第21話 狂える慈愛
ロパ達三人は捕虜を尋問する為、彼らが拘束されている船室へと向かった。
捕虜のいる三等客室は最大十六人が寝泊まりできる大部屋だ。ベッドはなく床にマットを敷いて毛布を掛けて
「殺せ! 今すぐ殺せ!」
とか一丁前に吠える少女はまだ中学生くらいに見えた。
(おいおい、これを斬っちまったのかよ。さすがにこいつは俺も良心がとがめるぞ)
よく見ると未発達ながら胸の膨らみも確認できる。
かなりの童顔なのに、ミディアムショートの髪をサイドテールにしているのでさらに幼く見える。
精一杯の虚勢を張って威嚇してみせるが、かわいい子猫が鳴いているようにしか思えない。
眉根を寄せているその顔にキツさは感じられず、庇護欲をかき立てられる小動物的なかわいさにあふれていた。
「かわいいお嬢さんね。おいくつかしら?」
フローラが質問しても答えようとしない。
「ローちゃん、少しかわいがってあげて」
フローラの意図を汲んだロパは怪しげに触手をうねらせながら少女に近づく。
「ひいっ…ローパー……」
少女の顔が恐怖に引き攣る。
ローパーがどんな魔物なのか、よく知っているようだ。
「やめろ! そいつは俺の妹なんだ! 何でも話すから頼むっ!」
エルアーリアによって覆面を剥がされた少年が叫ぶ。
「兄さん、私なら平気よ……。だから、情けないことは言わないで……」
涙を流し、ブルブルと震える少女にロパも動きを止める。
アイコンタクトでフローラに確認するが、返ってきた答えは意外なものだった。
「尋問するのはこの
「え?」
「はい?」
ロパとエルアーリアが立て続けに間抜けな声を上げ、少年と少女は絶望に打ちひしがれる。
「魔物となんて…いや……」
少女の口からポツリと本音がもれる。
「ルフィナ!」
少年が少女の名前を呼びながら身をよじらせる。
フローラは捕縛術も得意だ。
縄で縛られた手足を自力で解くことは絶対に出来ない。
少年もその仲間もただ芋虫のように地面を這いつくばるだけだ。
「私のローちゃんはとっても優しいから安心しなさい」
フローラが目配せするのでロパは仕方なく怪しい動きを再開する。
「いや…こないで……」
ルフィナちゃんの拒絶感が半端ない。
脅かしていることに対する良心の呵責もあるが、それ以上にゴキブリを見た時のようなその眼差しがキツかった。
ボクは悪いローパーじゃないんだよって心の底から叫びたかった。
(だから、尋問は嫌だったんだよ……)
フローラの尋問の手口は実にシンプルだ。
情報を持ってなさそうな相手を選び、それを見せしめに拷問する。
残りの捕虜達に自分たちがこうなるのだということを徹底的に見せつける。
フローラの救命陣は絶対に人を殺さないが、傷つかないわけではないし、痛みも当然ある。通常だったら死んでしまうような苛烈な責めもフローラの力があれば簡単に行える。悪魔をして悪魔以上と言わしめるほどの残虐行為は時にロパの手で行われることもあった。
ルフィナちゃんが真に恐れるのはロパでは無い。
情報を引き出す為にたった一人を徹底的にいたぶり続けるフローラの狂気こそ恐れなくてはならないのだ。
「エルアーリア、この
「あ、はい」
何も知らないエルアーリアがルフィナちゃんを立たせる。ルフィナちゃんは恐怖のあまり立つことさえ覚束ない。エルアーリアに支えられ、やっと立つことが出来るといった感じだ。
「ローちゃん、この
冗談では無い。
フローラは実際にそれをやったことがある。
魔王軍には悪魔に魂を売った元人間の女性達で構成されるサキュバス隊というのが存在したが、魔王軍上級幹部の愛人でもあったその隊長を拷問した時は運びやすいように両手両足を切り落として見せた。痛みのあまり泡を吹いて倒れたサキュバス隊長の長い髪を引きずっていったフローラの姿をロパは鮮明に覚えている。一時間後、フローラに全ての情報を話し、サキュバス隊長と再会した上級幹部はその姿を見て発狂してしまった。その後、サキュバス隊長は体を元通りにして記憶を奪い人間として生きることになったが、上級幹部はそのまま放置され、檻の中で衰弱死したと言われている。
「ごめんね……」
ルフィナちゃんの足のロープを縛り直す。
ポタリ、ポタリと頭の上に涙が降ってくる。
「あ、申し遅れました。私、天下十二剣聖にて第七席を預かります、フローラ・フェニクスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
フローラが名乗った瞬間、捕虜達の瞳から光が消えた。
「最悪だ……」
捕虜の誰かが呟く。
「それではしばしのお
妖艶な笑みを浮かべながらフローラが退室する。
「終わった……」
ルフィナちゃんのお兄さんもそう声を絞り出すしか無かった。
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