盗まれたへそくり⑫




約二週間後、金四郎は玄関で靴を履いていた。 その後ろで見守るように鉄花と鉄花の夫である新しい父がいる。


「本当に一人で出かけるの? 大丈夫?」

「うん」


この短い期間で外の世界に慣れたとはとても言い難い。 初めての小学校も決まったばかりで不安がいっぱいだった。 だが一人で外出を決めたことにはもちろん理由がある。


「今日はどうしても行きたいところがあるから」

「そうは言っても・・・」


絶対に一人で行きたかった。 今回ばかりは流石に鉄花に付いてきてもらうわけにはいかない。


「お金はちゃんとあるのよね?」

「うん。 ・・・前の両親から、少しはお金をもらっていたから」


咄嗟に嘘をついた。 お金は全て金四郎が持っている分で外出すると言ったのだ。 実際は金四郎は軟禁されていたためお金の使い道がなかったはず。 

鉄花たち今の両親はそれに気付いたのかそわそわしていたが何も聞かないで送り出してくれた。


「金四郎。 はい」


父に渡されたのは今まで持ったことのない携帯電話だった。


「携帯電話・・・?」


持ったことはないが両親が使っていたのを見たことがある。 テレビでその存在を知っている。 金四郎は軟禁状態にあったが、外の情報を得る手段はあった。


「何かあったら、このボタンを押して連絡をするんだ。 そしたらすぐにお父さんと繋がるから」

「分かった。 ありがとう」

「後で駅まで迎えにいってやるからな。 帰りの時間が分かったら連絡をしてくれ」


新しい父も金四郎を温かく迎えてくれ、今や実子のように扱ってくれている。 優しく頭を撫でてくれる手の温もりに、以前の父との差を感じる。 

確かに本当の父も優しかったが、こんな風に心が温まることはなかった。 とはいえ、今の境遇に満足していてもそれとこれとは話が別だ。


―――心配してくれるのは嬉しいけど、後を付いてこられるのも困るな・・・。


金四郎の心境を読み取ったかのように父が言う。


「鉄花も自分の子供なら信用をしろ」

「自分の子供だから余計に心配になるんだって・・・!」


鉄花は名残惜しそうに金四郎を抱き締めた。 二人がいる今の方が前の家よりも居心地がよかった。


「じゃあ、行ってきます」


家を出た金四郎は駅へと向かった。 銅乃のへそくりからへそくった五万を使い初めての電車に乗る。 揺れ具合、音、景色の流れる様。 

全てが目新しく新しい生活は日々金四郎に感情を取り戻させてくれる気がした。 いや、そもそも元から感情なんて育まれてなかったのだ。 淡々と単調なルーティンをこなす毎日。 

新しくなるものは食べ物や遊び道具、勉強の内容くらいなもの。 もちろんテレビの情報で電車も知っていた。 だがその乗り心地は実際に体験してみなければ分からないものだ。


―――・・・前のお父さん、元気にしているかな?


銀彦はあの後逮捕され今は刑務所で服役している。 今日はそんな銀彦の誕生日で、金四郎は面会をするためにここへやってきたのだ。


「・・・僕のお父さんに会いたいんです」


そう言うと手続きを済ませた後、すんなりと会わせてくれた。 子供であることが考慮されたのだろう。 透明なプレート越しに銀彦が現れる。 銀彦は金四郎の姿を見て驚いていた。


「金四郎・・・!? どうして、こんなところに・・・」

「お誕生日おめでとう。 それを伝えにきた」

「ッ・・・」


そう言うと銀彦は泣きそうな顔をして泣くのを我慢していた。


「鉄花さんのところはどうだ? よくしてくれているか?」

「うん。 二人共、凄く優しいよ。 小学校へ入ることが決まったんだ」


銀彦は驚いた後嬉しそうに何度も頷く。


「そうか、そうか・・・。 よかったな」

「うん」

「・・・金四郎、ごめんな。 今まで何もしてやれなくて・・・」

「泣かないでよ」


ついに銀彦は我慢できずに泣いてしまった。


「でも・・・」

「僕を大切に育ててくれたことには変わりないんだから。 前のお父さんも前のお母さんも、僕は好きだよ」

「ッ・・・」


“前の”と言われ衝撃を受けたのだろうか。 だが銀彦は納得するように頷いた。


「あぁ、ありがとう。 俺も金四郎のことが大好きだ」


銀彦は優しい表情をして言った。


「金四郎。 これからは好きなことをたくさんやって生きていきなさい。 ・・・今からでも遅くないから」

「うん。 ・・・今まで育ててくれてありがとう。 そして、さようなら」






                                 -END-



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盗まれたへそくり ゆーり。 @koigokoro

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