ショートショート『バレンタインデーが終わらない』

川住河住

ショートショート『バレンタインデーが終わらない』

 朝起きてすぐに日付を確認する。


 2月14日


 ため息をつきながら再度見てみる。


 2月14日


 また憂うつな一日が始まる。

 とりあえず制服に着替えて部屋を出る。

 朝食をとるかどうか迷ったが、家族と話すのが面倒だったので気づかれないうちに外へ出る。

 今回は鞄を持ってくるのを忘れたから学校へ行かないことに決めた。

 しかし制服だと行ける場所が限られてくる。

 仕方ないから図書館で時間をつぶそう。

 閉館時刻を迎えたので借りた本を持って外へ出る。

 今日は朝からなにも食べていないので家へ帰ることにした。

 今日も夕飯はからあげ。

 母にはトリモモ肉が安かったんでしょと言い、父がビールをこぼしそうになるのを未然に防ぎ、弟には塾の帰りにチキンナゲット食べなければよかったねと笑う。

 三人とも、どうしてわかったの、と驚いた顔を見せる。

 本当のことを言っても信じてもらえないので適当にごまかす。

 食事を終えて風呂に入り、眠くなるまで図書館から借りてきた本を読む。

 もうすぐ日付が変わる瞬間、私は部屋の窓から本を投げ捨てた。

 いつの間にか私はベッドにいた。着替えた覚えのないパジャマを身に付けた状態で。

 窓から差し込む光から朝になったと気づいてすぐに日付を確認する。


 2月14日


 またバレンタインデーがやってきた。

 もう何度目だろう。

 100回を超えたあたりで数えるのをやめてしまったから正確な数字はわからない。あのまま数え続けていたら私は頭がおかしくなっていたと思う。いや、もうすでにおかしいのかもしれない。


 


 最初は寝ぼけて夢でも見ているのかと思った。

 しかし、テレビを見ても、誰に聞いても、今日が2月14日のバレンタインデーだと言ってくる。

 ため息をつきながら制服に着替えて鞄を持って学校へ行く。

 教室に入るとすぐにあいつがやってくる。

「チョコレートちょうだい」

 毎回私にチョコレートを求めてくる男子。恋人どころか友達ですらないのに。

 なにかの分野で表彰されるほど頭がいいらしいけれど、まったく興味がないから忘れた。

 そいつを無視して自分の席に座って今日はどうするか考える。思い切って過激なことをしてみようか。窓ガラスを割ったり火災報知器を鳴らしてみたり。あとは……。

「屋上から飛び降りてみる?」

「やめた方がいいよ」

 自分の死ぬ姿を想像したのと声をかけられたのが同時だったのでゾッとした。

 すぐに声のした方を見ると、毎回チョコレートを求めてくる男子が立っていた。

「もう293回目だよ。最初に言ったよね。この実験は僕にチョコレートをくれたらすぐに終わらせるって。それなのに、どうしてチョコレートを持ってこないの? 手作りがいいなんてわがまま言わないからさ。コンビニで売ってる安いやつでもいいんだよ。君からもらえるものだったらどんなものでも喜んで受け取るよ。そうしたらすぐに装置を止めて明日を迎えられるようにすると約束する」

 こいつの言う通りにすれば2月15日を迎えられるのだろう。

 しかし私はチョコレートを渡す気にならなかった。

 なぜなら、無事に明日を迎えられる安心よりも新たな要求をされるのではないかという不安の方が強いから。

 次は付き合ってほしいと言われるかもしれない。

 その次はデートしてほしいと言われるかもしれない。

 そのまた次はキスしてほしいと言われるかもしれない。

 どんどん要求がエスカレートして最終的には……。


「だからチョコレートちょうだい」

 人の心がわからない男は、またしてもせがんでくる。

「あんたにチョコレートをあげるくらいなら死んだ方がマシ」

 最低最悪の告白をした私はすぐに窓から飛び降りる。


 ベッドの上で目を覚ました私はすぐに日付を確認する。

 そして憂うつな一日がまた始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショートショート『バレンタインデーが終わらない』 川住河住 @lalala-lucy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ