投稿小説ブラックホール

「うお! 何ぞこれ?」

男にはおしくら饅頭の軋轢を携帯小説の閲覧で忘れる習慣があった。それにしてもノベリティに何が起きたのか。いつもはスルーする新着小説のあらすじがどれもこれも面白く片っ端からブックマークしてしまう。冒頭を流し読みするだけでお腹いっぱいだ。


と、次の瞬間。チカチカと視野が明滅した。

「えっ? 俺、路線間違えてね?」

トンネルのない区間を走る電車だ。それが不規則なしじまを横断している。


◇ ◇ ◇

山門は本の嵐に打ちのめされていた。居室はとうに消え失せた。後頭部を、膝を、みぞおちに叩きつける文庫本豪華本レンガ本の雨。そこに不透明な横文字が蛇や蔦のように絡み合う。触手の一つが彼の首にまとわりついた。

そしてどんよりとしたゼリー状の波が足元に寄せては返す。

くるぶしから30℃の熱水が脊髄を貫通して前頭側頭に到達する。

「面白い最高かわいい格好いい悲しい、いい、いい、いいね!何なんだこれはうぁああ」

どっぷりと首までぬるま湯に浸かり無数の囁きに鼓膜を弄する。


”続きをお願いします。ざまぁはまだですか。更新が楽しみです”

”ダークエルフさんはもっと乳を…”


「やめろ、やめてくれ。俺は王に不適格だ」


読者と作者とミーハーの悦楽で膨満した閉空間で山門は王者の責務に翻弄されていた。

ブラックホール内部の宇宙。ありとあらゆる情報が混濁する地平を山門は安定する義務がある。さもなくば君臨する苦しみに未来永劫さいなまれる。


「俺は嫌だ!」

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