盗まれたへそくり⑪
閉じ込められていた家と、無限に解放された外。 金四郎の気持ちの問題も大きいが、肌から感じる空気がまるで別世界のようだった。
「ここが、外・・・?」
思えばエアコンや扇風機等でしか風を感じたことがなく、自然に流れる空気が物珍しい。 こもった空気しか吸っていなかったため、空気が美味しく感じられる。
「外の空気を吸うのも初めて?」
「うん」
そう答えると鉄花は同情した表情を見せた。
「呆れた。 本当に何も与えてこなかったんだね、姉たちは。 この空気を吸えるのが普通なんだよ」
「普通・・・?」
自分がどれだけ異常な状態だったのかを説明された。 だがそれを聞いていると少し嫌な気分になる。 金四郎は普通を知らなかったため、両親を悪いと思ったことがなかったのだ。
周りから見て異常でも、内から見ればそれが正常。 外の解放感と空気の綺麗さは確かに感動的だったが、今も悪い両親だと思うようには割り切れない。
「ごめん、色々と言っちゃって。 嫌だった?」
その言葉に首を横に振った。
「ううん。 教えてくれてありがとう。 でもあまり、僕の両親を悪く言わないでね」
「どうして? 金四郎くんを軟禁していたんだよ?」
「うん。 それでも、どうしても」
「・・・変わった子ね」
―――お母さんが、僕たちのためにお金を貯めていただなんて知らなかった。
―――それなら僕の方がもっと悪い。
密かに服の中に隠してある封筒を服の上から抑え付ける。 両親も鉄花も知らない、金四郎だけの秘密の封筒。
―――・・・僕はお母さんのへそくりからこっそり盗って、貯めていたんだから。
金四郎はへそくりからお金を盗みお金を貯めていた。 その理由は金四郎が自分の足で鉄花のもとへ行こうとしていたからだ。
一緒に住むと言われてはいたが、まさか迎えに来てくれるとは思っていなかった。
―――お金の使い道がなくなっちゃった。
―――何に使おう?
―――お金を返すとしても、既にお母さんは・・・。
金四郎の手元には母から盗んだ五万程がある。 これが原因で両親が喧嘩して、母が殺されたと思うと何とも言えない気分だ。
「金四郎くん、どうしたの? お腹でも痛い?」
そう言われ慌てて首を横に振った。 流石に盗んだお金のことは鉄花にも言えなかった。
「そ、そう言えば、どうして鉄花さんは僕を引き取ってくれたの?」
「え、どうしてそんなことを聞くの?」
「こんな僕でもいいの?」
そう聞くと再び同情するように金四郎の頭を優しく撫でてくれた。
「金四郎くんでいいんだよ」
「本当に?」
「うん。 私たちの夫婦はね、残念ながら子供ができなかったの」
よく分からず首を静かに捻った。 遊んでいたら子供ができると聞いたが、遊ぶ暇もなかったのだろうか。
「・・・そうなの?」
「そう。 金四郎くんのような素直な子供がほしかったんだ」
金四郎は正常な状態ではないが、可愛がってくれるのはそのためだった。
「・・・ありがとう」
「いえいえ。 これからよろしくね」
「うん。 鉄花お母さん」
そう言うと鉄花は嬉しそうに笑った。 金四郎と手を絡め一緒に歩いていく。
「そう言えば、金四郎くんの荷物全て置いてきちゃったね」
「そうだった! 今すぐに戻って支度を! 僕、何も支度をしていなくて」
大して物を持っているわけでもないが、大切にしてるモノはいくらでもある。
「いいよ、別に。 今日金四郎くんを迎えにいくことになったのは急だったし、準備ができていないのは仕方がないからね」
「でも・・・」
分からないが、このまま鉄花と共に行くとあの家には二度と戻れない気がする。 父は母を殺した殺人者だ。 ドラマなどでは警察がやってきて現場を調べたりしていた。
それに父も捕まったりすれば何となく家には帰りにくい。
「既に金四郎くんの部屋は空けておいてあるんだ。 家に着いたら必要なものを買いに行こうか? 私とお父さんと一緒に」
「・・・うん!」
金四郎には五万円分のお金がある。 それは通常の手段で得たものではないが、両親との別れの餞別としてもらうことにした。
―――思い出も何もかも、置いていくから。
金四郎はもう二度と振り返ることはなかった。
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