先輩の秘密

お題:サマーホリデー、つつまれる、先輩の秘密


 我が学生会館ドミトリーの先輩。九条先輩は秘密に包まれている。比喩でも誇張でもなく正真正銘謎の多き人だ。

 先輩と呼んではいるが、実際彼が何年生か分からない。分かっているのは4年生の先輩が1年生の時にはもう学生会館に住んでいたとのことだ。そもそも本当に大学生であるかも怪しい。

 普段何をしているのかも分かっていない。何も言わずに平気で1週間いなくなったかと思えば、自室に籠りきって全く出てこなかったりする。野良猫みたいな人だ。

身なりもコロコロ変わる。洒落たワイシャツにジャケットを着ていたかと思えば、便所サンダルに赤いストライプの入ったジャージにTシャツというラフな格好の日もある。

 また資金繰りも謎だ。いつも食堂で誰かの

ご飯を「ひとくち、ひとくち!」とねだり食費を浮かせているが、たまに奮発して数万円するワインを振舞ってくれたりする。

 そんな具合でつかみどころ無い九条先輩だが、僕は彼の自由奔放さに惹かれていた。何に対しても素直なのでたまに人を怒らせてしまうことがあるが、何をしても九条さんならと許されてしまう人望を羨ましく思っていた。

 当の僕はというと、ずっと親の敷いたレールを生きてきた。大学も今通っている大学よりも行きたかった地元の大学があったが、親の希望により東京の大学を選んだくらいだ。主張することも無く人畜無害を絵に描いた人間にとって九条先輩は眩しすぎた。

 夏休み中のある日、九条先輩が宅飲みをしないかと誘ってくれた。僕は酒の当てとして近所のスーパーに売っていたカルパスとチーズ鱈、缶ビールを手に二つ隣りの九条先輩の部屋に入った。

部屋の中はとにかく物が多く、足の踏み場がない。どこで手に入れたのか分からない熊の銅像や、南国のものと思われる昆虫の標本、鬼のようなお面などなど山積していた。九条先輩はその様々なものをかき分けて真ん中に大人二人がギリギリ座れるだけのスペースを空けて待っていた。

 僕は出来る限り物に触れないようにつま先立ちでそのスペースまでいき胡坐をかいて座った。九条先輩は「まあ飲め飲め」とおちょこに日本酒をなみなみと注いで渡してくれた。続いて自分のおちょこにも表面張力の限界まで注いだ。

「では、乾杯!」掛け声と同時に九条先輩はくいっと飲み干した。僕もそれに続き飲み干す。「いい飲みっぷりだねぇ」先輩は笑いながらまた僕と自分のおちょこに注いだ。しばらく、大学であった出来事や時事ニュースを話し合い酔いも回ってきたところで、僕は前から気になっていた事を先輩にぶつけてみた。

 「先輩はどうしてそんなに自由なんですか?」僕の唐突な質問に先輩は素っ頓狂な顔をした後、急に深刻な顔になりポツリと「自由かぁ」と言った。そこから暫しの沈黙があり、九条先輩はゆっくりと語り出した。

 「俺には昔6歳年下の弟がいたんよ。年が離れてお陰か仲は良くて本当に可愛い弟だった。だけど、8年前の夏休みに家族で河原にバーベキューに行った時。前の日に雨で水かさが増えていたんだろうな。弟が一人で遊んでいたら水深が深いところに入ってしまって、その後下流で水死体で発見されてな。俺も心底落ち込んだが両親の落ち込みは半端なくて。そして両親は俺を捌け口にしだした。ようは残った子供の俺に対して過剰に過保護になってな。だから、俺はとにかく家の外に出たくて大学の奨学生になって家を飛び出したんよ」と先輩は独白し、おちょこに残っていた日本酒を飲み干し続けた。

「だからその反動かもな」

 僕はこんな重たい話をされるとは思わず、しばらく絶句していたが何か言わねばと思い

「それでもそんな自由な九条先輩が僕は憧れるし好きです」

「あんがと。皆には内緒な」と言って九条先輩ははにかんだ。

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