盗まれたへそくり⑩
現在、鉄花の話を聞いた父は参ったといったように縮こまっている。 金四郎からしてみれば半年前に既に聞いていたことのため驚きはない。 だがそれでも両親との思い出は悪いことばかりではなかった。
遊んでくれて楽しかった。 ただ外に出たいという気持ちも嘘ではないのだ。
「というわけですので。 反論はありませんよね?」
「・・・」
「どうせ金四郎くんを見捨てる気でいたんでしょう? だから反論する必要がない。 あぁ、金四郎くんが可哀想に」
鉄花はチラリと金四郎を見る。
「・・・あ、えっと・・・」
金四郎も父に何も言えなかった。 何を言えばいいのか分からなかったのだ。
「そう言えば、姉さんは今どこへ行っているの?」
金四郎は父が母を殺害したことを言うべきなのか迷っていた。 人を殺すことが悪いということはテレビを見て知っている。
「あ、銅乃は今買い物に・・・」
「買い物?」
「はい。 今日鉄花さんが来るなんて、俺は教えられていなくて・・・」
「あら。 姉さんと喧嘩でもしたの?」
「それは・・・」
父は気まずそうに視線をそらす。 首を横に振って誤魔化すように話題を変えた。
「鉄花さんが来るのなら、銅乃の外出を止めたのに・・・」
「ふぅん、そう。 まぁ少し予定よりも早く着いちゃったから仕方がないわね」
鉄花は腕時計を見て時刻を確認する。
「新幹線の時間もあるので、私と金四郎くんはこれでお暇します。 あとで姉には私から伝えておきますね」
鉄花は金四郎に手を差し伸べた。 父が引き留めてくれるかと期待したが、結局その言葉は出なかったようだ。
「金四郎くん、行こうか」
「ちょ、ちょっと待って!」
「どうしたの?」
「お父さん、来て」
だがそれでもこのまま今生の別れにするのには思い出が積み重なり過ぎていた。 父にも母にも感謝している。 いずれ見捨てられるとしても、その時までは金四郎は二人の子供なのだ。
金四郎は鉄花と父をリビングへと誘導する。 父は鉄花をチラリと見た後金四郎に付いていった。
「金四郎・・・? どうしたんだ?」
「タンスの下に、お母さんのへそくりがあったんだよ」
床に落ちたまま放置してあった封筒を拾い父に渡した。
「やっぱりそこにあったのか・・・」
封筒を触っていると父が何か異変に気付いた。
「ん? 何か入っているのか?」
父は金四郎を見るが、以前見た時は気になるようなことはなかったはずだ。 こっそりと貯められたお金が一万円札と五千円札の二種類で入っていた。
そこそこの金額があるように思われたが、金四郎はあまり物やお金の価値が分かっていない。
―――入っているのはお金だけじゃなかったっけ・・・?
父がへそくりの封筒を開けると中に一枚のメモが入っていた。 金四郎も後ろからメモを覗いた。
『お父さんの誕生日にはネクタイを。 金四郎の誕生日には少し早いスマートフォンを。 鉄花のために結婚祝いの旅行費を』
母の字でそう書かれてあった。 どうやら私利私欲のために貯められていたお金ではなかったようだ。
「は、何だよ、これ・・・」
同時に父は箪笥の奥からあるモノを発見した。 綺麗にラッピングされた新品のネクタイがあったのだ。
「これ・・・」
金四郎は知っていたことを全て話した。
「確かに少しは、お父さんの給料から取って貯めていた分もあると思う。 でもほとんどが、お母さんが言っていたように在宅ワークで自分で貯めたお金だよ」
「金四郎はそれを知っていたのか?」
「・・・」
小さく頷いた。 だが知っているのは母がこっそり貯めていたへそくりだけ。 母のへそくりは自分のためではなくみんなのために使うものだったことは知らなかった。
いつか来る別れの日のために母が蓄えているのだろうと思っていた。 父はネクタイの箱を握り締め震える声で言う。
「金四郎は、本当に鉄花さんのもとへ行くのか?」
「うん。 もうお父さんに隠し子がいるという負担をかけたくないから」
「ッ・・・」
金四郎は鉄花と一緒に暮らすと既に決めていた。 そのための準備もしてきたのだ。
「今までありがとう、お父さん」
父を残し鉄花と一緒にリビングを出る。
「もういいの?」
「うん。 これで十分」
二人揃って玄関をくぐる。 そして初めて外の世界へ足を踏み出すことになったのだ。
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