【十一】おかめはちもく

ごきげんよう。

突然だが、オレに起きた不思議な出来事を聞いてもらいたい。

現在、夜の十時。何とか難は逃れた。

いやー、絶体絶命だったね。


順を追って話すことにしよう。

オレは毎朝五時に起きて、ラジオ番組『不運☆品目』を聞いている。

星占いの番組だが、普通の星占いじゃないぜ。


ラッキーアイテムは教えてくれない。

そのかわりに、アンラッキーアイテムを教えてくれる変な番組だ。

オレはそのアイテムを避けて暮らしている。


オレはいて座。今朝の放送はこんな感じだった。

「いて座のあなたのアンラッキーアイテムは『おかめはちもく』、何のことって? それは辞書を引いてね!」


オレは、すぐに辞書を引いた。

意味は「第三者には、物事の是非、利・不利が当事者以上にわかること」だそうだ。「他人の囲碁をかたわらで見ていると、実際に対局している時よりよく手がよめること」が由来らしい。


それにしても、どうやって避けるんだ?

モノなら避けられるけど……適当な批評はするなってことか。


話題は変わるが、自己紹介をしておこう。

オレは、二十七歳、男性、独身。法律事務所に勤めている。

法律を扱うといっても弁護士じゃない。

弁護士になりたくて仕方ない、三回連続で不合格の受験生なのだ。

所員であり、受験生ってわけだ。


所長は「お前は実務力はある。早く資格を取るだけだ」と言ってくれる。

資格がないと給料は上がらない。彼女との結婚も遠くなる。


オレだって早く合格したいさ!

ということで、今も勉強を続けている。

ただ年々、気持ちを保つのが難しくなっている。

出口の見えないトンネルってやつだ。


そんなオレのストレス発散は野球を見ることだ。

応援しているチームが勝つとやる気が出る。


今日は特別な日だった。

応援してるチームの勝負の日。

勝った方が日本一になる一戦だ。


コンビニでビールとつまみを買い、寄り道をせずに自宅マンションに帰った。

試合開始前からテレビの前に陣取った。


先発はオレが大好きな投手。

今年は絶好調なのでバッチリ抑えてくれよ!


試合は一進一退、手に汗握る接戦だった。

九回の表で四対三、応援しているチームが一点のリード。

九回裏で相手チームに二点以上、取られるとサヨナラ負けの場面だ。



「おい、その配球おかしいだろ!」

「オレならそこはカーブだよ」

「敬遠しろ。何でしないんだよ!」


何本目かわからないビールを片手に、オレは一人で叫びまくった。

それが良くなかった。

これが『岡目八目』になってたんだな……。


オレの指摘もむなしく、ランナーを許して満塁。

しかし、2アウトまでとった。

あと一人で勝利、でも、長打だと転負けだ。


「ここは、ストレートだ! バシッと抑えて、日本一だ!」

枝豆を口の放り込みながら叫んだ。


その時、突然、トイレ行きたくなった。

ビールの飲み過ぎか? 


「キャッチャーがピッチャーに駆け寄りました」

アナウンサーの声が聞こえた。

「ここは勝負が掛かっているので、少し時間をとったのでしょう」

と解説者。


チャンス。

この時間でトイレに行こう。


立ち上がり、急いでトイレに行こうとしたとき……

慌てすぎてテーブルに足を引っかけちまった。

その勢いで前に転倒。

酔っていたのもあり、そのまま床にひたいを強打した。


イテテ……

痛くて目が開けられない。


ワー!

歓声が聞こえた。


始まったのか?

トイレは諦めよう。

そう思って目を開けた。


そうしたら……オレは……マウンドに立っていた。

歓声は自分の耳に直接、入っていた。


おい、どういうことだ!!


戻っていくキャッチャーの背中が見える。

相手の打順は四番、強打者だ。

凄い勢いで素振りをしている。


振り返り、スコアボードを見た。

九回裏で満塁。2ストライク、3ボールのフルカウントだ。


これは、現実だ。

オレは勝負を決する瞬間のマウンドにいる。

次の一球で日本一が決まる場面に。


手のひらを見た……でかい。

体はオレじゃない。

入れ替わったのは中身だけだ。


ちなみに、野球は見るのが専門。

自分でプレーをしたことはない。


キャッチャーがサインを出している。

何のことか分かない。

オレは首を振った。


キャッチャーはいぶかしげに、別のサインを出した。

やはり、分からない。

首を縦に振るしかない。


「ここは、ストレートでバシッときめろ!」

スタンドから知らない男性の大声がした。


ハッとした。

「ここは、ストレートだ! バシッと抑えて、日本一だ!」

オレが数分前に口走った言葉を思い出した。


心はオレだが、体はプロ野球選手。

フォームは体が覚えているはずだ。


覚悟した。

耳を割くほどの歓声。アドレナリンの分泌を感じた。


カーブもフォークも握り方が分からない。

ストレートで勝負するしかない!


オレは振りかぶった。全神経を腕に集中した。

ボールが手から離れる感触。

「オレのよみは当たるぜー」

スローモーションのように遠ざかるボール……。


審判が手をあげている。耳を凝らした。

「ストライク!」

歓声にまぎれて響く、審判の声。


やった!


キャッチャーが走り寄ってくる。

ベンチから飛び出したチームメイトも走り寄ってくる。

最初にオレに抱きついてきたのはキャッチャー。

その勢いに負けてオレは尻餅しりもちをついた。


イテテ……。


目を開けたオレは……テーブルの横で倒れていた。

見慣れたオレのマンション。


夢か?


起き上がってテレビを見た。

チームメイトにもみくちゃにされているピッチャーの姿があった。


「最後は渾身のストレート! 力と力の勝負はピッチャーに軍配が上がりました!」


日本一だ!

オレは確かにその場にいた。

やってやったぞ!

オレの岡目八目は当たったのだ。


テレビの音量を上げた。

部屋中に歓声が響く中、オレは台所に向かった。


冷蔵庫をあけた。

「あと一本」

ビールを一本を手に取った。


どこからか声が聞こえた。

心の声だったのかもしれない。


オレはビールを冷蔵庫に戻した。


ヒーローインタビューを見てからテレビを消した。

ベランダで酔いをました。


部屋に戻ったオレは参考書を開いた。

「次回こそ受かる。いや、落ちる気がしない」

何でもできる気がした。


……何て番組だよ 『不運☆品目』。

自信をつけさせようとしたのか?


失敗してたらどうするんだよ!

まあ、結果オーライ、許すとしよう。


明日も聞くぜ、『不運☆品目』!

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