ある日、私たちは化け物だった

砂鳥 二彦

第1話

 私は今縄でがんじがらめにされて動けずにいた。


 自分でもなぜそうなったのか分からない。ただ友達と大好きなスイーツ店で談笑していて、急に眠くなって、起きたらコレだ。


 私は口をガムテープでふさがれていたが、景色だけ見えていた。だから何が起こったのか知るため、辺りを見回した。


 私がいるのは学校の私の教室だ。地元の県内にある普通の高等学校で、長い歴史のある本館と別館のある少し広い敷地をしている。


 そんな見慣れた場所でのこんな異常事態にシュールめいた感覚を感じつつも、私はもがいた。


 だが縄は固く縛られ、とても拘束を解ける状況ではなかった。


「人間では縄を千切って逃げられない。そう思っているんでしょ? 岩見千里(いわみちさと)さん」


 私は正面の暗がりの中、椅子を逆位置で座っている人物を見るつける。


 その人物は私の友人の葉山さおりだ。同じカフェで2人、机を囲んでいた仲だ。


 助けて、さおりさん。私がそう言おうにも口を塞がれていて何も話せない。


 そして気づく、何故友人の彼女がすぐさま自分を助けようとしないのか。


「あーあ、ごめんね。喋れなかったね。今外してあげる」


 さおりはそう言うとルンルン気分で私に近づき、口のテープを剥がした。


「ぐっ、ごほごほっ。な、なにが起きてるの!? さおりさん!」


「まだ気づかないの? 岩見さんは私に睡眠薬で眠らされて誘拐されました。そこまで言わないと分からないの? この地味系ブス」


 葉山は今まで私に見せなかった悪態と蔑視の目線を送ってくる。


「わ、私何か悪いことしたかな? あったら謝るから」


「だ、か、ら。違う違う。私は岩見さんが思うような善人じゃないの」


 葉山は私の前でくるりと回ると両手で合計8本の指を立てた。


「この数は何でしょう?」


「えっ、えーっと。今日の日付かな?」


「分からないなら答えんな、このタコ頭。これは私にとって大事な数字なの」


 葉山は話すのが楽しいようにうきうきとして喋った。


「これは私が殺害する人間の数でーっす!」


「――えっ? ――アツッ!」


 私は驚く間もなく、左手に厚い感覚を感じた。


 理由を知るために私は自分の左腕を見ると、そこにはあるものがなかった。


 肩の先から左腕を千切り取られ、切り口から鮮血を噴出させていたのだ。


「ああああああああっ!?」


 私は熱さと痛みで叫んだ。しかしその顔を掴んだのは、葉山だった。


「馬かねえ。そのくらい痛いわけないじゃない」


 私はワケが分からなかった。人間んは腕を切られたら痛いし叫ぶ。そういう作りになっている生き物だ。


「だ、か、ら。その大前提が違うの。いい加減自覚したら?」


 葉山は千切った私の左腕をつまらなそうに放り投げると、スマートフォンを取り出した。


 そのスマートフォンは葉山のものではない。私のものだ。


「岩見さんさあ。人間の穴にスマホって入ると思う?」


「いっ!?」


 私は痛みに耐えながら、想像する。それは今自分は開脚された状態で縛られていたからだ。


「指四本くらいだから頑張ればたぶん入るのよねえ。自分で試したくないけど」


「は、葉山さん。私が悪かったから、ごめんなさいごめんないさい。うっ……」


 私は目から涙を流す。人間は苦しい時はそうする生き物だからだ。


「まだわかっていないの? 岩見さん」


葉山は私の股間の間に近づき、両手でスマートフォンを握る。そして私の下着を傷つけ、秘部を露わにした。


「やめてえええええええええ!」


 私が叫ぶと、急に葉山は動きをやめる。思いとどまってくれたのだろうか。


「どうやらスペシャルゲストが来たみたい」


 葉山はそう言って私から距離をとった。何故なのだろう。凄く嫌な予感がする。


 すると、突然教室に入ってくる人影があった。


 私は助けだ! と思い顔を明るくするも、直ぐに暗くなる。


 理由は、教室に入ってきた男性は普通の見た目じゃなかったからだ。


「人間が化け物に近づこうとした成れの果て、ゾンビとかグール、っていう奴ね」


 男性は身体全身がが薄黒く、赤い血管が浮き出ている。しかも歯はサメのようにギザギザで、目は黄色くなって飛び出している。


 私はもがいて逃げようとするも、無理だった。


「さあ、ショーの始まりよ!」


 私は男性に組み伏せられ、馬乗りにされる。


 男性は涎をだらだらとこぼしながら、あろうことか私の首筋に噛みついてきたのだ。


「ぎゃああああああっ!」


 私は痛みに耐えかねて叫んだ。普通の人間ならそうするように、私もしたのだ。


「つまんない、やっぱり岩見さんは化け物に向いてないわね。私は別の人で遊ぼう」


 葉山が離れていく。たすけて。そう手を差し伸べようとするも無理だ。


 私は自分の悲嘆な運命を呪い、徐々に意識を失くしていくのだった。


「私はかわいい乙女。本当にそう思っているのか?」


 私の耳元で急に誰かの声が聞こえる。それは私を食らう男性のものではなかった。


「本当はクッソつまんねえな、って心から思ってるんだろ?この程度じゃお前は死なない。お前はただ映画のスクリーンに映される戯画に共感して涙を流しているだけだ」


「な、なんで?」


「思い出してみろ。お前は何を怖がっていたんだ?」


「!?」


 私は人間だ。人間のようにふるまい、機能し、生活する。ただの岩見千里だ。


「お前は自分が異物であることに耐えられないだけだ。子供のような無邪気さ自分の評価を下げるのを気にした臆病者ってだけさ。さあ、本性を表せ!」


 私は、私でなくなった。そう思いたかった。


「何っ!?」


 葉山がいきなり肉片と血しぶきを浴びせられて驚いている。無理もない。私に左腕が生えて男性を吹き飛ばしたからだ。


 私の左腕は人間のものではない。大きなゴリラのような、それでいて爬虫類のようにいびつな腕だった。


「やっぱり! 岩見さんはとっておきの人だったのね!」


 葉山はどこからか包丁を取り出し、私に駆け寄ってくる。


「うるさい」


 私はうつむいたまま、乱暴に左腕を振う。


 その速さはまさに旋風、葉山は避ける間もなく教室の壁に叩きつけられた。


「あははははっ。痛くなああああああい!」


 葉山は壁から這いずり出ようとするも、させない。私は葉山の正面に素早く回り込み。彼女の頭を異形の左手で掴んだ。


「最後に言うことは?」


「あはははっ。今の岩見さんって素敵。だってすごく楽しそうだもの」


「楽しそう?」


 私が自分の頬にてを当てると、その甲殻は吊り上がり、ブサイクに笑っていた。


 ああ、私にも分かる。この顔はすごくうれしそうな顔だ。


「岩見さあああああん!」


 葉山が包丁を突き出して私の首をかき切ろうとする。


 だが、そんなのは遅い。


「潰れろ」


 私は左腕を握りしめると、葉山の頭が地面に叩きつけられた熟したミカンみたいに弾けた。


 しばらくの静寂、それから学内の遠くで聞こえる雄たけびのような声。


 私は人を殺した。


「どうして……」


 私は自分を憐れみ、そんな姿を後から見てほくそ笑むのであった。

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ある日、私たちは化け物だった 砂鳥 二彦 @futadori

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