第22話 怯える虜囚

 部屋に運び込まれたルフィナちゃんは下着姿でベッドに寝かされている。彼女を縛るロープは海老えびりになるように縛り直された。両手両足を一纏めで縛り上げるホグタイという方法だ。ロープが首に回されている為、海老えびりが苦しいから姿勢を直そうとすると首が絞まる。それだけでも十分に拷問と言える緊縛だが、これでも始まりですらない。

「さあ、始めましょうか」

「ローパーに辱められる覚悟は出来ています……」

 だから、何も答えないとでも言いたいのだろうか。

 怯えきったその表情と涙の前では意味の無い言葉だ。

 それにこれから起こるのはそんな生やさしいことじゃない。

 ルフィナちゃんはまだ何もわかっていないようだった。

「いい覚悟ね。でも、残念。辱めるのはあなたが死んだあとでも十分よ」

「え……」

「それがあなたの為でもあるわ。そのつぶらな目をえぐり、かわいい顔の皮を剥いで、膨らみかけの胸をそぎ落とす……。生きたままされたら痛いでしょう? だからね。先に殺してあげるの。私は慈悲のフローラですからね」

 フローラはベッドの端に腰掛け、ルフィナちゃんの顔をそっと撫でる。

 冷たい狂気に彩られたフローラの微笑みが、その恐怖を何倍にもかき立てたのだろう。

 ルフィナちゃんは恐怖に顔を引き攣らせるだけで声も出せない。

「フローラさん、さすがにそれはちょっと……」

 エルアーリアは脅しすぎだ、と言いたいのだろう。

 でも、サキュバス隊長に行った拷問はその百倍はエグいものだった。

 しかも、サキュバス隊長の場合は死ぬことを許されなかったのだ。

 気が狂うほどの苦痛を味わわされ、死ぬこともできず、心と体を元に戻して再び拷問される。

 人間の男をたぶらかし、文字通り食っていた淫売の悪魔といえども、さすがにあれはやり過ぎだった。

「エルアーリアは優しいのね。でも、騙されてはダメよ。女だとか、子供だとかは関係ないの。武器を持ったら、その時点でみんな平等。ましてこのはテロリストでしょう? 他人の命は奪っても自分の命は奪われないなんて考えは甘えでしかないわ」

 フローラの言い分にも一理はある。

 テロは子供の悪戯いたずらで済まされる話ではない。

 剣や銃を持って襲いかかってくれば、それがたとえ十歳の子供であって敵と見なさねばならない。

 そして、悪い大人に騙されているだけだと説得する時間は戦場にない。

 それを如実に表すような事故をロパは知っている。

 魔王軍は戦争末期、子供に爆弾を仕込んだ花束を持たせる花束爆弾テロを仕掛けていた。ある時、警戒する兵士が近づく不審な少年に止まれと命令した。だが、少年はその意味がわからず、そのまま近づいて射殺されてしまった。後の調査で少年は純粋に花束を渡そうとしたことがわかった。

 とても痛ましい事故だと思う。

 だが、ロパは決してその兵士が間違ったことはしていないと今でも思っている。

 フローラは確かにやり過ぎているが、だからといってテロリストに同情する道理もない。未遂に終わったとしても、人の命を奪おうとした罪は許されるべきではないし、可能ならそれを阻止することに全力を注ぐべきである。その為に尋問が必要なことは理解している。

 でも、フローラのやり方に抵抗があるのも事実だ。

「ロパさん、止めないんですか? フローラさんは本気ですよ?」

 必死に止めようとするエルアーリアの言葉にロパの心は揺り動かされる。

 悪魔ではない人間にそこまですべきなのか。

 そもそも何の守護者であるのかを考えれば答えは既に出ていた。

「わかった……。尋問は俺が行う……。フローラもそれでいいな?」

「もちろん、筆頭の御意志に従いますわ」

 フローラはあっさりとベッドから立ち上がる。

「おまえ、最初からそのつもりだったのか?」

「手加減するのは苦手なのでお任せしたいと申し上げたはずですが?」

「怖いことを言うな。そこは単に苦手だと言って欲しかったな」

「怖くしないとあの時みたいにハニートラップを仕掛けかねませんからね」

 あの時というのはサキュバス隊長を拷問した時のことだろう。

 尋問に立ち会った者がことごとく籠絡ろうらくされる中、堅物として有名だったロパに白羽の矢が立てられたのだが、それまで尋問や拷問に全く関わろうとしなかったフローラが交代を申し出て例の惨劇へとつながった。

 フローラのやったことは褒められたものではないが、それで処分を受けなかったのは他に尋問できる者がいなかったからだ。サキュバス隊の仕掛けるハニートラップによって戦争初期から機密情報がダダ漏れだった事実も判明し、フローラの苛烈な拷問は不問に付された。

 やり方はともかく人類同盟軍をハニートラップの脅威から守ったというのは揺るぎない事実である。

「ルフィナちゃん、くれぐれもおイタはしちゃダメよ♪」

 冗談交じりにフローラが忠告するとルフィナはコクコクと何度もうなずいた。

 ロパの目にはそれが無言の命乞いのように映った。

「さあ、あとはローちゃんに任せて、私達はラウンジでお茶でもいただきましょう」

 不安そうな顔をするエルアーリアの背中を押してフローラが部屋を出て行く。

 残されたのはロパとルフィナのみ。

 当然のことながらルフィナちゃんの表情はまだ硬い。

「さて、どうしたものかな……」

 正直、尋問は苦手だ。

 尋問官の指示で暴力を振るうのは得意だが、それを効果的に行う自信はあまりない。

 まして相手は女の子。

 手をつないだことすらないのに殴るなんてできるわけがない。


〝僕が手伝ってあげようか?〟


 突然、頭の中に声が聞こえた。

 間違いない。

 この声は、あの夜の砂浜にいた男の声だ。

「何の用だ?」

 ロパは独り言のように小声で呟く。

〝ちょっと手伝ってあげようと思って声を掛けたのさ。あ、ちなみに声に出す必要はないよ。心に思い浮かべるだけで読み取れるからね〟

 言われるがままにロパは言いたいことを脳裏に浮かべる。

〝こんな感じか?〟

〝そうそう。飲み込みが早いね〟

〝それで、具体的にどう手伝ってくれるんだ?〟

〝僕が君の体を借りて代わりに尋問してあげるのさ〟

〝意識を乗っ取るってわけか〟

〝一時的にね〟

〝この子に危害を加えるつもりはないんだな〟

〝女の子に暴力を振るうのは僕のポリシーに反する。そこは大丈夫だよ〟

〝そこは大丈夫か……。暴力以外は保証できないって言う風に聞こえなくもないな〟

〝嫌がることはしないよ。でも、嫌がらなければ、そこは……ね〟

〝どこまでするつもりだ?〟

〝キスとハグくらいかな〟

〝本当にそれだけか?〟

〝それだけで十分だよ。君は君の体のポテンシャルに気付いてないかもしれないけど、それだけで女の子は落ちると思うよ〟

〝まあいい。どの道、こんな体じゃ怯えさせるだけだ。おまえの与太話よたばなしに乗ってやるよ〟

 この時、ロパは当然のようにこの体で尋問を行うものだと思っていた。

〝ありがとう。じゃあ、君の体を少し借りるね〟

 そう言って入れ替わった瞬間、目映い光と共にロパは人間の体を取り戻していた。

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生涯童貞だった最強剣聖はローパーに生まれ変わってエロゲ展開の夢を見るのか? 鳳嘴岳大 @Takehiro_Houbashi

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