第8話 鞄を探せ

ボクはお母さんの日記を開く。


中はお父さんと出会ったころから始まっていて、毎日でなく心に残ったことや何か起こったときにだけ書いてるみたいだった。


日記じゃなく手記かな?ま、いっか。


アルトはああ言ってくれたけど、ボクはいつの間にか…もう旅立ちたいって気持ちになってて日記の内容はぜんぜん頭に入ってこなかった。

ごめんねお母さん。

今度ゆっくり見るからね。


ボクは旅に役立つ情報がないかって手早く日記をめくっていく。


お母さんは、お父さんと出会う前は宮廷で聖職に就いていたらしい。


聖職者は僧侶職と違って宮廷で色々な儀式をしたり、神様から聞いた声をお告げとして王や国の重臣たちに伝えて国政に役立てるようなことをしていたんだって。


お母さんの得意な魔法は火や水とかじゃなく、空の魔法なんだって。


空気の玉や槍を作って飛ばしたり、空気の板を作ってその上に乗ったり、目の前にある空気を分け[斬る]たり、空気の箱を作ってその中へ入って空を飛んだり。


でもスゴく魔力を消費するらしい。


お母さんの魔力全部を使っても、少しの時間しか飛べないみたい。


お母さんはその魔法の才能を認められて宮廷聖職者になれたんだって。


空の魔法なんて知らなかった。


きっとアルトも知らないんだろうな。


あとで教えてあげよう。



あ…ボクの名前…セリナなんだ?


教えてもまだ幼かったボクは、うまく発音できなくてセナと覚えてしまったらしい。



そこで、…お父さんの最後について書いてあるとこで手が止まった。


やっぱりお父さんは誰かに谷底へ落とされたみたい。

このままではお母さんとお腹の中にいるボクの命も危険だと考えて、この村から逃げる決意をしたみたい。


そこで雑貨屋の1番奥から収納鞄を持ち出して、その日のうちに夜逃げみたいにして村から出たって書いてある。


その雑貨屋はお父さんの実家なんだって。


そして雑貨屋のお婆さんは…


ボクの本当のお婆さんなんだって…。



…でも。


お父さんを谷底へ落としたのは…



お婆さんなんだって…。



そしてボクには。


そのことは教えない代わりに、もし村の人たちとどんなに仲良くなっても住処の場所を言ってはいけない。髪は常に短く。一人称はボクと教育した…だって…。


お母さんはボクに誰かを恨んだり、復讐することが生きる目的になってほしくはないって。



お母さんの最後についても書いてあった。


お母さんはボクと生きる為に食べていかなくてはいけない。


食べる為には魚を釣ったり狩りをしなければいけない。


ボクも経験したけど山に罠を仕掛けても獣は掛からないし、川の魚に罠を仕掛けても獣に食べられちゃう。

野菜を作ろうとしたけど全部獣に荒らされちゃうんだよね。


ある時、何日も食べられない日が続いたんだって。


魚も釣れない、獣もいなくなった。


その原因は、近くに棲み着いた魔物らしい。


蛇みたいな頭が2つ伸びた、コウモリみたいな翼を持つ魔物…モンスター。


ホビットには食べ物を分けてもらうことも、魔物を退治することも頼れないお母さんは1人で魔物を退治することにしたらしい。


1人で退治すること自体が無茶なのに。


何日も食べてないから体力もギリギリ…そんな疲弊した状態で退治なんて自殺するようなもの。


でもボクを連れて逃げきるだけの体力も残ってない。


それでもお母さんは魔物を退治したんだって。


魔物がいなくなって、山には力の弱い鳥や獣たちが徐々に戻ってきたんだそうだ。


だけどその戦闘中、お母さんは魔物の毒牙が掠ってたんだって。


それは遅効性の毒。


気付いた時にはもう遅かった。


僧侶じゃないから身体から毒を消し去る魔法も使えない。


毒に侵されたお母さんは、日に日に少しづつ弱っていった。


遂にベッドから起き上がることすらできなくなって。


…………。


最後に。


セリナが幸せになりますように。


まだ幼いセリナを救う、救世主が現れますように。


愛している。


そう書いてあった。



日記の後ろには住処の裏手にある小さな物置小屋の鍵が貼りつけてあった。


(…セナ? …どうした?大丈夫か?)


「…うん。」


(でも…涙を… …いや。 セナ。悲しいときは泣いていいんだぞ。 泣くということはその悲しみを心に刻んで、自分を納得させられる。 沢山泣いて、セナの心が落ち着いたら、許されるなら、その時、俺に話してほしい。 その悲しみを俺にも背負わせてくれ。)


「…うん。」


…ボクは泣いたよ。


たくさん泣いた。


涙ってこんなに出るものなんだ?ってくらい、たくさん涙を流した。


こんなに泣いたのは…お母さんが死んじゃったとき以来だよ。




だけど、ボクはもうあのときとは違う。


ボクはもう弱くない。


それに、お母さんが望んだからかな?…今のボクにはアルトがいてくれる。


色々なことを教えてくれる。


一緒に笑って、一緒に泣いてくれる。


ボクを心からも救ってくれるアルトがいる。


だから。


いつまでも泣いてないよ。


お母さん。


ボクはきちんと立ち上がることができるよ。



ボクはもう1度日記を開き、同じところをアルトに見せた。


最後の1ページは見せなかったけどね。


そしたらアルトは泣いてくれた。


大号泣してくれた。


散々泣いてくれたあとに…


俺の命を懸けてお前を守ってやるからな!…死んでるけど!


って言ってくれたよ。


ありがとう。


ボクもアルトを大切にするからね。



そうこうして少しの間、心を落ち着かせてからボクは住処の裏手にある物置小屋へ向かった。


日記の後ろに貼り付けてあった鍵を使って小屋の扉を開けた。


小屋の中の片隅で薄蒼い布に包まった茶色の収納鞄を見つけた。


(お!ちょっと待て、不用意に触るな?)


「え?え?」


(いや。俺もそんなに詳しいわけじゃないんだが、収納の付与されたアイテムには色々な種類があるんだ。)


「種類?」


(ああ。作った人とか、国とか、時代とかによって内容量や発動条件とか他の性能も違ったりするんだ。)


「そうなんだ!アルトってスゴい物知りなんだね!」


(いやまぁ、旅をしていればこのくらいの知識は身に付くさ。 で、魔力を流さないように、端を持ってゆっくり開けてみてくれ。)


「…うん。」


1枚の革で覆うようにしてある蓋の端を持ってめくると鞄の口が開く。


蓋の裏側から鞄の中まで見たことない文字?や模様?みたいなのが書いてあった。


(うーん。こりゃ凄いな。)


「何がスゴいの?全然わからないよ。」


(えーっとな。…俺も少ししかわからないんだが、比較的新しい物だな。 ちょっと古いと数百年前の物もあるからな。で~容量は…えーっと。この前倒したグリズリーのモンスターなら5体は入ると思う。こりゃ相当良い物だな。)


「ほんと凄いね!でもそれもわかっちゃうアルトも凄いよ!」


(そうか?でも勉強すればこれくらいは読めるようになるよ。で、これは少量の魔力を流しながら呪文を唱えると出し入れ出来るタイプだな。)


「呪文?…難しそうだね。」


(なに。簡単さ。出したい物を思い浮かべながら《アウト》。入れたい物を鞄の口に当てて《イン》と唱えるだけだ。魔力は生活魔法より少なくていい。)


「ならボクにも使えそうだね!」

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転生?したらホビット?でした やっきー @YAKKII

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