また、会えますか?
「まったくさぁ~! そんなボロ雑巾―――、いや雑巾だったらまだマシ、ボロ豆腐だよボロ豆腐!! そんな体で戦いに行こうなんてホントバカだよクラりんはさぁ~! そりゃあ元勇者だから見過ごせないっているのは分かるけど、出来ることと出来ないことの線引きぐらいは出来るようになってよね~! 心配する方の身にも―――」
「だから悪かったって言ってんじゃねぇか……。痛てて……声が傷に響いた」
意識が戻るとリフィのベッドの上だった。
ちょっと前にも同じ状況になっていた。その時はリフィが傍に居てくれたが、今はもう聖槍グリフィリーベとしてベッドの横に立て掛けられている。そしてリフィの代わりに何故かフリッカが看病という名のお説教を浴びせてくる。
「それになんなのさ~! 教会にあるはずの聖槍グリフィリーベが形変えてここにあるって、まさか盗んできたとかじゃないよねぇ~?」
「あ~……」
正直どう説明するべきか分からなくて言葉が詰まる。武器が人間になって持ち主に会いに来ました。って言っても信じて貰えないだろうなと。
「まぁ聖具自体謎が多いのも事実だけども、形状が変化するのはこれで2回目なんだっけ? クラりんの聖具は生まれてから間もないから、ある程度進化するのは予測されていたけど。それにしたってここ数年で2回も進化するというのは例外中の例外なんだよ? わかってるの?」
聖槍グリフィリーベが初めて姿を見せた時の形状は穂先に片刃が付いていない長槍だった。1度目の進化は聖人認定を受ける1年前、14歳の頃に行った修行で命の危機に瀕したときに起こった。
当時は進化が起きたことに教会連中が騒ぎ立てた。聖具の進化は一朝一夕に起こるものではなく、世代を渡ってようやく進化するケースがほとんどだ。それが聖人認定前の何の才も無いただの若造が聖具の進化を起こした。本来ならば才に恵まれて聖具に適合した者だけが聖人認定を受けられるのだが、俺の場合は聖具を進化させたことで特例として認定を受けたのだ。
人の姿に更なる進化、そのことを教会に知られてしまえばグリフィリーベに自由はない。ならば俺がやるべきことは決まっている。
「フリッカ、俺は龍の国へ行こうと思う」
「……は?」
「龍種の女王と話をしたんだ。どうやら俺には運命レベルのとんでもない呪いがあるってな。あいつらの目的は俺だった、それに聖槍グリフィリーベが俺の呪いと関係があるような思わせぶりなことを言っていた。そして俺に国へ来いと。だから俺はこの目で確かめに行きたい」
フリッカは俺の言ったことをいまいち飲み込めていないようだったが、しばらく黙り込んでうんと頷く。
「その呪いが何だか知らないけど、クラりんにとって大事なことなんだよね?」
ああ、と肯定する。
「だったら勇者としてのうちは止めないよ。クラりんのやりたいようにやって納得して帰って来てくれたらそれでいい」
もちろん。と言いかけて、フリッカは凛とした表情から寂しげな表情へと変わる。
「でもね、お姉ちゃんとしてのうちは行って欲しくない。クラりんは昔っから無茶ばっかりしてさ、いっつもボロボロになるの。今だって体はギリギリを保ってる。そんな状態で敵の本拠地に乗り込もうなんてホントバカだと思う。だから約束して。絶対に無事で帰ってくるって」
フリッカは真剣な眼差しで小指を差し出す。昔からそうだった、何かと問題を持ってくるが面倒見がいい彼女は、子供だった俺を宥めるために小指を使って約束を結ぶのだ。
「わかったよ。俺は簡単に死なない。今までもそうだったし、これからもそのつもりだ。意外としぶといのは知ってるだろ?」
笑ってフリッカの小指と結ぶ。
「そうよねぇ~、聖槍グリフィリーベの主なだけあってしぶとさは勇者随一、ってバカ。ほら、これをお守り代わりに持っていきなさい」
小指を結び終え、フリッカは俺の手に輝石を握らせた。
「意思伝達の輝石じゃないか。でもこれってまだ完成していないはずじゃ」
「細かい調整はできないけど、一人で使う分には問題ないよ~。龍種の全部が全部言葉が通じるとは限らないからね。お姉ちゃんだと思って大事にしてよね~?」
「ありがたく使わせてもらうよ。親切ついでなんだが一つお願いしてもいいか?」
「しょうがないな~。いいよ、クラりんがうちを頼ってくることなんて滅多にないから聞いてあげる」
フリッカが言うほど頼っていないことは無いと思うのだが、昔から何かと面倒を見てくれていたし。それは置いておいて、本題に戻る。
「俺と聖槍グリフィリーベのことは内密にしておいて欲しいんだ。旅に支障がでると厄介だからさ」
人類の秘宝ともいえる聖具を持って姿を消すのだ。教会なら総力を挙げて探し出すに違いない。俺が持ち出したと知れるのは時間の問題かもしれないが、少しでも自由に動ける時間が欲しい。
「うちは最初っからそのつもりだったから安心しな~。大丈夫! とぼけるのは得意だから!」
「そいつは頼もしいや」
駆けつけて来てくれたのがフリッカで本当に良かったと安堵する。これで、気兼ねなく旅ができる。
「それじゃあうちは帝都に戻るわ。見送りなんてしたら教会の爺どもに見つかっちゃうしね~。それじゃあまたね、クラりん!」
「ああ、またな!」
太陽のように明るく心を照らしてくれるフリッカは、大手を振って去っていった。先輩勇者は今も昔も、血は繋がっていないがお姉ちゃんだ。それを嬉しく思う。だから、俺は姉との約束は必ず守ると心に誓った。
×××××
「本当に行ってしまうんですね……」
旅立ちの日。
怪我は完治とまではいかなかったが、あらかた回復した。
「リフィのためでもあるし、俺のためでもあるからな。俺の家はルインなんだ、必ず帰ってくるさ」
カンブリックで出来たシャツに裾を通し、革と魔力の合成鎧をその上から身に付け、マントを羽織る。
フリッカが帝都に帰ってルインの落ち着きが取り戻した後、ソフィアが家を訪ねてきた。
事の顛末を全てソフィアに話した。呪いのこと、リフィのこと、そしてこれからのことを。
俺はソフィアは涙をみせると思っていたが、そうじゃなかった。悲しい顔はしたものの、全て納得してくれたように俺を応援してくれた。
そして、渡すものがあると。
リフィが俺のために縫ってくれたプレゼント、心と魔力の篭ったカンブリックのシャツ。
それを受けっとって思わず泣いてしまった。言葉が無くともプレゼントを通してしっかり伝わってくるリフィのありがとう、という気持ち。もちろんそれだけではない、たくさんの願いと祈りがたっぷり込められている。なんとも愛おしいプレゼント。
またリフィに会って話をしたい。直接、礼を言いたい。この想いを伝えたい。
俺はリフィのことが好きだ。
道具だろうとそんな些細なことは関係ない。確かに感じた心の交わりは本物だったのだ。その感触はかけがえのないもので、大切にしたい感情だ。
「リフィちゃん、また人の姿に戻れるといいですね」
「戻して見せるさ。奇跡は自分の手で作り出すもんなんだ。そのために俺は龍の女王さんに会いに行く」
「はい! クラロスくんならやり遂げると信じてます。だって、私を助けてくれた勇者様なんですもの! 二人で帰ってくるのをここで待っていますから!」
ソフィアは満面の笑みを作る。彼女もまた、リフィと心を通わせた友人なのだ。
「ああ、任せておけ! それじゃあ行ってくる、またな!」
そうして俺は別れと再会を願う挨拶を残して出発する。
一度見失った道は、たくさんの人に支えられて再び姿を現した。その道の再スタートを俺は歩みだすことが出来た。守りたいものを守るため、守りたかったものに再び会うため、そして愛していると伝えるために。世界にとっては小さな一歩でも、俺たちにとっては大きな一歩なのだ。そうだろ? リフィ。
クラロスの背に担がれている聖槍グリフィリーベは嬉しそうにキラリと煌めいた。
引退した勇者は少女からメンタルケアを受けましょう 山鳥心士 @tommystwa
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