24歳~ 【最終話】


 『24歳』


 今日は、美玖の高校の卒業式だ。


「お兄ちゃん、写真撮って、写真」

 美玖の卒業式に、母さんだけではなく、何故か僕までが付き添っている。確かにお兄ちゃんも来てとは言われたが、それでのこのこ着いて行くんだから、シスコンだと言われても否定できない。

「お兄ちゃん、今度はあっち」

「はいはい」

 今日はもうすっかり、美玖の専属カメラマンの名を欲しいままにしている。でも、そんな名前本当はいらない。全然いらない。

「あんたの卒業式の時と、あんまり変わらないねぇ」

 母さんは校舎を見渡しながらそんな事を言っている。そして再び感慨深げに美玖を見る。

「あ、お兄ちゃん。ちょっと待っててね」

 そう言うと、美玖は向こうにいる女子の集団に混ざっていった。その集団は最初は囀っていたが、すぐに解散して、美玖はその傍にいた男の所へと向かう。

「あれ美玖ちゃんの恋人かしらね?」

 母さんが横で嬉しそうに呟く。ああ、そうかもねと適当に返すが、僕もそれは気になる。後で聞いておこう。

「それにしても、涼も無事に就職も決まったし、美玖の大学の合格発表が終われば、一段落ね」

「美玖なら大丈夫だと思うよ」

 あいつは、僕が入院していた時のベッドの横でも、必死に参考書を広げていたから。


 結局僕は、4ヶ月程入院生活を送る羽目になった。そのお陰で、普通の学生よりも少し長いキャンパスライフを送った。卒業後、地道な就職活動の末、大きめの食品量販店に就職が決まった。

 この結果をどう見るかは人にもよるが、両親も美玖も相変わらず大仰に喜んでくれた。

「じゃあ、母さんはご馳走の用意してるから、先に帰るわね」

「ああ、うん」

 そう言うと、母さんは人込みに紛れて行った。

 程なくして戻ってきた美玖にご馳走の事を伝えると、飛んで喜んだ。

「さっきのが、彼氏か?」

「ううん、もう違うよ。こないだ別れたの。彼、大学の都合で北海道に行くらしいから、しょうがないんだけどね」

「そうか」

 あんなに小さかった美玖が、今や男を振るようになったか。

「あ、お兄ちゃん、ちょっと行ってくる」

 そう言うと、美玖はまた別の女子の集団に混ざりに行った。

 ふと周りを見ると、そこは昔僕が使ってた教室の前だった。

 ――懐かしいなぁ。

 中に入り、自分が座っていた机のとこまで歩く。昔の空気と今の空気が、同時に体の中に入ってきて、それが今と昔が同時に流れているように錯覚させる。

 この教室にも、ククと一緒に過ごした思い出が一杯だった。

 あの日以来、ククが僕の前に現れる事は無くなった。僕がククを見えなくなったのかとも思ったが、僕はまだククの事を覚えている。だから、僕の目の前にいないだけで、どこかにいる事は確かだった。

 彼女の言葉を思い出す。

『私が、涼君の命になる……。だから、生きて』

 ククが、僕の命になってくれている。それは、僕の中に存在し、僕と共にあると言う事なのだろう。ククの事を思うと、ふわりと心が軽くなり、胸の奥が暖かくなる。決して触れる事は出来なくても、その温もりは確かに伝わる。そう、僕とククの関係は昔から、そしてこれからも、何も変わりはしない。

「お兄ちゃん、お待たせ~」

 美玖に呼ばれて教室を出ると、外の人数は大分減っていた。

「さて、帰りますか」

「これから、友達とどっか行ったりしないのか?」

「あー、そう言うのは、明後日。今日はもう疲れたから」

 美玖はそのまま歩き出した。僕もその後に続く。

「美玖も、もう高校卒業か。早いなぁ」

「そうだよ、いつまでも子供じゃないんですからね」

 得意気に言う美玖は、何だかとても上機嫌だった。

「そうだな、もう大人なんだもんな」

「うーん、まだ大人になりたくない気もするんだよねぇ」

 僕はそこで、得意気に言ってやった。

「じゃあ、あれだ。レディーなんだな」

 そう言うと、美玖はそこで、何言ってんの、と笑った。

「女の子はね、みんなレディーなんだよ。生まれてから死ぬまで、ずーっと」

 そして、わかってないなぁ、お兄ちゃんと得意気に付け加えた。

 ――ああ、そうか、結局僕は、何にもわかってなかったんだな。

 自嘲気味なその言葉が、何故か優しく感じた。僕の中のククが反応しているのかもしれない。

 美玖の後を歩きながら、ふいにククの顔が目に浮かんだ。僕はきっとこれからも、ちゃんと歩いて行けるだろう。力尽きた時には、またククに会えるかもしれない。そう考えると、死ぬのが怖くなくなる、魔法の呪文だ。勿論、僕はまだ死ぬつもりは無い。ククと一緒に、生きていく。

 梅の季節も終わり、また今年も、桜の季節がやってくる。

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僕の死神 泣村健汰 @nakimurarumikan

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