待ち合せ場所に車で行ったダイゴは驚いた。ほとんどのメンバーが急用でこれなくなっていたのだ。いたのは、初めて会う女性が一人。「行くのはやめよう」と言い出せなかったダイゴは、その女性を車に乗せて海に行った。
周りからみたらカップルに見えただろう。正直、とても楽しかった。しかし、海に行ったあと、食事をした以外にやましい事はない。ただ、付き合い始めてすぐだった妻には、「男女グループで行った」と言ってしまったのだ。
(何もやましことはない。でも……何もなかったって、証明できるのか?)
「ないことの証明はできない」、高校時代の先生の言葉を思い出しながら、ダイゴはハンドルを強く握りしめた。
(もしくは、あのことか?)
去年、ダイゴは、妻が気にっていたネックレスの金具を壊してしまった。ダイゴが
置いてあるのを移動させる際に引っかけてしまったのだ。
「あれ、金具が
と聞かれたとき、とっさに、
「いいや、知らない」
と言ってしまった。
「おかしいなあ。どこかで引っかけちゃったなかなあ」
という妻に、
「明日、午後休みだから、修理をしてきてやるよ」
とダイゴは言った。
翌日、宝飾店に持って行って修理してもらった。その際に女性店員に、「壊してしまったんだけど、妻に言えなくて」って言ったっけ。
女性店員は笑って、「大丈夫ですよ、すぐ直りますから」と言っていた。でも、その店員には裏の顔があって……。
ダイゴは自宅マンションの駐車場に車を停めた。家に入るまでに、少し車の中で頭を整理した。
(いっそ、もう一度、非通知電話が掛かってきてくれれば)
そんなことも考えた。しかし、らちが明かないので家に入ることにした。
普段を装って家に入るダイゴ。いいにおいがする。妻の絶品な手料理。
一日のことを双方に話す。
そして、夕食後、二人でワインを飲む。これが日課だ。
二人とも少し酔い始めたころ、ダイゴがこう切り出した。
「おまえに、言っておかないといけないことがある」
突然の切り出しに、妻は驚きと戸惑いの表情になった。
「な、何……?」
ダイゴは車の中で思い出した隠しごとを全て話した。
妻は
「……これで、オレの隠しごとは以上だ。すまない」
妻は目を閉じて、何か考えている。
「……」
「バカねえ……」
「そんなの、隠しごとにもならないわよ、一般的に」
目を開けた妻はニコッと笑った。
「あなたって、本当にお人よし。大好きよ」
妻はダイゴの目をしっかり見て言った。
(やはり、うちの妻は
先ほどまでの不安をすっかり忘れて、ダイゴはそう思った。
「今日はワインをもう一本開けるか!」
「いいわね! いきましょ!」
ダイゴは記念日のために買っていた高いワインを開けた。
さらに酔いが深まる二人。
「なあ、さっき、『そんなの隠しごとにならない』って言っていたけど、どんなことが隠しごとになるんだ?」
明らかに酔っている妻に聞いた。
「そんなんの、教えなぁーい」
妻はグラスのワインを一機に飲み干して言った。
「おまえのことじゃない、一般論をきいてるんだ」
(妻にも言えないことがあるのか? ま、いいか。秘密は
一時間後、フラフラになった妻に肩を貸しながら寝室に向かうダイゴ。
「電話の声、妻に似ていたような……気のせいか」
以後、ダイゴに非通知の電話が掛かってくることはなかった。
(終)
『不運☆品目』~アンラッキーアイテム~【短編集】 松本タケル @matu3980454
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