マンドラゴラ
ノベリティ本社ビル爆発炎上事故の速報を風が運んできた。
「まぁっ!」
主婦は言葉を失った。狂科学者が数々の迷惑を直々に詫びたいというので応対した。するとマンドラゴラを手土産に贈られたのだ。
「正真正銘の本物ですよ。うちの農園で今朝取れました」
「栽培してたんですか」
別名は黄金の林檎。希少品種で不老長寿と永遠の美貌を与える効能がある。
驚く主婦に松戸はもう一体を献上した。
「ええ。収穫に若干の犠牲を要しますが…」
「マンドラゴラって確か犬を…」
彼女の疑惑に博士は意味深な回答をよこした。
「動物虐待はしておりません。倫理的な手段で採取しました」
「無害な方法とは?」
興味津々な主婦を博士ははぐらかす。
「簡潔には申せません。ブラックホールを用いて消音うんぬん」
聞き終えぬうちに主婦は退散した。
ぽっかりと空いた更地を木枯らしが洗う。かつて山門の宿舎があった。
博士は虚空に説く。
「世界の王たる気分はどうか。なりたかったのだろ? いいに決まってる。そして私は悲願の収穫法を確立したのだ。黄金の林檎、カモミール。君のヒントが役立った。人類は禁断の果実を入手したのだよ」
「あ…あの野郎…」
松戸菜園の勝利宣言を山門は断腸の思いで聞いていた。
概念的な情報ブラックホールの渦中だ。アインシュタインの相対性理論が禁じる外界との往来は不可能ではない。
現宇宙と物理的に分断されているわけではないからだ。
ただ、出入りにはちょっとした工夫が要る。
「マルコフ…マルコフの犬がなぜここに?!」
王者山門は本の玉座に寝そべる子犬を発見した。支配者に備わっている洞察力が正体を教えてくれた。
その犬がブラックホールに風穴を開けて入り込んできた。
「ちょ…おま…」
尻尾をつかもうとするとスルリと虚空に消える。
続こうとしたが透明な壁に阻まれた。
「出してくれ!」
王者は空間を叩きただただ泣き叫んでいる。
松戸菜園はデッキチェアにゆったりと腰を下ろして未収穫のマンドラゴラ畑を一望した。
「私にとって君はマルコフ連鎖の厄介な一角だったのだよ。君がそこから抜け出す方法もないことはない。ヒントはすでに知っているはずだ。君は自小説に夢中で研究所の収益を二の次に考えた。知恵を得て自力で脱出するか心を入れ替えて再び教えを乞うか、だ。」
マッドサイエンティストはもう一度ノートに図式を描いた。
「マルコフ連鎖だ」
テセウスの筆 水原麻以 @maimizuhara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます