ふかレモンのショートショート
ふかレモン
冷たくてあたたかい朝
お題:寒い、二人手を握りながら
僕は朝が嫌いだ。特に冬の朝は。寒さは人をダメにする。学生の頃は、何故冬休みは夏休みより短いのか呪ったものだ。
僕が寒さと戦っていたら、キッチンからコーヒーの芳醇な香り漂ってきた。その香りが僕の脳を刺激してようやく重い体を起こす気力が出てきた。フラフラと立ち上がりキッチンへ向かう。
キッチンテーブルの上には淹れたてのコーヒー、トースト、ハムエッグとサラダが乗せられていた。
「おはようと」目を擦りながらしゃがれた声でS子に言う。キッチンに立っていたS子も振り返っておはようと返してくれた。
「冬の朝苦手なのによく起きたね。偉い」
「コーヒーに呼ばれたから」
S子はそっかと笑いながら答えた。
向かい合わせの席に着く。S子はバターとジャムをトーストに塗り出した。僕はコーヒーの香りを楽しみながら、ちびちびと飲む。
寒い朝は嫌いだがこうやって温かい朝ごはんを誰かと食べるのは好きだ。
S子はコーヒーを飲み終わった後「K子、とうとう結婚するらしいよ」と言った。K子は僕たちの大学時代の友人であり僕の元彼女だ。僕は少し居心地の悪さを感じながらも悟られないように涼しい顔で「おぉ、そうなんだ。誰と?」
「言い難そうにしてたけど、マッチングアプリ経由らしいよ。だから、私もどんな人なのか知らないんだよね」
「今時っぽいね。K子結婚願望強かったもんな」そう言って、何となく気まずくなっていたら。S子が手を伸ばし、僕の左手の甲に触れてきた。
「私はいつでも良いから」そう一言だけS子は言った。
S子とは、3年前に行われた大学の同窓会で久々に会い、二人ともハマっていたゲームの話題から盛り上がり、その後付き合うことになった。S子はさばさばとした性格で芯が通った女性だ。今まで男が答え難い結婚願望や子供が欲しいなど詰めてきたことはなかった。だが、お互いもう良い年齢だし僕としても何かしらの決断を下さねばと思っていたが言わずにここまで来てしまった。
そんなS子の不意打ちに、冷えた体が熱を帯び心拍数が上がっていった。
甲を触っていた手がゆっくりと僕の指を絡める。じんわりと僕の冷たい手が温まっていく。彼女の熱が手から伝わっていくのと比例して僕の心拍数も更に上がっていく。
寝ぼけていた頭が一瞬で覚醒し、必死に言葉を紡ぎ出すが、考えがまとまらずポロっと出てしまった。
「ずっと朝ごはんを君と食べていたい」顔を赤面させて死んでしまいたいくらい、とてつもなく臭いセリフを言った。彼女は何も言わずに握っていた手を更に強く握り笑顔で僕を見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます