第118話 オカンと魔石と夏祭り ~4~
「なるほどなぁ、これは気づかなかったわ」
魔石が爆発したという状況を中務に尋ね、千早は得心顔で頷いた。
魔石の中央には小さな空洞があり、そこに少量の水分が溜まっている。それが外気に触れると、ドカンっらしい。
今まで使っていた魔石も同じ構造なのだが、その中央の空洞は小さい。掌サイズの拳大で、ようやく視認出来る大きさだ。
他の魔石では見える訳もない。
その一ミリあるかないかの空洞に気付いた研究者が、何なのか確認しようとダイヤモンドカッターで魔石を割ってしまい大惨事となった。
爆弾で言えば信管の役割を果たしているのだろう。
拳大の魔石の魔力は膨大だ。単純な魔術具ならば半永久的にうごかせる。
そんなエネルギーを秘めた物が爆発したのに、良く死人が出なかったものだと、千早は感心した。
通常であれば割れる事はまずない魔石。たぶん、強度はダイヤモンド並み。
それを割ってしまったのは地球の規格外な科学力があったからこそだ。
まだまだこの世界には、知られていない不思議が一杯あるのだな。
うーむと手に入れた魔石を見つめ、幼女はしゅるんと消えた。
「はい?」
思い付いたら、即行動。
置き去りにされた中務は涙目である。
「これさ、割ってみたいんだけど、なんとかなる?」
いきなり現れた幼女ではなく、その口からこぼれた台詞に、神埼は眼を見開いた。
彼女が神埼の執務室に突然来るのは、すでにデフォだ。彼の部下らだって眉を動かしもしない。
「いや、話は聞いていないんですか?」
驚く神埼に、幼女はしれっと頷く。
「聞いた。だから知りたいんだ、どんな風に爆発するのか」
あー、とばかりに神埼は額を抑えて天を仰いだ。
キタコレ、皇さんの好奇心。
これは誰にも止められない。
「やるなら、至高の間でですね。あそこの坑道なら壊れても翌日には元に戻りますから」
苦笑いしつつも、神埼は、普通なら有り得ない実験が出来る事にワクワクしていた。
結局は類友である。
「うっは、凄いね」
自動カッターに魔石をセットし、入り口に結界を張った状態で爆発を試みた幼女は、その破壊力に眼を見張った。
親指大の魔石でも、ダイナマイト並な爆発を起こす。
拳大の魔石が部屋を二つ吹っ飛ばした訳だ。むしろ、その程度で良く済んだなと、千早は感心する。
中心に空気が触れた瞬間、カッと金色に輝き、爆散する魔石。
見事に粉々になり、求心力が失われたせいか、各々の欠片が魔力を霧散させて燃え尽きた。
それをじっと見つめ、幼女は口角を上げる。
「これだ。つかえるな」
「つかえる?」
実験結果のデーターをとっていた神埼の問い掛けに頷き、幼女は、にぱーっと破顔した。
「夏祭りの花火に。あちらじゃ、火薬は作れないし、どうしようかと思ってたんだ。魔石が燃えると分かれば、何か出来そうだね」
問題は、魔力をとどめているらしい中央に、どのようにして亀裂をいれるか。
むーんと考え込む幼子を見つめ、神埼は絶句した。
まさか貴女、それだけのために、ここまで?
空いた口が塞がらない神埼である。
「って訳でさ。これを綺麗に爆散させるために、こう表面に予め亀裂を入れておきたいんだ」
地球から仕入れてきたダイアモンドカッターを使い、千早は、つつーっと魔石に切れ目を入れる。
大した力もなく、魔石の表面にキレイな切れ込みが入った。
魔石にキズが??
絶対に割れる事もキズが入る事もないはずの魔石。職人街の人々が一斉に眼を剥いた。
「これはいったい? この道具は何ですか?」
「いや、それより魔石が爆発するのか? そんな事、初耳だぞっ」
「それ以前に、こんな大きさの魔石を何処から? なんで黙っていたんですかっ、これ一つでディアードの街の純利益数ヵ月分ですよっ!!」
ぎゃあぎゃあと賑やかな人々を生暖かい眼差しで見つめ、幼女は幸せを噛み締める。
ああ、平和だなぁ。やっぱ、人生こうでないとね。
明後日な思考で、のほほんと和む妹様。
だがこれを、嵐の前の静けさなのだと誰もが熟知している秋津国の人々だった。
「うーわー、でっかい櫓だねぇ」
二段に構築された大きな櫓。一段目は幅広く取られ、二十人くらいが輪になって踊れるスペースがある。
そしてさらに上の二段目には和太鼓が二つ。交代でも、同時にでも打てるよう、向かい合わせに設置されていた。
その回りにも小さめな和太鼓。笛も揃えられ、歌と演奏に花を添えられるよう出来ている。
ディアード特産の薄い和紙で造られた花々や色とりどりの提灯。蝋燭で灯すつもりのオカンの肩に手をかけて、ふるふると首を横に振るのはタバス。
「勘弁してください。これは紙でしょう? 風で燃えてしまいます」
まあ、無くはないが。提灯の中にまで入り込む突風は、そうそう無いと思う。
しかし心配げなのはタバスだけではない。周りの職人らも、目線を合わせずに小さく頷いていた。
こっちをちゃんと見ろや、こら。
揉めてる時にオカンと眼を合わせてはいけない。これはディアードの暗黙の了解である。
はあっと溜め息をつく千早に、中務が声をかけた。どうやら一部始終を聞いていたらしい。
「皇さん、せっかくの異世界なんだから、魔石つかいましょうよっ!」
移住組がやってきた日から、中務は精力的に動き、取り敢えずの下宿と装備を手に入れ、ディアードを隅々まで探索した。
そして持ち前の社交性で、各種ギルドはもちろん、各国区画まで見学してきたという。
異世界フィーバーしてんのは良いけど。お上りさん丸出しやの。
苦笑いなオカンを余所に、中務は満面の笑みで両手を差し出した。
そこには二センチ大の色とりどりな魔石達。
「これを中に吊るしたら良くないですか? 結構光りますし、属性で変わる光でキレイなんじゃないかなぁ」
ほむ。悪くはない。
中務の差し出した魔石を取り上げ、しげしげと見つめる幼女に、周りでは安堵の嘆息が聞こえた。
彼女が暴走を始めると止められる人間がいない。両親は止めるどころが燃料を注ぐし、リカルドやアルス爺では幼女に心酔し過ぎで抑止力にならず、一人奮闘するタバスだけが襟首を掴んで一旦停止させられるていど。
それもすぐに振り切られ、ガシガシ爆走する妹様。しかも神々の後押しがあるのだから、手に負えない。
そんな中、同類思考か波長が合うのか、ナカツカサなる人間の登場で、珍しく幼女の暴走が穏やかになった。
アレやコレやと議論しつつ、程好い落としどころを見つけてくれる新たな来訪者を、拝むように見つめる街の人々。
こうして時折オカンがはっちゃけるも準備は進み、祭り当日を迎えたディアード。
街中に吊るされた提灯を見上げて、幼女は眼を煌めかせた。
「うわあぁぁっ! 良いね、良いね、ワクワクするなもっ」
「祭りは昼過ぎから夜半までですか。面白い時間帯ですね」
通常なら朝から始めて陽が沈むと終るのが、こちらの祭りだ。夜に灯りを灯して行うなどという贅沢は考えられない。
夜がメインの祭りは誰もが初めてで、人々は子供のような眼差しを隠しもせずに、オカンと並んで無数に下がる色とりどりの提灯を見上げていた。
「盆踊りが主体になれば、これが普通になるさぁ」
にししっと笑う妹様。
その盆踊りにも不安と期待が一杯なディアードの面々。
旅芸人の一座でもなくば、人前で舞踊を披露するなど有り得ない。上流階級の社交ダンス程度しか知識のない平民らは、輪になって皆で踊る盆踊りに大層面食らった。
昨日、一昨日と練習が行われ、櫓の一段目で見本として踊る予定の面子は、今にも心臓が爆散しそうである。
「踊れるだろうか.....」
「やるしかないだろう。皆知らない踊りなんだから」
「.....胃が痛い」
愚痴る人々を愉快そうに一瞥し、幼女は駆け出した。
異世界初、盆踊りの開催である。
ドラゴンとオカン ~オカンと愉快な仲間達~ 美袋和仁 @minagi8823
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