㐧二幕

斑目咎 Ⅰ

 

 

     一



「あの島に棲んだ男と女―――奇怪なる魔術師まじゅつしと妻の間に、、という話はあるか」


 私がそう、問いかけると、決まってそこらに住む人々は、なぜそのようなことを聞くのか―――といいたげな、呆気にとられた表情をして、「そのような噂は聞いたことがない」と、口をそろえて云うのだった。

 ―――N県J湾、T郡の北端には、他の島々から飛び離れてぽつんとそこに浮かんでいる、端からみれば、ただの岩山だとしか思えぬ、直径二里足らずの島がある。岬の突端とっぱなの、荒海に孤立した島であるから、余程よほどなぎででもない限りは、わざわざ危険を冒してまで近づく程の場所でもない。ゆえにそれは、いつまでも人の生活とは無縁の、名もなき島のはずだったのだが―――ある一時、ほんの一時、その名もなき島全体が、まさに無何有郷ゆうとぴあとしか思えぬ、たいへんな栄華を極め尽くした、異様と化したことがある。

 異国から来た、端正な顔立ちの、若者とも老人とも判断のつかぬ、背広服を着込んだ男―――その男が突然、島全体を己が所有物とし、様々な樹木や鉄骨、木材、数知れぬセメントたるなど、ありとあらゆるものどもを島の内へと運び込み、邸宅ていたくを築き構えたことで、島の様相を一変させた。

 その変貌はまるで、島そのものがなにか別の、この世ならざる造形物へと、いろいろの一部分パアツとの組み替えにより、直し、正されてゆくようだった。人の仕業とは思えなかった。悪しきものの御業みわざと思った。だからわたしの親父さまは、子供心にそれらを行う、西洋の魔術師まじゅつしとも見える、異様なる風采ふうさいのその男が、恐ろしくてたまらなかったのだろう―――と、老人は事柄を懐かしみ云った。

 また、彼はこうも語った。

 ―――魔術師まじゅつしめいた男の側には、いつも微笑を有したたずむ、人形のような妻があった。その美しさは、とてもこの世のものではなく、女の姿形、手先、足先、一部分パアツを、すこしでものぞき見ただけで、たちまち女のとりことなる―――妖異よういごときものだった。

 妖異よういごとき絶世の美女と、奇怪なる魔術師まじゅつしめいた男―――何故そのような風貌ふうぼうの二人が、孤島ことうを己がとしたか。島をひとつの楽園としたか。忽然こつぜんとどこかへ消え失せたのか―――それは誰にもわからない。

 真偽不明の噂によれば、


「女はまさしく悪魔の女で、男はそれとの契約により莫大な富、名声を得ていた。彼は己の命と引き換えに、自らの長年の夢たる『永久の楽園』を築こうとしたが、すべてを築き上げたところで、とうとう命を吸い尽くされた。夢も男も露と消えた」


 と云われていたり、


「女も男も奇術師きじゅつしだった。彼らはだまし得た莫大ばくだいな金でおのれらの虚構を強めるべく、孤島ことう魔境まきょうへと変貌させた。虚構の国の王となった。が、ある日、すべてを見通す名探偵に悪行・正体を見透かされ、嘘のすべてを失った。はずだったが、お得意の奇術ですべてをだまし、まんまとどこかへ逃げおおせた」


 と語られていたりもする。

 ―――そう。

 物語ものがたりだ。

 これらはいろいろの物語ものがたりだ。

 当時を知る人がこの世にいれば、それら目撃の事実について、語り手なりの視点によっていろいろと話してくれただろうが―――これら口承の事柄は、どうしてもひとつのおはなしになる。誰かが誰かに語るうち、語りそのものが強固となって、なにか別の、まったく別の、ことを語るための造形物に、変わることは否めぬのだ。むかしむかし、からはじまる、或る物語がるように。………

 いまも島はそこにある。

 かつての楽園の亡骸なきがらが、朽ち果てるまま残っている。

 ときたま噂をたよりにして、金目のものがありはしないかと、島へやってくる連中がいる。が、結局その誰もが、「ここにはもう、なにもない」と、ただ、ただ、落胆をして、どこかへこっそり帰ってゆくのだ。ここにはもう、なにもない。価値なき駄物だぶつガラクタばかりと、みな口々につぶやいて―――

 ゆえに島は我楽多がらくたとなった。

 我楽多島がらくたじま、と呼ばるるに。………

 

 

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我楽多島の傀儡 宮古遠 @miyako_oti

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